第35話 ネズミ野郎

 誘拐されただなんだと騒いでしまったけれど、冷静に考えれば、そう断定するのは尚早かもしれない。


 周りが騒いでいる中、本人が何事もなかったかのようにひょっこり現れる──なんてパターンも考えられる。


 なにせ、ミリネアは少し天然が入っているのだ。


 あれ? どうしたんですか皆さん? そんな血相かえて?

 みたいなキョトン顔でギルドに現れる可能性はある。


 だから俺は、事実を確かめるために昨日の酒場へと向かった。


 昼間ということもあって、酒場はがらんとしていた。


 明るいうちから酒を呑もうなんて考えているヤツは少ない。


 どんなゴロツキでも、金を稼がなければ酒は呑めないのだ。


 ──まぁ、俺が会いにきた、親の七光りで悠々自適に生活しているようなヤツは別だが。



「……っ!? 昨日の転移者!?」



 そいつは俺をみるなり、ギョッと慌てたような顔をした。


 客がいないおかげで見つけるのは容易だった。


 金髪に不健康そうな青白い肌。


 昨晩、俺とミリネアに絡んできたリロイだ。

 昨日の違うのは、頭がすっぽり入るフードをかぶっているくらいか?


 ああ、なるほど、それで獣人の耳を隠しているのか。


 獣人の耳を見られたくないのなら昼間から酒場なんかに来なければいいのに。


 こいつらの行動心理は良くわからん。



「な、何だ!? なな、何しに来やがった!?」

「ここは大衆酒場だ。お前の店じゃない。誰が来ようと関係ないだろう」

「……っ」


 顔をしかめるリロイ。


 そんな彼の前に、椅子を持ってきて腰掛ける。



「リロイ。お前に少し聞きたいことがある」

「しっ、知らねぇ! 俺は何も知らねぇぞ!」

「まだ何も言っていないが?」



 明らかに動揺している。


 こいつ……やはり怪しいな。


 ミリネアの誘拐に関与しているかどうかはわからんが、絶対何かを知ってる。



「く、くそが……っ!」



 リロイは飛び上がるように席を立つと、背後の間仕切り柵を飛び越えようとする。


 逃げるつもりか。


 すかさず立ち上がって柵を乗り越えようとしていたリロイの背中を掴み、地面に引きずり降ろした。



「う、ぐえっ……」



 そのまま地面に押さえつける。


 遠巻きから不安げにこちらの様子を伺っている給仕の姿が見えた。


 まずいな。昨日の今日でまた騒ぎを起こしたくはないが、ミリネアが行方不明になっている以上、そうも言ってられない。


 ここを出入り禁止になろうとも、こいつから情報を聞き出さなければ。



「ミリネアをどこにやった?」

「ミ、ミリネア……? だ、だ、誰のことだ?」

「昨日ここに俺と一緒に来ていた友人のことだ。お前が誘拐したのか?」

「な、何のことか知らねぇなぁ?」



 リロイがヘラヘラと笑う。


 その鼻っ柱に拳を叩き込んだ。


 もちろん、力をセーブして。



「……ッ! ……ッ!!」


 鼻血と一緒に声にならない悲鳴が上がった。


 涙目になっているリロイの胸ぐらを掴んで引き寄せる。



「もう一度聞くぞ。ミリネアをどこにやった?」

「ち、ちち、違う! 誘拐したのは俺じゃねぇ! じょ、上玉の獣人がいるってフランさんに話しただけだ!」

「フラン? 誰だ?」

「この街に来てる奴隷商の名前だよ! 昨晩、新しい獣人の女を買うために情報を渡したんだよ……へへ、そいつが結構いい女でさ?」



 鼻血を垂らしながら舌なめずりするリロイ。


 このゲス野郎め。

 頭のネジが100本くらい抜けてるんじゃないか?


 あれだけ痛めつけたのにまた獣人の奴隷を買うなんて、全く懲りてなかったみたいだな。


 二度とそんな真似ができないようにしてやりたいが──今はミリネアだ。



「そのフランってヤツはどこにいる?」

「多分、オークション会場だ」

「オークション?」

「奴隷のオークションだよ。そこで獣人のオークションをやってるんだ」



 全身から血の気が引いた。


 まさか──ミリネアもそこで競売にかけられているのか!?



「その場所を吐け! 今すぐだ!」

「待て待て待て! 俺と取引しようぜ!? 情報は教える。その代わり、俺を人間に戻してくれ! な!?」

「……」



 心底呆れてしまった。


 こいつ、この状況でよく交渉なんてできるな。


 自分の立場ってもんがわかってないのか。


 痛めつけて吐かせてもよかったが、時間が惜しい。


 その条件を飲んだというフリをしておくか。



「……いいだろう」

「よ、よし、取引は成立だな?」



 リロイに教えられたのは、南地区の倉庫街だった。


 オークションは完全招待制で、呼ばれているのは富裕層の連中だという。


 商会の重役、貴族。


 それに、公安隊の幹部。


 そんなヤツらにミリネアが買われるかもしれないと思うと、心の底から怒りが込み上げてくる。


 待ってろ、ミリネア。


 すぐに助け出してやるからな。



「お、おい、ちょっと待て!」



 立ち去ろうとしたとき、リロイが慌てて声をかけてきた。



「ま、まだ人間に戻してもらってねぇぞ!? 約束だろ!?」

「……ああ、そうだったな」



 すっかり忘れていた。


 さて、どうするかと考えていると、足元をネズミが走っているのが見えた。


 【花粉飛散】スキルを使ってネズミの動きを鈍らせ、むんずと掴む。



「ところで、獣人になった感想はどうだ?」

「最悪に決まってんだろ! 店に入るのも一苦労なんだ! こんな体、二度と御免だ!」

「そうか。だったら別の体にしてやろう」

「……え?」



 リロイの体に触れて【不正侵入】を発動。


 瞬間、リロイの体が消え、彼が着ていた服が地面にどさりと落ちた。



「ほら、お望み通り獣人から変えてやったぞ」

「……チュウッ!?」 



 服の隙間から、小さなネズミが顔を覗かせる。



―――――――――――――――――――

 名前:リロイ・サザーランド

 種族:ネズミ

 性別:男

 年齢:21

 レベル:10

 HP:200/200

 MP:10/10

 SP:0/0

 筋力:-20

 知力:9

 俊敏力:11

 持久力:8

 スキル:なし

 容姿:リロイ・サザーランド

 状態:薬物中毒

―――――――――――――――――――



 リロイの種族を獣人からネズミに変えてやった。


 というか、容姿はリロイのままだが、ネズミの姿になるんだな。

 ゴブリンに変えてやったほうが良かったか?



「チュ! チュチュ! チュウチュウ!」

「何を言ってるのかわからんが、給仕に殺される前に店を出たほうが良いぞ? ここは大衆酒場だが……害獣はお断りだろうからな」

「チュウッ!?」



 何かを必死に訴えてくるネズミリロイだったが、こちらに近づいてくる給仕の姿を見て一目散に逃げていった。


 これでもう獣人の奴隷を買うことはできまい。


 せいぜいメスのネズミ相手に腰を振ってろ。



「……さて、倉庫街に急ぐか」



 俺は酒場を出ると、南区の倉庫街へと向かった。

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