第10話 特別報酬
「……うえええっ!? ゴッ、ゴブリンロードの、だっ、だだ、大魔晶石!?」
俺から魔晶石を受け取った瞬間、ミリネアの尻尾がボフンと膨れ上がった。
初めて見たが、ミリネアってば驚くと尻尾がそうなるのね。
なんだか可愛いな。
「え!? え!? ト、トーマさんおひとりで倒されたんですか!?」
「そうだが」
「しっ、信じられない……」
唖然とするミリネア。
そんな彼女の声に呼応するように、ギルド内がざわめきはじめる。
「ウ、ウソだろ」
「あのカラス野郎……ひ、ひとりでゴブリンロードを倒したのか!?」
「……あり得ねぇ」
何かと俺に絡んでいた、あの現地冒険者たちもビビっている様子だった。
ゴブリンロードの討伐依頼が出されること自体が珍しいし、登録したばかりのFランク冒険者が倒したとなれば、そういう反応になって当然か。
できれば目立ちたくなかったのだが、散々俺をバカにしてきたあいつらの驚いた顔が見られたし、結果オーライだな。
しかし、あいつらのアホ面ときたら……いい眺めだなぁ。
「あ、あの、もしかしてトーマさんって、以前に冒険者をやられていた方なのですか?」
「え? ああ、実はそう……あ、いや、やってはいない」
慌てて否定する俺。
危なかった。現地冒険者たちのアホ面を堪能してて、バカ正直に肯定するところだった。
「こ、この世界に召喚されたときに戦いに使えるスキルを与えられてな。というか、俺が冒険者未経験者なのは登録情報を見ればわかるだろう」
「あっ、それもそうですね……えへへ」
ミリネアが照れくさそうに舌をペロッと出す。
この子は全く。そういう仕草も可愛いからズルい。
それからミリネアに依頼達成の確認と、大魔晶石の査定をしてもらった。
ゴブリン討伐依頼達成で50ライム。
ゴブリンロードの大魔晶石の買い取り額が5000ライム。
合計5050ライムが今日の儲けだ。
登録したばかりなので「継続報酬」は貰えないけど十分すぎる……というか、すごい金額だな。薬草採取依頼で換算すると、数十回分くらいだし。
ううむ。強くなれたし金も稼げたし、本当にハッキングスキル様々だな。
報酬はいつものように、銀行台帳に送ってもらった。
そう言えば、前に俺が使っていた銀行口座はどうなったんだろう?
形式上は死亡ということになっているはずなので、現実世界みたいに口座が凍結されてしまったのだろうか?
ミリネアに聞けば教えてくれるだろうが、不審がられてしまうかもしれないしな。
変なことで疑いを持たれるのは避けたいし、触れないでおくのが吉か。
口座には多少の貯蓄があったのでもったいないが、ゴブリン討伐を3、4回やれば同じくらい稼げるし。
──よし。ということで、早速、次の依頼を探してみようか。
「あ、あの、トーマさん?」
掲示板に貼られている依頼を眺めていると、ミリネアに声をかけられた。
「ちょっとお伝えしたいことがありまして」
「伝えたいこと? 何だ?」
「お義父さ……じゃなくて、ギルドマスターが、トーマさんにお会いしたいと」
「ギルドマスター?」
首をかしげてしまった。
ギルドマスターとは冒険者ギルドを立ち上げたオーナーのことで、いわばギルドを取り仕切る社長のような存在だ。
ただ、事務関係の手続きはすべてミリネアのような受付嬢がやっているので、一介の冒険者がギルドマスターに会うことはまずない。
「用件は何だろう?」
「ええっと、先程報告された依頼についてと仰っていました」
「報告した依頼……?」
余計に困惑してしまった。
街道のゴブリン退治の件だと思うが、一体何だろう。
初依頼でモンスター討伐依頼を完遂したのがマズかったのだろうか?
だが、強力なスキルを持つ転移者だったら特段珍しいことでもないだろうし。
もし俺がイリヤだということがバレたのなら、ギルドマスターの前にジャッジが逮捕しにくるはずだしな。
──ううむ。全然わからん。
「……わかった。会おう」
考えても埒が明かなかったので、とりあえず会ってみることにした。
「それではこちらにどうぞ」
ミリネアと一緒に、ギルドの2階へと向かう。
ここには2ヶ月近く来ているが、2階にあがるのははじめてだ。
ギルドの2階はギルドスタッフの事務所になっていて、ギルドに来る相談事を依頼書にまとめたり、各役所へ提出する報告書作成などを行っていると聞いたことがある。
そして、その2階の一番奥にあるのがギルドマスターの部屋……いわば社長室だ。
「こちらです」
俺が案内されたのは、ギルドマスターの部屋。
重厚なドアを開けた瞬間、びっくりしてしまった。
部屋の壁に巨大なトカゲの頭の剥製が飾られていたからだ。
赤い鱗に鋭い牙。
トカゲにしてはちょっと凶暴すぎる見た目だな。
──え? もしかしてこれって、トカゲじゃなくてドラゴンか?
ドラゴン討伐はSクラスの特級依頼だと聞いたことがある。
これまで片手で数えるくらいしか発注されておらず、討伐者は冒険者の歴史に名を残しているとかなんとか。
これみよがしに飾られているということは、まさかギルドマスターが仕留めたのだろうか?
「お前がトーマか」
窓際に設置された机──。
その椅子に腰掛けていたのは、キレイな白いシャツを着た紳士風の男だった。
しかし、彼がただの紳士ではないことは、その雰囲気が物語っている。
先程仕留めたゴブリンロード……とまではいかないが、体のサイズは俺のふた回りは大きく、シャツから覗く首は木の幹のように太い。
短く刈られた銀髪に、立派な顎ヒゲ。
年齢は40代くらいだろうか。
左目に大きなキズがあって、いかにも歴戦の猛者といった雰囲気がある。
ドラゴンくらい簡単に仕留められそうな感じだ。
「ギルドマスターのルシールだ」
「トーマです」
小さく頭を下げた。
「……フム」
そんな俺を値踏みするように見るギルドマスター・ルシールさん。
「転移者にしては、あまり強そうには見えんな?」
「……」
おっしゃるとおりです。
なにせ、使い物にならないと聖女様から城を追い出され、昨日まで薬草採取に精を出していたくらいですから。
黙ってしまった俺を見て、気分を害したと思ったのかもしれない。
ルシールさんはバツが悪そうに、小さく肩をすくめる。
「……すまない。今のは失言だったな。娘から話を聞いて、てっきり屈強な男だと思っていた」
「娘さん?」
「ああ。ウチで受けたゴブリン討伐の依頼中に、荷馬車を救ってくれただろう?」
しばし記憶をたどる。
確かにゴブリン討伐依頼のついでに荷馬車を助けた。
だが、ゴブリンに襲われていたのは商人だったはずだが。
「……あ」
そういえば、可愛らしい女の子も一緒だったな。
まさか、あの女の子って──。
と、そのとき、入り口とは別のドアが開いた。
そちらを見ると、見覚えがある少女が立っていた。
腰まである美しい銀色の髪に、きらびやかなドレス。
「あ、あの、先程はありがとうございました。アナスタシアと申します」
現れた少女アナスタシアは、しとやかにお辞儀をする。
間違いない。ゴブリンから助けた荷馬車にいた、あの少女だ。
「この方って……」
「ああ。俺の実の娘だ」
そうしてルシールさんはかいつまんで事情を説明してくれた。
アナスタシアは隣国の母親の元で暮らしていたのだが、諸事情あって父親の元に転がり込むことになったらしい。
知り合いの商人が護衛付きでラムズデールに行くという話を聞いて送ってもらうことになったのだが、あとわずかという所でゴブリンに襲われてしまった。
なるほど。
護衛の数が少なかったのは、隣国にいてゴブリンの情報が届いていなかったせいだったのか。
「こうしてお前を呼んだのは、娘を助けてくれた礼を直接言いたくてな」
ルシールさんは椅子から立ち上がると、俺に向かって深々と頭を下げた。
「娘を助けてくれて感謝する。お前がいなければ、娘はゴブリンの餌食になっていただろう」
ちょっと驚いてしまった。
これまで転移者だなんだと嘲笑されたり嫌がらせをされたりはしたけれど、こんなふうに頭を下げられた経験はない。
嫌われ者の転移者の俺に頭を下げるなんて、やはり人の上に立っている人間は少し違うんだな。
「あ、あの……トーマ様」
アナスタシアがそっと口を開く。
「不躾ながら、お顔を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「えっ? 俺の顔、ですか?」
「は、はい。命の恩人のお素顔を拝見したくて……だめでしょうか?」
「ああ、いや、ええっと、それは」
「俺からも頼む」
椅子に腰をおろしたルシールさんがアナスタシアに続く。
「お前は
「……」
ルシールさんからもお願いされて、しばし思案する。
さて、どうするか。
冤罪だとはいえ、俺は同業者殺しで絞首刑になった人間だ。
ギルドマスターが一介の冒険者の顔を知っているわけがないと思うが、万が一もありうる。
念には念を入れて、素顔は見せないほうがいいかもしれないな。
「申し訳ありません。実は以前、顔に大怪我を負ってしまっていて」
「……っ! そ、そうだったのですね、申し訳ありません!」
「い、いえ。こちらこそご希望に添えず、すみません」
俺はふたりに深々と頭を下げる。
アナスタシアは慌てて謝罪してくれたが、ルシールさんは納得がいっていないのか憮然とした顔でじっと俺の顔を見ていた。
なんだか見透かされているような気がして怖いな。
「……まぁ、いい。顔を上げてくれ」
ルシールさんが苦笑いを浮かべる。
「そもそも、素性を知りたいだなんて野暮な考えだった。なにせ、冒険者で一旗あげようと考えるのは、自分の足元を見られてない自信過剰な自惚れ屋か、生き場所を失った哀れな人間というのが相場だからな?」
肯定も否定もしずらいな。
それに、冒険者ギルドのマスターがそれを言っちゃおしまいな気がするが、自分も昔はそうだったとでも言いたいのだろうか。
「トーマ。お前の腕を見込んで頼みたいことがある」
「……えっ?」
思わず身構えてしまった。
ルシールさんは口の端をキュッと吊り上げる。
「そう警戒するな。何も今から仕事を頼もうってわけじゃない。たまに俺からの仕事を受けてもらいたいという話だ」
「ルシールさんからの依頼、ですか」
つまり、ギルドを通さない仕事ってことだろうか?
「お前も知っているだろうが、ここ最近モンスターの動きが活発化していてな。急を要する依頼が舞い込むことがある」
「……なるほど。そういうときのために、直接依頼を発注できる人間が欲しいというわけですね」
「そのとおりだ。もちろん報酬に色はつける」
これはいい話……なのだろうか。
直接の依頼ということはギルドの掲示板に貼り出されることがない、いわばドラゴンン討伐のような「特級依頼」ということになる。
Fランクの俺にそんな話をするなんて、かなり腕を買ってくれているということだろう。
報酬に色をつけると言っているし、受けて損はないかもしれない。
「わかりました。ぜひよろしくお願いします」
「ありがとう。助かる」
ルシールさんが手を差し伸べてきたので握手を交わす。
「ああ、そうだ。お前に特別報酬を渡すのを忘れていた」
ルシールさんは机の引き出しから小さなカードを取り出し、こちらに差し出してきた。
「……っ!? これって」
「ああ。Eランクの冒険者証だ」
渡された薄鈍色のプレートには、俺の情報が刻まれていた。
これは鉄の冒険者証。
冒険者証はランクによって素材が違う。
最低ランクのFは薄い赤褐色の銅で、Eランクは鉄。
冒険者証を見れば一目でどのランクなのかがわかるのだ。
しかし、まさか最初の依頼を終わらせただけでランクアップするなんて。
「これからもよろしく頼むぞ、トーマ」
「はい。こちらこそ、よろしくおねがいします」
俺は冒険者証を受け取ると、もう一度深々と頭を下げた。
***
「おめでとうございます、トーマさん!」
ロビーに降りてくるやいなや、ミリネアが嬉しそうに声をかけてきた。
「マスター・ルシールから聞きましたよ! 初依頼でランクアップなんて、すごいです! 私が知る限り初めてですよ!」
「ありがとう。特別依頼も斡旋してくれるみたいだし、これで田舎暮らしの夢に一歩近づけたよ」
「はい、そうですね! ……って、田舎暮らし?」
ぱちくりと目を瞬かせるミリネア。
「あれ? もしかして、トーマさんもイリヤさんと同じように田舎暮らしに憧れているんですか?」
「……あっ」
しまった。興奮するあまり、口を滑らせてしまった。
「ま、まぁ、そうだな。だが、イリヤのやつも同じ夢を持っていたとは知らなかったが。ハハハ」
「……?」
「ええっと……今日はお暇させてもらうよミリネア。また明日」
脱兎のごとく、ギルドを後にする俺。
喧騒の中に溶け込んで、ようやくほっと一息をつく。
やばいやばい。
今、めちゃくちゃ疑惑の目を向けられていたぞ。
少し天然が入っているミリネアに疑われるなんて相当なことだ。
ルシールさんも少しだけ俺の正体を疑ってたみたいだし、話す内容には細心の注意を払わないといけないな。
う〜ん、やっぱり見た目もトーマに変えておいたほうがいいのだろうか?
だが、鏡を見るたびに嫌な思い出が蘇っちゃうからな。自分の顔に愛着がないわけじゃないし、できればこのままでいたい。
「……まぁ、とりあえずは現状維持でいいか」
完全にバレたってわけじゃないしな。
ミリネアには明日にでもフォローしておけば大丈夫だろう。
しかし、今日は色々ありすぎて疲れたな。
さっさと宿に帰って、ベッドに潜りこみたい。
「いや、その前に酒だな」
こういう日は、酒場で呑むに限る。
と言っても、この世界で酒を呑むのは初めてなんだけどな。
酒を呑む余裕なんて全くなかったし。
少し奮発して、良い飯も食べちゃうか?
今日はかなりの収入があったわけだし、Eランク昇格祝いも兼ねて少しくらい贅沢してもバチはあたらないだろう。
「豚の丸焼きに冷えたエール……フフ、フフフ……」
思わず笑みがこぼれてしまう。
この世界に召喚させられて2ヶ月が経つが、今が一番楽しいかもしれない。
鼻歌を歌いたくなるし、足取も軽くなるってもんだ。
──道行く人々に変な目で見られたのは言うまでもないが。
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