幕間 ミリネアの決意
今日はすごく良いニュースがあった。
なんとなんと、ジャッジに逮捕されて絞首刑になったはずのイリヤさんが、生きているんだって!
それを私に教えてくれたのは、冒険者初日からゴブリンロードを単独で討伐したトーマさんだ。
なんでも彼はイリヤさんと仲が良かったらしく、逃亡に協力したらしい。
イリヤさんに協力したっていうのなら、生きてるって話はウソじゃないだろうし、本当に嬉しくて嬉しくて、つい泣いちゃいそうになったよね!
……まぁ、イリヤさんが私を頼ってくれなかったのは、ちょっとだけ残念だったけど。
イリヤさんがこの冒険者ギルドにやってきたのは、2ヶ月前くらいだったかな。
転移者さんが来るのは久しぶりだったからどんな人なのかとワクワクしたけど、兵士さんから「この男は廃棄処分だ」って言われて、すごく胸が痛くなった。
本当に王城の人間はひどいと思う。
勝手に別の世界から呼びつけたくせに、使えないとわかると何の補償もせずに放置するなんて。
しかも「廃棄処分」なんて、人を物みたいに。
いくら国のためとはいえ、こんな非人道的なことをやっちゃうなんて本当に人間という種族は野蛮だ。
でも、人間族の中にも、いい人はたくさんいるんだけどね?
イリヤさんは寡黙で口数は少ないけれど、他の冒険者がやりたがらない薬草採取も進んで受けてくれるし、獣人の私にもチップをくれる優しい人だった。
何よりかっこよかったのが、普通なら絶望しちゃいそうな状況にもめげず、ひたむきに頑張っているところだ。
私も似たような境遇だし、頑張るイリヤさんを見て元気を貰ったのは、一度や二度じゃすまないよね。
だから、イリヤさんを見かけると、胸がポカポカしてつい尻尾がくねくね動いちゃう。
ああ、またウチのギルドに来てくれないかなぁ……。
「……そうだ。イリヤさんがどこの街に行ったのか、トーマさんに聞いてみようかな」
営業時間が終わった冒険者ギルド。
新たに相談を受けた仕事の依頼書を掲示板に貼りながら、ふとそんなことを思いついた。
トーマさんは「脱出の手助けをした」って言ってたし、イリヤさんがどこの街に行ったのか知ってるはず。
受付の仕事があるから会いにいくことはできないけど……たまに手紙を出すくらいだったらいいよね?
イリヤさんなら他の街でも上手くやっていけるはず。
他のギルドの受付の人と仲良くしてたら、ちょっと嫉妬しちゃうかもしれないけど!
「……って、何言ってるんだ、私」
「ミリネア」
「うひゃっ!?」
びっくりしすぎて依頼書をぶちまけてしまった。
慌てて拾おうとする私を手伝ってくれたのは、白いシャツを来た年配の男性。
「お義父さ……じゃなくて、マスター?」
「今は『義父』で良いぞ。他に職員はいないからな」
依頼書を拾いながら、どこか恥ずかしそうにルシールさんが言う。
「……わかりました、お義父さん。えへへ」
嬉しくてにやけてしまった。
そういえば、ルシールさんのことを「お義父さん」と呼びはじめてどれくらい経つっけ。
ルシールさんと出会ったのは、数年前。
当時、私が住んでいた集落が焼かれ、人間の奴隷商に売られるところを助けてくれたのがルシールさんだった。
そのまま彼に引き取られて一緒に生活することになったんだけど、すぐに打ち解けることができたのは、死んだお父さんと似ていたからだ。
見た目は全く違うんだけれど、ニオイがそっくり。
だからルシールさんのことを間違って「お父さん」って呼んじゃったんだと思う。
最初、ルシールさんはびっくりしていた。
だけど、周りに誰もいないときだけっていう条件で「お義父さん」と呼んでいいと言ってくれた。
ルシールさんにはアナスタシアさんという娘さんがいる。
だから、周りの人に変な誤解を抱かれないよう注意を払う必要があったけど……正直、嬉しかった。
またお父さんと暮らしているみたいで、毎日が楽しかった。
それから私は、このギルドの受付嬢として働いている。
ルシールさんに受けた恩を返すために。
「……機嫌が良いな?」
ふと気づくと、ルシールさんがこちらを見ていた。
「何かあったのか?」
「はい。トーマさんからとても良い知らせを貰って」
「良い知らせ?」
「そうなんです。実は今朝、絞首刑になった──」
と、そこで口をつぐんだ。
イリヤさんの件はあまり他言しないほうがいいかもしれない。
だって「イリヤが他の街に逃れた」なんて噂がジャッジの耳に届いちゃったら、迷惑がかかりそうだし。
「えへへ、なんでもありません」
「……?」
ルシールさんは一瞬キョトンとしたが、それ以上詮索せず拾った依頼書の束をそっと手渡してくれた。
こんなふうにあまり踏み込んでこないのも、ルシールさんの良いところ。
「ところで副業のほうはどうだ?」
ルシールさんが尋ねてきた。
「ええっと……順調、といえば順調ですかね」
「そうか。手伝ってやれなくてすまんな」
「……っ!? そ、そんな! 副業は私が勝手にやっていることですし、お義父さんの手を煩わせるようなことじゃありませんから!」
慌てて首をぶんぶんと横にふる。
副業をやらせてくれるだけ有り難いのに。
「その言葉だけでも嬉しいです」
「困ったことがあったら何でも言っていいぞ。協力は惜しまないからな」
「はい。ありがとうございます」
頭をぽんと撫でてから、ルシールさんは2階に上がっていった。
ぽかぽかと胸の奥が暖かくなった。
ルシールさんはとても優しい。
寡黙な人に優しい人が多いのは、人間族の特徴なのかな?
イリヤさんもそうだったし、きっとトーマさんも優しいに違いない。
だってほら……彼も寡黙で、どこかとっつきにくそうじゃない?
「……そういえばトーマさんのニオイって、どこかで嗅いだことがあるんだよなぁ?」
慌ててギルドを出ていったトーマさんの姿を思い出す。
変なお面を付けているし、ゴブリンロードをひとりで倒せるくらいの強さだから一回会ってたら忘れないと思うけど、見覚えはない。
う〜ん。だけど、気のせいじゃないと思うんだよね。
こう見えて、私って記憶力には自信があるし。
「よし。明日、トーマさんに聞いてみよ」
イリヤさんの行き先と一緒に、以前にどこかでお会いしませんでしたかって。
それでもだめだったら──こっそり私のスキルで確かめてみようっと。
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