第42話 ポンコツ系女子
「……そろそろ終わりにしましょうか」
廊下にフランの声が静かに浮かぶ。
キサラギが俺の処理に手間取っているからか、その表情には苛立ちが見え隠れしていた。
「騒ぎを聞きつけて公安が来ては厄介です。キサラギ、さっさと殺しなさい」
「……承知しました」
渋い表情でキサラギが答える。
「もう少し遊んでいたかったが、フラン様の命令だからな……っ!」
一気に距離を詰めてくる。
スキルの発動はない。
右腕が使えない相手なら余裕だと見たのか。
だが、その判断は大間違いだぞキサラギ。
俺は即座に【不正侵入】で、キサラギのスキルを奪取する。
すべてのスキルを奪うにはSPが足りないが──スキルをひとつ奪えば事足りるはずだ。
「来い、キサラギ!」
俺は左手で剣を構える。
「馬鹿め! 何度やっても結果は変わらん!」
無警戒のまま、キサラギが剣の間合いに入ってくる。
俺は剣を振り下ろす。
「無駄だっ! お前の剣が俺の体に触れることなど──うぐっ!?」
左手に確かな手応えがあった。
今まで服をかすめることできなかったアロンダイトの切っ先が、キサラギの胸部に大きな傷を作っていた。
「バ、バカな!?」
「な、何だと……!?」
キサラギとフランが同時に驚嘆の声をあげる。
「な、何故だ!? 何故、絶対回避が発動しない!?」
「残念だったな。お前の絶対回避は封じさせてもらった」
「……っ!?」
キサラギの顔からサッと血の気が引いた。
ここが勝機。
そう考えた俺は、スキルを連続発動させる。
【軽足】に【ドレインエナジー】、【バーサーク】──。
攻撃能力に全振りしたスキル構成で、一気に畳み掛ける。
「う、くっ……」
「どうしたキサラギ! 足が止まっているぞ!」
これまで全く当たらなかった攻撃が、面白いように命中する。
だが、元Aクラス冒険者の肩書も伊達ではなかったらしい。
俺の攻撃が致命傷にならないよう、ギリギリで避けている。
しかし、無駄な抵抗だ。
すぐにキサラギの黒服はボロボロになり、全身血まみれになっていく。
「く……っ!」
次第にキサラギの動きが鈍くなり、ついに片膝をついた。
その瞬間を狙って【痛撃】スキルを発動。
胸部めがけて突きを放つ。
肉を切り裂いた感触。
手応えがあり。
だが──。
アロンダイトが突き刺さっていたのは、キサラギの心臓ではなく彼の左腕だった。
キサラギは左腕を犠牲にして俺の剣を受け止めていた。
「……やるな。咄嗟に左腕で受け止めるとは」
「クソ野郎が。一体、何をしやがった?」
「特別なことは何もしていない。あんたのその絶対回避とやらの秘密がわかったからな。俺のスキルで『対処』してやったまでだ」
「な、何だとっ!?」
キサラギの【危険察知(極)】の能力を見たとき、全てを理解した。
絶対回避を構成しているのは【範囲拡大】【回避性能】【危険察知】の3つのスキルだと。
つまり──絶対回避とは、スキルの合わせ技だ。
―――――――――――――――――――
範囲拡大:スキルの対象範囲を倍に拡大する
回避性能(極):スキルを発動した際に、自動的に回避行動を取る
危機察知(極):迫る危険を察知し、極レベルの防御系スキルを発動させる
―――――――――――――――――――
絶対回避のキモになっているのが【危機察知(極)】だろう。
つまり、自分の身に危険が迫った場合、【危機察知】で【回避性能(極)】スキルを自動発動させ、無意識で攻撃を回避していたのだ。
おまけに【範囲拡大】で察知できる危険範囲を広げている。
まさに絶対回避の無敵スキル。
まぁ──ネタバレしてしまったら、どうということはないが。
3つ全部のスキルを奪うにはSPが足りなかったので、【回避性能(極)】だけ奪ってやった。
これで危険を察知したところで発動できる防御スキルがない。
攻撃を回避するのは不可能。
「な、何をしているのです、キサラギ!」
廊下に怒号が飛ぶ。
顔を真っ赤にしているフランだ。
「早くその男を始末しなさい! 負けなど許しませんよ! そのためにあなたに高い金を払っているんですからね!?」
「……チッ」
キサラギが顔をしかめる。
「無能な上司の下で働くってのは、どの世界でも嫌なもんだな、キサラギ?」
「……だまれ」
キサラギが憤怒の表情で、腕に刺さったアロンダイトを掴む。
「俺に舐めた口をきくな。絶対回避が使えなくなろうと……俺が貴様より強い事実は変わらんっ!」
キサラギが強引に腕から剣を引き抜いた。
傷口から鮮血がほとばしる。
「【オーガーハンマー】! こいつで終わりにしてやるっ!」
「……【回避性能(極)】」
キサラギがスキルを発動して殴りかかってきた瞬間、こちらもスキルを発動させた。
キサラギから奪ったスキルだ。
瞬間、俺の体が勝手に動き、キサラギの拳を紙一重で避ける。
そして──今度こそ確実に、キサラギの胸部にアロンダイトを突き刺した。
「……っ!?」
「なるほど。こいつは使えるスキルだな。ありがたく使わせてもらうぞ」
「……き、貴様……何故、俺の……回避性能スキルを……」
ゆっくりとキサラギが崩れ落ちる。
それを見て、周囲の黒服たちがたじろいだ。
フランの護衛を務めていたキサラギが倒されたことで、完全に戦意喪失してしまったのだろう。
よし。これなら脱出できそうだな。
急いでここから出ようと、背後のミリネアに声をかけようとした──そのときだ。
廊下にまたしても黒服の男たちがなだれ込んできた。
「クソ、増援か」
一体どれだけ雇ってやがる。
こうなったら捨て身で突っ込むしか無いかと身構えたが……なんだか様子がおかしい。
俺たちに襲ってきた黒服の男たちが、現れた別の黒服の連中に捕らわれはじめたのだ。
「はいっ! 全員、その場を動かないでくださいっ!」
凛とした女性の声が響く。
階段から現れたのは、その声に似つかわしい端正な顔立ちをした女性。
俺が釘付けになったのは、その女性の頭だった。
他の連中と同じ黒服を着ているが、彼女の腰まであろうかという髪は、艷やかな黒色。
あの女──転移者だ。
「シ、シラトリだ!」
誰かが叫ぶ。
「十号ジャッジのシラトリが来たぞっ!」
「……十号?」
って何だ?
困惑する俺をよそに、シラトリと呼ばれた女性が叫ぶ。
「うわっ、こんなにたくさん……ええいっ、この害虫め……っ! ひとりたりとも逃しませんよっ! 犯罪、だめっ! 全員逮捕っ! 死刑っ!」
シラトリが手を挙げると同時に、狭い廊下は大混乱に陥った。
ジャッジに捕まるまいと、黒服の連中が必死に逃げようとするが、以前に須藤が捕まったときのように、黒い布のようなもので絡め取られていく。
黒服の何人かがフランを逃がすため、彼と一緒に階段を登って行くのが見えた。
これは好機なのかもしれない。
この混乱に乗じれば、安全に全員ここから無事に脱出できて──。
「ちょっと、そこの男っ!」
女性の声が響く。
そちらを見ると、シラトリが俺を指さしていた。
「あなたですよあなた!」
「……え? 俺?」
「そう! あなたがこのオークションの斡旋人だということはわかっています! 大人しく縄につきなさいっ!」
「はぁ!?」
いやいや待て待て。
俺はこいつらとは無関係だぞ。
「勘違いをしている。俺は後ろにいる獣人たちを助けにきただけで──」
「はい、その汚い口にチャックして! 問答無用ですっ! 言い訳は絞首台で聞いてあげますからっ!」
「……こ、絞首っ!?」
ちょっと待て。
それって、もう死ぬ直前じゃないか。
そんなところで言い訳を聞かれても困るんだが。
こいつ、賢そうな顔をしているのに、全然話しが通じない。
こうなれば……三十六計逃げるに如かず、だな。
ここは全速力で逃げさせてもらう。
「逃げるぞミリネアッ! 獣人たちを連れて俺に付いてこいっ!」
「はひっ!? はは、はいっ!」
一目散に階段に向けて走り出す。
後ろのミリネアたちも、必死の形相で俺の後をついてくる。
「ああっ!? 斡旋人が逃げましたよっ! 皆さん、取り押さえてくださいっ! すぐにナウッ!」
「き、貴様! 止まれっ!」
ジャッジのひとりが俺に向けて、黒い布のスキルを放つ。
その手から伸びる布が、凄まじい速さで俺に迫るが──。
「【回避性能(極)】!」
「……はわっ!?」
俺の体をそれた黒い布は、近くにいたシラトリの体をぐるぐる巻にした。
「な、ちょ……あなた、なっ、なな、何をしているんですか!?」
「も、申し訳ありませんっ!」
「エ、エッチ! 早くスキルを解除しなさ……ああっ! ほら! 斡旋人がっ!」
シラトリがぐるぐる巻のまま、こちらをにらみつける。
「じゃあなジャッジ。その格好、似合ってるぜ」
「……っ!? こっ、こっ、この蛆虫野郎っ! このまま逃げられると思ったら大間違いですからねぇえぇええっ! 絶対捕まえてやるんだからぁっ!」
シラトリの怒号に見送られ、階段を駆けあがる。
しかし、助かった。
登場したときは冷静沈着なデキる女オーラを出してたけど、どうやらポンコツだったらしいな。
まぁ、何にしてもヒステリックな女に関わると良いことはないし、さっさとお暇させてもらおう。
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