第12話 トレント狩り

 新しい武器を購入した翌朝。


 いつものように冒険者ギルド「獰猛な黒猫」へと向かったのだけれど、珍しいことが起きていた。


 受付嬢のミリネアがいなかったのだ。


 俺がこのギルドに通い始めて2ヶ月が経つけれど、ミリネアがいなかったことは一度もない。


 もしかして何かあったのだろうか?


 ちょっと心配になったので事情を聞こうと、職員に声をかけようと思ったのだが──。



「トーマ様!」



 カウンターから名前を呼ばれた。


 そちらを見ると、いつもミリネアがいるカウンターに銀色の髪の可愛らしい少女が立っていた。



「……あれ? アナスタシア?」



 先日、ゴブリンの群れから救ったギルドマスター・ルシールの一人娘、アナスタシアだ。


 あれからアナスタシアは、こうして受付嬢として立つことがある。

 多分、お父さんの仕事を手伝っているのだろう。



「おはようございます、トーマ様!」

「おはよう。今日はキミが受付なんだね」

「はい。今日はミリネアさんがお休みなので、私が代わりに」

「休み? ……ああ、そういうことか」



 そうか。ただの休みだったか。


 考えてみればそうだよな。

 ミリネアも、無休で働いていたわけじゃないだろうし。


 2ヶ月ずっと顔を合わせていたのは、単純に俺の休みと彼女の休みの日が重なっていただけだろう。


 病気とかじゃなくてよかった。


 しかし、ミリネアがいないギルドは何と言うか、大事なものが抜けているような感覚があるな。


 彼女の屈託のない笑顔は、「今日も頑張ろう」って気にさせるエネルギーがあるからな。


 ──や、アナスタシアも可愛いし、十分彼女からもエネルギーを貰えるんだけどね?



「いつものルーティンだと、今日はお休みですよね? トーマ様?」

「そうなんだけど、実は昨日武器を新調してさ。モンスターで試し切りをしたくて」

「ああ、そうだったんですね! でも、まさかトーマ様にお会いできるとは思っていなかったので嬉しいです。今日は良い一日になりそう」

「そ、そうか。それはよかった」



 しろどもどろになってしまった。


 なんだか調子が狂ってしまうな。


 アナスタシアは会うたびに、こんなふうに好意的な言葉をかけてくれる。


 転移者は忌避されるのが普通だから、そんな言葉が身にしみるっていうか。

 ミリネアもそうだけど、つい変な方向に勘違いしてしまいそうになるので注意しないとな。


 というか、できればトーマ「様」はやめて欲しいな。


 ただでさえ転移者というだけでやっかみを受けているのに、ギルドマスターの一人娘にそんなふうに呼ばれていたらトラブルに発展してしまいそうだ。



「依頼書を持ってくるから、手続きを頼む」

「わかりました! 私におまかせください!」



 ドヤ顔でぽんと胸を叩くアナスタシア。


 うん、可愛い。

 これからファンが増えそうだ。 


 ルシールさんってば、もしかするとアナスタシアをギルドの看板娘にするために呼んだのかもしれないな。


 そんなことを考えながら掲示板をざっと眺めて良さそうな依頼を探す。


 街道を荒らしているゴブリン討伐に、一角兎アルミラージ討伐。


 川辺に出没する半魚人モンスター、サハギンの討伐。


 どれを受けてもいいが、武器を新調したんだし少し強めの相手がいいな。



「……お、これなんか良さそうだな」



 手に取ったのはEランクのトレント討伐依頼だった。


 内容は、トレントの魔晶石5つの納品。


 特定のモンスターの魔晶石は錬金術に使うことが多く、今回の依頼主も街の錬金術師のようだ。


 俺が得ている情報によると、このトレントというモンスターは樹木のモンスターで、街の北にある「シュリンクの森」に多く生息している。


 ここから歩いて30分ほどか。


 珍しいモンスターでもないと聞くし、見つからずに森中を探すなんてハメにはならないだろう。


 腕試しの相手としては申し分ない。


 早速依頼書をアナスタシアに渡して、受注手続きをしてもらう。



「……はい、受理したしました。トレントは危険なモンスターなので、どうかお気をつけて!」

「ありがとう」



 笑顔を向けられ、ついこちらも微笑んでしまう。


 よし。アナスタシアのおかげでエネルギーが満タンになった。


 目指すは北──トレントがいるシュリンクの森だ。


 

***



 シュリンクの森は街の北側に広がる広大な森で、モンスターが多く生息する危険な場所だ。


 だが、北方から南下してラムズデールの街に来るには必ずここを通る必要があるため、森の安全を確保するための依頼が冒険者ギルドに多く依頼されている。


 今回のトレント討伐は街の錬金術師が依頼したものだが、街の商人組合をはじめ、時には国王から依頼されることもある。


 そんなシュリンクの森には、何やら危険な空気が流れていた。


 つい最近まで薬草採取をしていた森とは違い、ピンと張り詰めたような雰囲気がある。


 これがモンスターの気配というものなのだろうか?


 いつ襲われてもおかしくないな。

 これは警戒しながら進む必要がありそうだな。


 剣を抜き、慎重に足を進める。


 幾層にも重なっている木々のせいか陽の光があまり届かず、まるで夕暮れのように薄暗い。


 そんな中を歩くこと10分ほど。


 突然、道の両脇に並ぶ樹木がバキバキと音を立てて動き出した。



「……ッ!?」



 ヌウッと出てきた大きな木の根が地面を踏みしめ、地震が起きたかのように大地が揺れる。


 間違いない。樹木のモンスター、トレントだ。


 見たところ、数は2体か。


 しかし、相当デカいな。


 森の木がそのまま動いているので、大きさはゴブリンの比じゃない。


 動きを見る限り俊敏な動きはできなさそうだが、あの太い枝で殴られたら一発であの世に逝ってしまいそうだ。



「グオオオン!」



 躊躇なく、トレントが巨大な枝を叩きつけてくる。


 だが、やはり動きが鈍い。

 難なく横に回避し、カウンター気味に幹の部分を斬りつける。


 図太いトレントの胴体が、その一撃で真っ二つになった。 


 まさに横薙ぎ一閃、というやつだ。



「おお、すごい」



 つい、自画自賛してしまった。


 昨日の試し切りでいけそうだとは思っていたが、【痛撃】スキルを使うことなく一撃で仕留めることができた。



「ググオォン!」



 もう1匹のトレントが、雄叫びを上げながら両手を振り上げた。



「させるか」



 その巨大な手が振り下ろされる前に、一気に距離を詰める。


 懐に飛び込んで、今度は【痛撃】スキルを発動。


 剣を下段に構えて、一気に斬り上げた。



「……グオオォ」



 縦に両断されたトレントは、地響きのような叫び声を轟かせて倒れた。


 黒い煙が舞い上がり、巨大なトレントの体が消えていく。



《レベルが9にアップしました》

「……よしっ」



 思わずガッツポーズしてしまった。


 イメージ通りに動くことができたな。


 それにレベルも上がったし、重畳ってやつだ。



「アップしたステータスの確認は後にして、まずは依頼達成に必要な魔晶石だな」



 地面に転がっている魔晶石を拾い上げ、【解析】スキルを発動する。



 ―――――――――――――――――――

 名称:トレントの小魔晶石

 スキル:【光合成・技】【光合成・体】

 備考:なし

―――――――――――――――――――



 ん? 何だこれ?


 見たことが無いスキルだな。


 一体どんな能力なのだろう。


 まずは【光合成・技】をタップしてみる。



―――――――――――――――――――

 光合成・技:SPの回復量が2倍

―――――――――――――――――――


 

「おお……これは使えそうだ」


 SPは生命線ともいえる数値なのだが、今のところ一時間程度で1しか回復しない。どうにかこれを増やす方法はないかと思っていたけど、こんなところで手に入るなんて思わなかった。


 続けて【光合成・体】を調べてみたところ、「SP2を消費してHPを10回復する」というスキルだった。


 回復ポーション(小)と同じ回復量か。


 現在の最大HPを考えると心もとない回復量だが、SPが許す限り何度も使える事を考えると、ありがたいスキルだな。


 しかし、森に入ってすぐに2体のトレントを仕留められたのはおいしいな。


 この調子で行けば、30分くらいで5体のトレントを仕留められそうだ。



「……ん?」



 と、次のトレントを探しに行こうとしたときだった。


 妙な声が風に乗って運ばれてきた。


 人の声ではない、獣のような声。



「……ギャッ……ギャッ!」



 今度ははっきりと聞こえた。


 あれはゴブリンの声だ。 


 ゴブリンはどこにでもいるモンスターなので、森の中にいても不思議じゃない。だが、この声は何かと戦っている雰囲気だな。


 もしかして他に冒険者がいるのだろうか。


 気になった俺は、声がした方へと進んでみる。


 道から外れて、森の中に。


 鬱蒼とした木々の間に、銀色に輝く何かが見えた。



「あっ! この……っ! すばしっこいなぁ! ちょっと自重してよ!」



 そして聞こえたのは女性の声。


 まさか、と思って目を凝らしてみて、ギョッとした。


 銀色に輝いていたのは、髪の毛だった。


 見覚えのある銀髪のくせっ毛に、細長い尻尾。



「……冗談だろ」



 いつもの彼女と違うのは、ギルドの制服じゃなく白いチュニックに厚手のマントを羽織っているところくらい。


 ゴブリンと戦っていたのは──ギルドの仕事を休んでいるはずの、獣人の女の子ミリネアだった。

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