第26話 親バカ

 ルシールさんと向かったのは、2階のギルドマスター部屋。


 ここに案内されるということは、内密な話があるんだろう。 


 ──と思ったのだが。



「あっ、トーマ様!」

「あれ? アナスタシア?」



 部屋で待ち構えていたのは、ルシールさんの一人娘、アナスタシアだった。


 彼女はたまに受付に立っているが、普段はルシールさんの仕事を手伝っているらしい。


 もしかして、話ってアナスタシアに関係していることなのか?



「えへへ」

「……っ!?」



 などと考えていたら、突然、腕に抱きつかれてしまった。



「ちょ、アナスタシア?」

「トーマ様、私に会いに来てくれたの?」

「い、いや、ルシールさんに呼ばれて、少し話を」



 というか、父親の前でそういうのは良くないと思うぞ。


 盛大に勘違いされそうだし。


 ちらりとルシールさんを見ると、感情を感じない冷静な目でこちらを見ていた。

 いや、冷静というか冷酷というか……。

 あの、すごく怖いんですけど。



「アナスタシア。これからトーマとふたりで話をする。席を外してくれるか?」

「……はぁい」



 アナスタシアはぷうっと頬を膨らませ、至極残念そうな顔をして部屋を出ていく。


 パタンと扉が閉まり、気まずい沈黙が部屋に流れる。


 できるなら、このまま帰りたいな。



「……すっかり娘に懐かれているようだな? トーマ?」

「え? そ、そう、なんですかね?」

「あの娘は昔から人見知りが強くてな。あんなふうに他人に抱きつくことなど有りえん。どんな方法を使ったのか知らんが、お前は特別のようだ」

「ありがたいことです」

「だが、覚えておけよトーマ。冒険者に娘をくれてやるつもりはないからな?」

「わかりまし…………はい?」



 つい肯定しそうになった。


 いやいや。ちょっと待ってください。

 くれてやるってなんですか。


 誤解されてそうだったので弁明しようとと思ったが、ルシールさんの目がめちゃくちゃ怖かったのでそれ以上は触れないことにした。 


 うん。話を戻そう。



「そ、それよりも、俺に話というのは?」

「……ああ、そうだったな。お前に特別依頼を出したいのだ」

「特別依頼?」



 どういうことだろうとしばらく考え、以前にもらった話を思い出す。


 そういえば、緊急を要する仕事を直接依頼したいって言ってたっけ。



「ブラックスワン砦という名前は?」

「……いえ。初耳ですね」

「十数年前に破棄された、西の砦だ」



 そう言って、ルシールさんは机の上に大きな地図を開いた。


 ラムズデール近郊の地図だ。


 地形だけではなく、主要な街道と砦の位置まで描かれている。

 ミリネアの【マッピング】までとはいかないが、かなり詳細な地図だな。


 ルシールさんが言うブラックスワン砦は、ラムズデールの西、数キロほどの場所にあった。



「ここ最近、モンスターの数が増えてきているのは知っているな?」

「はい。先程ミリネアさんとも話していたところです」

「……ふむ、ミリネアか」



 怪訝そうに眉根を寄せるルシールさん。


 え? 何、その顔。



「まぁいい。有識者の見解ではモンスターが増えているのは季節的なものだということなのだが、本格的に対策を講じることになった」

「それがこのブラックスワン砦?」

「そうだ。この砦を拠点にして、ラムズデール周辺のモンスターどもを一掃する計画が立案された」



 モンスターを一掃?


 まさか──その計画に参加しろってことなのか?



「安心しろ。お前に依頼したいのはその作戦への参加ではない。その前段階……つまり、ブラックスワン砦の確保だ」



 ルシールさんは地図のブラックスワン砦を指でトントンと叩く。



「現在、この砦が現在どうなっているのかは不明だ。モンスターどもの巣窟になっているかもしれんし、盗賊どものアジトになっているかもしれん」

「……なるほど。砦の状況を確認して、不当占拠している敵対勢力がいたら排除して使用可能な状態にしてほしいということですね」

「そのとおりだ」



 俺が砦の安全を確保できたら、国王直属の騎士団2個中隊がやってくるらしい。


 彼らに砦の確保をさせないのは、損害を出したくないからか?


 まぁ、十数年放置している砦だからな。

 凶悪なモンスターが住処にしている可能性は否定できない。


 だからって冒険者に行かせるっていうのもアレだが、彼らにとって俺たちの命は軽いからな。



「万が一、手に負えない敵が潜んでいた場合は帰還してきてかまわない」

「え? 良いんですか?」

「当たり前だ。有能な人材を捨て駒にするわけにはいかんからな。砦は使用不可だったと報告すればいいだけの話だ」



 ちょっと感心してしまった。


 ルシールさんは王城の連中と違って、冒険者を捨て駒として扱っていない。

 やはり上に立つべくして立った人なんだな。


 今回の特別依頼の報酬は10000ライム。


 何も障害がなくてもその金額が支払われ、戦闘が発生した場合はボーナスが支払われるらしい。


 ふむ。状況が不明で危険が伴うとはいえ、かなり美味しい仕事だ。


 受けて損はないだろう。



「わかりました。引き受けます」

「ありがとう。頼むよ」



 ルシールさんから小さな地図を渡された。


 ブラックスワン砦の位置が描かれた簡略な地図だ。

 メモ書きのような地図だが、これでも十分砦の位置がわかるだろう。

 

 砦に向かう前に少し準備をしていくか。

 

 装備類は大丈夫だが、ポーション類は揃えておいたほうが良さそうだ。

 砦で何が出てくるかわからないからな。



「ちなみにトーマ」



 地図を受け取って部屋を出て行こうとしたとき、ふとルシールさんが声をかけてきた。



「お前はミリネアとも仲がいいのか?」

「……え? ミリネア?」

「彼女がオフの日に一緒に出かけていると聞いた」

「そうですね。彼女の副業を手伝うことがあるんですよ」

「副業? ああ、冒険者業のことか」

「ええ。実は先日、森でばったり彼女に会いまして。それからパーティを組んでいるんです」

「……なるほどな」



 理解したような口調だが、その表情は不服といいたげだ。



「ミリネアと仲良くするのは構わん。だが、娘を冒険者にくれてやるつもりはないからな?」

「……」



 この人は何を言ってるんだ──と思ったけど、そうだ。

 ミリネアはルシールさんの義理の娘だったか。


 しかし、こうも口酸っぱく言うなんて、一般女性が不安定な冒険者とくっつくことがどんなに大変なのかわかっているんだろうな。


 ルシールさんも元冒険者みたいだし、経験則かな?


 この人、怖い顔してるのに娘さん思いなんだなぁ。

 いや、この場合は子供思いというか、過保護?


 というか、こちらとしてはそういうつもりはさらさらないのに、何度も釘をさされると……少しだけ意地悪したくなる。



「安心してくださいルシールさん。その予定はないので。



 最後の一文を強調する。


 瞬間、ルシールさんの表情に焦りの色が浮かんだ。



「お、おい、待て。その『今のところ』というのは何だ?」

「深い意味はありませんよ。それでは行ってきます」

「え? お、おい、ちょっと待て! お前まさか……ミリネアとアナスタシアを二股して──」



 ルシールさんの言葉を遮るように扉を閉めた。


 拍車をかけて勘違いされたような気がするけど、まぁいいか。

 誤解だってことはミリネアたちの口からも伝わるだろうしな。


 さて、気が晴れたところで、気を取り直して調査に向かいますかね。

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