第32話 黒の棺とクロウの弱さ

 アドラは右手を挙げる。

 敵は数万。一度に相手にするには骨が折れる数。

 考える。今取りうるべき最善手を。

 まず第一に優先すべきはクロウの身、次点でクロウの守りたいモノ。

 何も考えず大規模な魔術で皆殺しにすることは容易いだろう。しかしそれでは逃げた者がクロウや子供達に危害を加えるかもしれない。


 一瞬の逡巡。

 それを見逃さないアレクシアとその隣の青い鎧。青い鎧は一瞬で後方へと下がる。


 それを見て目を顰めるが、まぁ良いとりアレクシアから目を離さずに魔力を込める。



「黒の棺。本当にやっかいだわ。それ以外に効果がないとはいえ、黒の魔力に多少でも影響を受けた者にはその効果を発揮するのだから。」


 クロウから流れ出る黒の魔力。

 おそらく箱の解放時に黒の魔力を使用していたのだろう。それに反応して黒の棺が起動した。


 自分が使える黒の魔力はクロウからの贈り物。主人から受け取り使用しているがために。自らも使えない。

 本当に面倒な。アドラもテトラも自らの魔力のみで力を行使しなくてはならい状況に苛立つ。

 我らが受けし祝福を、その無粋な球に横取りされている。そんな状況こそに腹が立つ。


「もういいや。吹き飛ばそう。テトラがしっかりと守りなさい。」


 アドラは再び魔力を込める。無色透明な魔力が右手に集まっていく。


「なっ…!その魔力の量。御伽話でももう少し可愛げがあるだろうに…!!」


呆然としていたアレクシアがその魔力の圧に我に帰ると、アドラを見て驚きと恐怖の表情で、後ずさる。


「 我は竜


  血湧き、肉踊る闘争に生まれし赤き竜

  我は闘争により生かされる


  平穏な日常に爪を立て

  その牙を剣で研ぐ者


  さぁ挑め

  命を賭して…

「まって!!ドーちゃん!!だめだ!!」


クロウは叫ぶ。まさに詠唱にて敵を殲滅せんとするアドラに待ったをかける。



 急に止められて、詠唱を中断し魔力を霧散させたアドラはクロウは振り返る。

 そこでクロウは悔しそうな顔をしてアレクシア、その奥を睨みつけていた。

 アドラはクロウの視線を追って同じ方向を見る。


 そこには。


意識を失い、青い鎧に担がれつれられるメルの姿があった…。



「ククク…クハハハハハハ!!!なんだ女!攻撃せんのか!!!その魔の象徴の言葉なぞ無視して殺せば良いものを!」


アレクシアは狂ったように笑う。

自分の命が危ないことも分かっていたであろうにそんなことはお構いなしに。



「貴様……!あろうことか人質とはな…!」


 アドラは目を細め拳を握る。配下とあろう者が王の弱味になるなどなんという失態かと。そんな言葉を飲み込んで。


 アドラはテトラに目配せするが、テトラは顔を左右に振る。

 救出は無理。であるならばもはやメルごと吹き飛ばすかと、配下ならば命をかけて王を守るのだとそんな冷めた顔をしてアドラは、顔を向けた。


「クロウ。あなたは王。彼は配下でしょう?であれば彼も本望なはずです。あなたのために死ねるのだから。お分かりください。これこそが最善なのです。」


 アドラはそう一言伝えクロウの許可を待つ。待てと言われた。それを無視することは配下のものとして失礼だと。頭を下げて。


「だめだよ…それはだめだ…約束した。契約したんだ。彼らの命を守ると、この僕が…!」


 クロウは悔しそうに目を下げる。口元は屈辱に歪み今にも流れ出そうな涙を堪えて。


 なんと弱いのだろう。しかし優しい子。魔力を封じられ、今にも自らの命が危機に晒される。その中でも他人を思いやれるだけの優しさ。

 しかしそれは同時に甘さ。弱さ。

 その優しき弱さによって他の者達が危険に晒されることになろうとも。

 メルを守るというクロウ。


「なりません。我が王よ。王とは背負うものにございます。その判断により自らの命を危険に晒すものではありません。それはあまりに他のものを軽視しております。」


 アドラは言う。配下として、忠言を。

 恨まれるかもしれない。嫌われるかも。そんな思いもあるだろう。しかし今、現実としてクロウの望みは叶わない。

 ここで手をこまねけば、メル以外の子供らも巻き込まれるかもしれない。

 アドラとテトラが手を下さなければ全て失われてしまう。

 そんな状況。


「分かってる…。分かってるから。理解してるから…!!!でも僕が…まもるんだ…!」


 クロウはアドラの目を、まっすぐに見てそう吠える。

 

 「アドラ!アドラ・エル・ヴァイツ!テトラ・アーロン!僕、クロウの名において手出しを禁ずる!!!!」


 アドラとテトラは驚愕する。あのクロウが、我らが私の主人が、あくまで友達だと、テンちゃんとドーちゃんなんだと、何を言っても聞かないクロウが、今、主人としての言葉で持って2人に命を出す。


 衝撃、そしてそれを超える喜び。我らを配下として、1人の忠臣として迎えてもらえたのかのような、そんな言葉に身を振るわせる。


 その命が、いかに間違っていたとしても。我らが王がそう決めた。それに命をかけよと。心が叫ぶ。


「「ご下命賜りました。我が王よ。」」


 アドラとテトラは膝をつきこうべを垂れる。

 我が王の御前に。我らが王の決断に。


「ありがとう。大丈夫。僕が。なんとかするから。アドラとテトラは見てて。」


クロウは震える足で待って立ち上がる。魔力などとうに尽きている。黒の棺をどうにかせぬ限り皆殺しにあうのは必然だろう。


 しかし、子供らとの約束が背中を押す。

 諦めることなどあり得ないと。そんなに軽いものではないと。



 「相談は終わったであるか?そろそろ良いかな。この黒い箱が起動した。黒の棺だったか?なんの力もないと言うがの。もはや、どうでも良い。しかしその黒き魔力の輝きは、我を魅了する。だからの。魔の象徴。貴様を我が飼ってやろう。黒の棺に魔力を送る道具としてな。」


 アレクシアはもう、黒き箱に興味を失っていた。むしろその美しき魔力を放つクロウをこそ手に入れようと動き出す。


「さぁ。この子供と引き換えじゃ。跪き、赦しをこえ。」


アレクシアは手を差し出すとそう言った。


 あまりにも不敬。そんな態度と言葉にアドラとテトラは怒りに顔を染める。歯を食いしばりながらも耐え忍ぶ。


「アレクシア。あなたがどんな人でもいいけどさ。あなたは僕の逆鱗に触れてる。勝手がすぎる。許さないから。こんなに怒ったのは初めてだよ。うん。はっきり意識した。そして決めた。これが僕の決断。今からメルを取り戻して、必ずあなたを殺します。」


 そこには王がいた。震える足で立ち上がり、自らの意思でその手を血に染めると。有象無象相手の守るべき殺人ではなく。1人の王として、そう決断し、胸を張る。


 確かにそこには優しくも弱い、しかし決意を秘めた王の姿があった。








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