第16話 竜族の誇り
アドラが両手を挙げると、先程までの雰囲気とは打って変わって張り詰めた空気が流れる。
「 闘争よ
嗚呼
其の剣で我を切り裂き
其の矢で我が瞳を抉れ
見せてみよ
汝が研鑽の賜を
我が身を焼き
我が魂をも凍える程の奇跡の力を
心せよ
其の一切合切を我が牙で
其の魂を灰燼に帰す
我は尖兵
黒き王の歩む道を創る者
さぁ今こそ闘争の時
とくと見よ
汝の希望を打ち砕こう
総てを砕く無常の鉄槌 」
アドラは謳う。
魂震わす闘争を求めて。
ありとあらゆる総てを懸けて竜へと挑む英雄を、闘争の果てに打ち砕く。
それこそが竜族の誇り
詠唱を終える。
アドラのあげた手の上に、赤い魔力と黒い魔力が吹き荒れる。
その中に、巨大な業火の塊が一つ、周りにいくつもの小さな火の玉が浮遊している。
「私のはあなたを生かすとかそんな操作はできないのよ。ごめんなさいね。燃やして押し潰してそれでおしまい。まぁ私が解除しないと永遠に燃え続けるのだけれど。」
そう言うアドラ。
ありえない。消えぬ炎など。
「はぁ。何がとっておきですか。あなたの真骨頂はそんな広域を殲滅するものじゃないでしょうに。」
テトラは嘆息する。あなたは魔術で攻撃するより殴った方が強いとぼやきながら。
「はははは…なんでこうなったのだ…私の人生はなんなのだ…この髪この瞳で生まれ迫害され続けてきた…やっと…やっと見返してやれる…幸せになれると思ったのに…」
それはアルフォンスの心からの言葉であっただろう。
膝をつき業火を見上げるその瞳にすでに闘志はない。
「あなたの人生にどんな辛いことがあったのか知らないわ。でもね、あなたは逆鱗に触れた。私の愛しい主人に牙を向いた。それだけが不幸。それだけが罪。さようなら。黄泉の旅路の果てでも研鑽を。そうすれば次の人生はもう少しまともかもしれないわ」
同情も憐憫もない。その瞳は無機質にアルフォンスを見つめている。
そしてゆっくりと振り下ろされる。
「あぁ……やはり許されないのか…幸せになりたかった…幸せになることすら許されない……」
アルフォンスがつぶやくと、その業火がアルフォンスを中心に辺りを巻き込み燃やし尽くしていく。
「本当に。幸せになるのに誰の許しがいると言うのかしら。幸せは自らの気持ちと行動次第。あなたはすでに幸せのきっかけを持っていたはずなのよ。」
燃え尽きていくアルフォンスを見ながら誰にも聞こえないようなか細い声でアドラは話す。
その言葉は風に流されて、消えていく。
全てが灰となった頃、アドラは魔術を解除した。
そこにはデミドラゴンも、アルフォンスの姿は無く、周りの木々すら燃え尽きて、更地となっていた。
ネルやアッシュらはテトラが介抱しており、命に別状は無さそうだった。
クロウは未だ目覚めていない。
しかし、脅威は去った。
黒の王の目覚め、2人の守護者の顕現。
クロウの取り巻く環境が今後どうなっていくのか。それは誰にもわからない。
今は再び訪れた平穏に安堵と幸せを感じてほしい。アドラとテトラはそう思いながらクロウたちを家へと運ぶ。
「しかし、あの程度の相手でも、あの態度。ベルがいなくてよかったですね。」
「あー…本当に。あの子がいたら更地じゃ済まないわね…多分国が一つか二つ消し飛ぶわ…」
まだ見ぬ仲間に思いを馳せる。
狂愛に歪みクロウに歪んだ愛を捧ぐ1人の女を思い浮かべて。
そうして一連の森の騒動は終わりを告げた。
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