第15話 魔法と魔術

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」


 空から舞い降りてきたデミドラゴンは威嚇するように咆哮した。

 アルフォンスの切り札。確かに異常なまでの魔力を内包している。


「ハッハッハッハァ!見ましたか!見ましたね!ふひ!これこそ私の切り札!!狼への魔力を強制的に注入する実験!私の緻密な!ち!み!つ!な!魔力操作によって成し得た奇跡の産物!ありとあらゆる試行錯誤の上!完成したこのドラゴン!!!さぁ!先程私を殺さなかったことを後悔なさい!!」


 もう勝ったと言わんばかりの物言いにテトラとアドラは呆気に取られてしまう。

 なぜなのかと、なぜこの程度の切り札を持っていて、ここまで勝ち誇れるのかと。


「あー。うん。そうね?あれよ、あれ、えーっと……」


「うん?うんうんうんうんうん?聞こえませんなぁ!!命乞いですかあああああああああ?」


 アドラのその言い淀む態度にアルフォンスは勝ち誇る。


「逃げないのかしら…?」


「ハッハッハッハァ!!…はぁ…?!」


「え?いやだから、そのトカゲに乗って逃げないのかしら?逃げ切れると思ってそんなに自信満々なのでしょう?」


 アルフォンスは耳を疑う。この巨体、到底人間には倒せないであろう怪物を前にこの女はなんと言ったのか。

 消耗したであろうテトラ、トカゲの尻尾を持つにすぎないアドラに、


——逃げないのかしら?


 許されない。私の最高傑作。10年の月日をかけた至高の力の前にこの態度。

 アルフォンスは怒りに打ち震えてしまう。頭に血が上り冷静な判断など出来なくなっていく。


「そ、そのそのそのその思い上がりいいいいい!いいでしょう!ミンチにしてあげますよおおおおおおおおおお!!!」


 アルフォンスはさらにデミドラゴンに魔力を送る。

 それを受けデミドラゴンは身震いするとアドラに襲い掛かろうと翼を広げた。


「はぁ……たかだか魔力を送って強化したトカゲに…私がミンチですか…全く…無知で無力だけでなく思い込みも激しいタイプ。モテないでしょうあなた。」


「なにを!なにをなにをなにを!わたしはモテなくない!わたしの良さをわかる女性がいないだけだ!!」


 それをモテないと言うのだとアドラは思う。


「それじゃぁまぁ次は私の番か。一つ、無知蒙昧なあなたへ冥土の土産にレクチャーしてあげますね。」

 そう言うとアドラはデミドラゴンの目を見つめて魔力を放出する。


「おすわり」


ドンッッッ


 一言。

 魔力を放出しデミドラゴンを見ただけ、その一言でデミドラゴンは頭から地面に叩きつけられる。


「問題。私は 今何をしたでしょうか?」


「は……?え……?は…?」


 もはやアルフォンスはアドラなど見ていない。何をしたのか、魔力を放出しただけだ。

 もはや理解の外、意味不明な状況に答えにならない。


「はい!時間切れ!」

 アドラは柏手を打つ。


「正解はーー!あのトカゲの頭に魔力を流して、それを電気信号に変化させて体を操作した!でしたー!そう!あなたの言う緻密な魔力操作で行っただけの、ただの魔法よ」


 アドラは事もなげにそう言った。

 アルフォンスは動かない、思い込んでいた。必ず狩れると。言葉にならない言葉をあげて、ひれ伏すデミドラゴンを見上げていた。


「まぁ、後100年も練習すればあなたもできるようになるわよ。元気を出しなさい?」

 アドラはあっけらかんとした、顔でそうアルフォンスに声をかける。 

 100年も生きられないだろとテトラは心でツッコミをいれる。


「さて、講習の続きね?

 今のは魔法よ!魔力を操作する方法!略して魔法!この神より与えられさ万能のエネルギーを送ったり送られたり、大きくしたり小さくしたり、何かに変換したりする事!それが魔法!すごいわよね!何もないところから何かを起こせる力なんだもの!」

 それだけなんだけどねと付け加えアドラはアルフォンスへの講義を続ける。


「そんなもの、そんなものそんなもの!誰もが知っている!子供でも知っていることだろうがあああああああ!あんな事…出来るわけが…」

 もはや理解不能な出来事の連続にアルフォンスは誰かともなく叫ぶことしかできずにいる。


「そう!そうなのよ!こんなの児戯よ!誰でも出来ることなのよ!おそらく才能さえあれば誰でもね!簡単よ!」

 アドラは満面の笑みで話しながらクロウをみる。本物の天才はこの程度のこと無意識にも出来ると。


「でもね。テトラが使ったものは違う。あれは才能と、血の滲むような研鑽の果てにたどり着く魔法の極致。本物の奇跡の力よ。」


 なんなのだ。この女は何を言っているのだ。もはや考えることをやめアルフォンスはアドラの言う言葉を聞くだけの人形のようだった。


「あれはそう、緻密な魔力操作の中、その魔力に願いを込める。願望を。そうあれかしと。現実を歪め己の望みを、言の葉を、魔力に込める。私たちは詠唱って呼んでるけどね。テトラのあれは自分と主人の敵の消滅を願っているんじゃないかしら。」

 アドラはテトラを一瞥する。

 テトラはニコリと笑うと続きを促す。


「まぁ本当に何を願うかなんて分からないけれど、そうして言葉に願いを込めて魔力に送る。そうすると魔力はその者の願いを叶えるの。魔力を操り願いを叶える術。それが魔術よ。」


 まぁどんなに万能で強力でも叶わぬ願いはあるけれどと、アドラは節目がちにクロウを見てからアルフォンスに目を向ける。


「ありえない。ありえない。そんなもの。ありえないありえないありえないありえない」

 アルフォンスはもはやなにも考えられない。聞こえない。


「まぁ、簡単に言えばそう言うことよ!わかりやすかったでしょう?」


さて私の番ね———


そう呟くとアドラは尻尾を地面に打ちつけて、両手を挙げる。手のひらを上にして。


「まぁ、私の魔術も見て逝きなさいな。特別にとっておきを見せてあげるわ。」


 アルフォンスへの死の宣告だった、

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