第14話 殲滅

 アルフォンスは目の前の光景が未だ信じられずにいた。

 魔法で召喚など聞いたこともない。そもそも魔法は何かを生み出すことは出来ても何者かを召喚することなどできないはずだ。

 無から有を生み出すことはできてもそれに意志を持たせることなどどうすれば良いのか。


 あれは精巧に見えるだけの土人形だとでも言うのか。

 否、あれらは自ら言葉を話し、クロウが気を失っても動いている。完全に自立している。

 ありえない。どう考えてもありえない。自分の想像を遥かに超える事態にアルフォンスはここに来て初めて恐怖を感じていた。


 自分が狩る側であったはずだ。それがどうだ、今は獲物に成り果てているそんな錯覚に陥ってしまう。


「さて、どうしてやろうかしら。私、ゴミ掃除って苦手なのよね。加減が難しいから。天使、あなたの方が得意じゃないの?」


「はっ。これだからドラゴンは力でなんでもかんでも解決しようとしますね。あなたは子犬相手でも、この辺りを更地にしてしまいそうだ。まぁ良いでしょう。私がチリも残さず綺麗にしよう。」


 本当に、本当に何事もないように。羽虫を振り払うかのような物言い。

 そこには圧倒的なまでの自負。相手にもならない、そもそも勝負にすらならないと言うようなそんな雰囲気を醸し出していた。


「ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!天使だ?!竜族だ?!戯言も大概にしてくださいいいいいい!そんな虚仮威しで!!!そんな魔法があってたまりますか!!」


 アルフォンスは激昂する。ありえない魔法にありえない現実。それを直視してもなお狩る側は私だと自分に言い聞かせるようであった。


「はぁ。いちいち声が大きいですね…そして無知だ。むしろ哀れに見えてきます。この明らかな戦力差がわからないとは。」

 テトラは頭に手を染めて嘆息して見せる。


「よろしい。では見せてご覧に入れましょう。冥土の土産というやつです。本物の神の奇跡と私の研鑽をその目に焼き付けて死になさい。」

 そういうとテトラは右手を前に出す。


「 具現せよ


 神より賜りしは神敵を討ち滅ぼす一条の槍

 神より与えられしは畏れを纏う威光の鎧

 神が創り給うた死者を運ぶ方舟


 神の威光に頭を垂れよ

 

 神のみもとへの旅路に福音を

 歓喜せよ 」


 テトラは歌うように口上告げる。

 テトラの右手には白く輝く魔力が収束していく。


 アルフォンスは動けない。無警戒にも口上宣うその姿に、今のうちに殺してしまうべきだとわかっていても、テトラの纏うその魔力の圧に指先一つも動かせずにいる。


「な…んだ…それは…ありえない…あり得るわけがない…」


 そんなアルフォンスの様子にアドラは目を細めため息をつく。その無知に。無力に。我が主人に立ちはだかるに足らぬその矮小さに。

 

「何がドラゴンはー。よ。何が子犬相手に更地よ。あなたの方がよっぽど力押しじゃない。あーぁ。私の分は残らないわね。この狂信者め。」

 その気持ちもわからないことはない。我らが主人に牙を向いた愚か者。一撃で蒸発するなら慈悲深い方だろう。痛みもなく消え行けるのだから。

 アドラはそう思いながらテトラに一瞥をくれると嘆息した。仕方ないと思いながら。


しかし。


「 これは天罰

  我らが神より賜りし至宝なり

  

  しかし我ら神よりいでし者なれど

  我らの主人は黒き王

  神の魂を簒奪し

  神の体を嗜虐する者

  

  神を滅ぼし天地開闢の理を統べる者

  

  とくと見よ

  神をも穿つ簒奪の槍 」


 アドラは思いもしなかった。

 テトラの口上がまだ続くことに。

 驚愕と焦り。

 

「あんの!馬鹿者!!完全詠唱など!!なにが冷静にだ!!この狂信者め!!!しくじった!あいつが1番キレてた!!!もう頭に血が上りすぎてやりすぎだわ!!」


 テトラは口上を告げ終わる。

 白い魔力に黒い魔力が混ざり、収束する。細長く、槍のような形に変わる。

 それを逆手に持ち、今にも投擲せんと右手を振りかぶる。


 アドラはそれを見て慌てたようにネルやアッシュら、そしてクロウやマーサへ魔力を送り込む。身体強化と結界の同時起動。


 それらが発動したと同時に、テトラから槍が放たれた。


 まさに閃光。

 あたり一面を覆い尽くすほどの白と黒の光の奔流。

 全てが白と黒に飲み込まれ何もなかったかのように消えていく。


 次第に光が収まっていく。


 そこには———


 敵の姿が、今にも飛び掛からんとしていた魔狼の群れが、アルフォンスを、守ろうとして立ちはだかったキングベアが、山のようにあった魔狼の死骸が、全て消え去っていた。


「あり…えない…なぜ生きている…私は…なぜ……」


 アルフォンスはもはや茫然自失であった。

 今の魔力の奔流の中、なぜ自分だけが無傷なのかも。防げるわけもない。防ぐことなどできないと思わせるだけのものであった。


「そんなに簡単に殺すわけがないでしょう?」


 テトラはアルフォンスを一瞥するとそう答える。

 生かされた。この化け物に、生かされてしまった。ここで初めてアルフォンスは後悔をする。

 ダスティダストなどさっさと殺せばよかったと、あの魔の象徴をみて欲が出てしまった。あのとき逃げればよかったのだと。

 あのモノを我らが同胞にと。そんな思い違いをした自分に後悔していた。


「あんなもの魔法ではない…ありえない…なんなのだ…貴様らは…なんなのだ魔の象徴とは…!ありえない…ありえない…」


 アルフォンスは膝をつき、そう呟きながらもなんとか逃げ出す方法はないかと考えていた。

この段に来て、切り札を切ればあるいはと、追い詰められた頭で都合よく考えてしまう。


 そして思いつく。あれほどの魔力の行使、動かぬアドラと名乗った女。もはや戦う力など奴等に残っていないのではないかと。

 それならばと。


「ふふふふふふひひひひひひひひ!あれが!なんなのかは!わかりませんがああああああああああ!!こちらも切り札をきりましょおおおおおおお」

 あれほどの魔力を見て、まだ何の消耗もない彼らの姿を見ても、思い込んだアルフォンスは止まらない。


 「来なさい!デミドラゴン!!!!!」

 アルフォンスがそう叫ぶと、アルフォンスの体から多量の魔力が放出される。

 その魔力を道標にするように、空高くから飛来する影が一つ。


 アドラとテトラの前に降りてきた。


 それは黒いドラゴンのように見えた。

 西洋竜のような見た目に黒い鱗。赤い目が2人を見る。

 まさにドラゴン。天空を統べる覇者の姿がそこにはあった。

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