第30話 圧倒的な実力

 雷を纏い戦場を駆けるクロウ。

 敵兵に触れることさえ許さずに縦横無尽に駆け巡る。その高圧の雷は近づく敵を容易く屠る。

 人が簡単に死んでゆく。その手をただ染めるのは初めてのはずのクロウ。

 しかし臆することなくその力を振るうその姿を見て、アッシュの胸には不安がよぎる。


 新兵には二つのパターンがあるとアッシュは思っている。

 人を殺すことを怖がりすぎるあまり、戦場では自分を見失いがむしゃらに人を殺して戦争が終わると何もできなくなる奴と、無感情に容易く人を殺せるどこかネジが抜けたやつ。


 クロウは一体どちらだろうか。

 自分を見失っているようには見えない。しかし無感情で敵を屠るわけでもない。まるでベテランの兵士のように、命の重みをしりながら剣を振るっているように見える。


 人を殺すにはまだ早すぎる。こんな環境に立たされているクロウを心の底から心配するのであった。

 


 「よそ見とは余裕であるな!」

青い騎士はアッシュの集中が途切れていると感じるや否や、その剣に魔力を込める。


 正眼に構え頭上から高速で振り下ろされる剣。魔力によって切れ味も重みも先ほどの比ではない一撃に、アッシュの持つ剣がバターのように両断される。


 自分に当たるその直前で、後ろへ飛び込むことで回避したアッシュは切られた剣を見る。


「おいおい!この剣いくらだと思ってやがる!!あとでぜってぇ弁償させてやる!」


 帝都で買った一流の鍛治屋で手に入れたその剣が、まるでおもちゃのように半分になっている。


 しかしアッシュに焦りはない。武器を失ってもなおその余裕な態度は変わらない。


「武器も無く、この人数を相手にする切り札もなさそうだ。ここまでだな。」

 青い鎧は勝負あったとニヤリと笑う。


「俺はよー。産まれて初めて持ったのが剣だった。」


「何を言っている?気でも狂ったか?」


「俺は孤児だからよ。仲間のコニーとレオニール、それと一本の剣。それだけが信じられる全てだったんだわ。これしかねぇと思ってたしつい最近までこいつ一本でのしあがったってぇ自負もあった。」


唐突なアッシュの自分語り。青い鎧は呆気に取られて様子を見る。


「もう何年前かな、死んじまう!もう終わりだってことがあってよー。そん時に助けてくれた人が教えてくれたんだ。お前には剣は向いてねーってよ」


止まらないその口に誰も声を挟まない。恐怖で気が狂ったか、はたまた命乞いでも始めるのかと。

そのうちに多数の兵がアッシュをとり囲む。


「そいつはなんて言ったと思う?俺よりわけーガタイも小さい女によ。アンタは私と同じ拳でやるのが1番強いってよ。」


 そうのたまうアッシュは不気味に笑う。

 武器をおられた兵士の戯言に無言で対峙する兵達の嘲笑が聞こえるようだった。

 しかしその嘲も、アッシュが拳を構えると驚愕へと変わる。


 魔力が拳へ収束し、体へ纏う雰囲気がガラリと変わる。

 

 「俺の拳は砕けねぇ。ドラゴンの鱗さえ貫いてみせるぜ?かかってこいやぁ!竜族直伝の地獄の特訓で身につけた本物の男の拳を見せてやる。」


 その溢れ出る闘気に、青い鎧は気押される。剣より拳など強いわけがない。

 しかし眼前のそれは先程とは打って変わって明らかに研ぎ澄まされている。


「ふむ。まぁ、切ってみればわかること。しかしその心意気。私も本気でお相手しよう。

パトラギア聖皇国が誇る騎士団!その団長の肩書きは、伊達ではないぞ!見せてやろう!

私はカリオン!カリオン・マードル!剛剣のカリオン!いざ参る!!」


 そう名乗る青い鎧の男。カリオンは再び剣へ魔力を込めて正眼からアッシュへと切り掛かる。

 先程アッシュの剣を軽々と両断して見せたその凶刃がアッシュを狙う。


 しかしその刃は届かない。アッシュの突き出した拳によって受け止められて、その剛力を持ってしても微動だにしない。


「おう。カリオンさんよ。俺も本気だ。本当はまだこんなもんじゃ師匠の足元にも及ばないがよ。いくぜ?」


 アッシュの足元に炎が渦巻き始める。身体強化をしてもなお激しい熱が両者を襲う。

 カリオンは思わず後ずさる。触れるだけでも死んでしまいそうなその熱量に。


「師匠が言ってたんだわ。魔力で炎を包み込むんだとさ。そしてそれをその熱量を保ったままに圧縮していく。その熱量は小さくなれば小さくなるほど魔力の中で圧力を上げていく。そしてそれを勢いよく破ると。信じられないくらいの威力になるらしい。」


 カリオンには理解ができない。だからなんなのだと今一度剣を構え直す。


「やって成功したのは数度だかな。今の俺なら何発でも当てられそうだ。」


 そういうと。アッシュはカリオンは、肉薄する。その拳を握り、カリオンの鳩尾へと一撃を見舞う。

 カリオンと拳がぶつかる瞬間。圧縮された熱を内包した魔力の塊が、アッシュの拳とカリオンが差し出した剣で挟まれて弾けとび、カリオンへと放出される。


 一撃。その一撃はカリオンの腹を捉え、カリオンの剣を超えて腹を貫通していった。


 剣がなくなり拳のみになってからのアッシュの一撃。それは自分で言うほどに、その力でもって、騎士団長を一撃の元で骸へ変えた。


圧倒的な実力差。


剣という鎖を断ち切られた、世界で唯一、竜のお眼鏡にかなった拳を持つ男は、周りを取り囲む兵士に向かって死を告げる。


決死の覚悟でかかってこいと。

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