第37話 魔王


「んー。イメージと少し違うかなぁ。もっと上手にできると思ったのに。」


 クロウは首を傾げる。

 目の前には仲間が突如として黒い魔力に絡め取られ、消えた兵士たちが茫然自失と言った様子でいる。

 

「次があったらもっとうまくやる。次はもっと広範囲で、こんなにばらつかない様に。」


 アレクシアはクロウの使用した魔法も、今何を言っているのかも理解できない。

 黒い魔力が足元から湧き出ると、兵士たちを包み込み、そして飲み込んだ。そこには何も残っていない。死んだのか、それともどこか別の場所に行ってしまったのか。

 もはや理解ができることなど何もないのだ。


「な…にを…した…。わからぬ。わからぬ。お前はなんだ。さっきまでそんな雰囲気はなかった。突然大きくなったかと思えば…こんなもの魔法ではない…神だとでも言うのか。我の兵たちはどうなったのだ…。」


「そう。魔法じゃない。僕が使ったのは魔術。それが何かなんてあなたが知る必要はないけれど。僕の望みはね?知っていて欲しいかな。」


「望み?望みとはなんだ…今の話とどんな関係があると言うのだ…」


「大有りさ。僕の望みは皆が皆を思いやれる世界に、人の幸せを願い、願われる。そんな幸福に満ちた世界の創造。だから問いかけるの。あなたは隣の人の為に死ねるかと。他人のために不幸を背負う覚悟があるかと。」


「はっ!世迷言を。人は自らのためにしか生きられぬ!他人の不幸など背負えるものなど居りはしないわ!」


 アレクシアの目を見て真剣に語るクロウに、アレクシアは気色ばんで口を荒げる。


 アレクシアは聖皇国の王。過去には兄弟、親、親戚、ありとあらゆるものが敵だった。裏切り、謀殺、暗殺、毒殺、なんでもやった。自らが死なないために。自らの幸せを掴むために。


 そんなアレクシアにはクロウの言う理想などかけらも受け入れられない。そんなものがあるなど夢物語だと。


「そうだね。力がなければ夢物語。物語にしてもつまらない理想も理想。でも僕には力があったんだ。僕は星の守護者。黒き魔力を浄化せし者。さっき頭の中で声がしたんだ。その時全部わかったの。」


「声?なんだ?何を訳のわからぬ…この、狂人め…」


「まぁわからなくてもいいさ。そう言うことができると現実を見つめればいい。僕は選択を迫る。あなたたち全員に。他人のために生きられるのかを。それができない人は皆、黒い魔力に喰われるよ。黒い魔力は浄化するのにエネルギーが必要なんだ。それは別に人の肉体や魂じゃなくてもいいんだけれど、敵に情けをかけるつもりはないからね。」


 クロウは淡々と語る。そこには少年の面影はなく。覚悟を持って自らの力を奮うまさに王の姿があった。


「魔王…まさに魔王じゃ…人を喰らい黒き魔力を見に纏い。世界を滅ぼさんとする…伝承は本当であったか…」


アレクシアはここに来て初めて己の死を悟る。逆鱗に触れたと。それも竜など比にならぬ者の。


 何かを歌うだけで我が軍の半分以上が持っていかれた。次で終わり。そんな圧倒的なまでの力の差。蟻がドラゴンに挑むが如き愚かさを。アレクシアは自らの血で贖わねばならない。


「まぁでもさ。とりあえずあんまりこれをやりすぎるとよくないんだ。たくさんの魔力を浄化してしまうと、どんどんと湧き出る黒き魔力が増えていくんだ。だから僕が手を下すのはここまでにするね。」


 アレクシアは光明を見出す。助かる可能性に。そんな淡い希望に。しかしそれもクロウの、次の言葉に無惨に打ち砕かれる。


「だから僕の守護者全員に任せるよ。新しい人もアドラもテトラも。仲良く皆殺しだよ。1人たりとも逃すことは許さない。全力は出さなくてもいいけれど油断だけはないように。さぁ。行こうか。幸せのためにさ。」


クロウは笑う。まさに知らぬものが見たらこう思うだろう。


魔王だと。


人を蹂躙し、侵略し、支配する。


魔王だと。


そして、守護者たちも動き出す。


王の望みを叶えるために。

王の敵を滅するために。


罪深き者どもへ鉄槌をと。

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