第43話 王国の破滅への入り口

「なぜだ!!なぜ誰も戻ってこない!!」


 ポーラリア侯爵は自室で声を荒げる。森の奥で黒き魔力が観測された事をいち早く知り、これを利用して国王の覚えをよくしようと策を弄した。ポーラリア領が誇る精鋭100人に、自らが最も信頼する筆頭魔法使いを1人。万に一つも失敗はないと意気揚々と送り出したが、森に入った連絡を受けたあと、待てども待てども続報がない。

 そして1日経ち、2日経ち、何日待っても帰ってこない。

 日に日に苛立ちを募らせて、ついに爆発したポーラリア侯爵は誰彼構わずに怒鳴り散らす。国王にあそこまで言ったのだ。失敗なぞ許されるわけもない。

 


「落ち着いてくださいませ。旦那様。皆が怖がっておりますゆえ何卒お怒りをお鎮めください。」


「落ち着いてなどいられるか!これは私の貴族としての尊厳もかかった話なのだ!ここで失敗したなぞ報告してみろ!いい笑い者だ!」


 執事がなんとか落ち着いてもらえる様に声をかけても話にならない。どうか早く調査隊が戻ります様にと願うのみであった。


 そしてまた数日経ったある日のこと。

 執事達家臣の、願いが通じたのか、魔法使いの男が1人で帰って来たと報告が上がる。


「そうか!!そうかそうか!戻ってきたか!!何をしている!早くここへ連れてこい!」


「そ、それが……あの…」


「どうした!なんなのだ!はっきりと言え!」


 男の帰りを伝えにきたメイドは言いにくそうに口籠る。


「あーもうよい!私が行く!案内せよ!」


「は、はい!承知いたしました!」


待てぬと自ら歩き出すポーラリアにメイドは付き従い、男の元へと連れ立って歩く。待ちに待った男の帰還にポーラリアの足は自ずと早くなっていく。


 しかしその勢いも男の様子を見て、絶望へと変わっていく。


「やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて」


 呟く様に辞めてと呟き続ける男。目に正気はなく。何かに怯え、何かを拒否する様に言い続ける。

 そしてその焦点の合わない目で、青白い顔を上げると、ポーラリアと目が合う。変化は顕著であった。先程までやめてと連呼していた男が急に震え始める。


「き、き、き、貴様のせいだ貴様のせいだ貴様の貴様の貴様の貴様の貴様の貴様の貴様の貴様の貴様の貴様の貴様の貴様の貴様の貴様の殺してやる殺してやる殺して…や……る………」


 ポーラリアを見た瞬間に、男は発狂し、親の仇を見た様に怒りの形相へと変わる。そして呪詛をこれでもかと吐いた後、糸の切れた人形の様に白目を剥き気を失った様だった。


「な…何が起きた…どうしたと言うのだ…」


男の代わり様に何がなんやらと言った様子のポーラリアはその場から動かず、未だ白目を剥き立ちながら気絶している男を見ている。 


 すると、まずは指先がぴくりと動き、その振動が腕に、膝に、肩に伝わり、全身へ伝播していく。

 そして最後は痙攣を繰り返し、何事もなかったかの様にピタリと止まる。

 何事かと後ずさるポーラリアとメイド、その後ろには何事かと駆けつけた兵と使用人。

 その全員が男の様子を固唾を飲んで見守っている。


「あー、あー、あー、おー、おー、おー。大丈夫なのでしゅかねこれで。」


 突如として男の声とは違う、まだ幼そうな女の声が、男の口で話をし始める。

 その異様な光景に息を呑む。


「聴こえてましゅかなー。あーでもそっちの声はきこえないのでしゅ。伝書鳩みたいな者でしゅので。」


 伝書鳩。人間をここまで壊して使う伝書鳩。その一言だけでも十分に恐怖の対象なのだが、何より恐ろしいのは、男をこうしたであろう者が、それがなんでもない様なそぶりで話をすることだ。


「ははは…何があった…何があったと言うのだ…」

 ポーラリアは誰にともなくそう言うと、その場にへたり込み、少女の次の言葉を待つ様なに男を見上げる。


「とりあえずでしゅね。わたちはブレア。貴方達にはたーくさん言いたいことがあるんでじゃけど、時間もないので簡潔に!」


 そう一呼吸おくプレア。


「貴方達は、竜の逆鱗を踏み、天使の怒りを買い、未来を語って鬼が笑わせ、吸血鬼に銀の弾丸を打ち付け、神に唾を吐いた。よって黒き王が貴様らに罰を与える。その不敬を悔い改める機会はもうない。喜んで神たる黒き王の慈悲によって死になさい。死を賜われる幸運に涙なさい。そうすれば私ブレアが一思いに捻り潰してあげましょう。」


 先程までの幼い声から一転して、冷たい、氷を思わせる程の声でブレアは告げる。


「貴方の罪で貴方の傘下のもの全てが消える。ここに宣言いたしましょう。神たる神子の私が、必ず皆殺しにしてなぶり殺して差し上げると。」


まさしく守護者の一員らしく。黒き王が誇る最強の守護者がそう告げる。


これがこれから始まる王国の滅亡への入り口だった。

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魔の象徴の王子を幸せにしたい〜皆がいればもう既に幸せなんですけど?〜 はるはるぽてと @trybound

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