第33話 覚悟

 体が焼けるように痛い。

 力も入らず、身体強化を常時身にまとっていた反動で、いつもの何倍も体が重く感じる。


 アレクシアを睨みつけ、黙って勝機を探す。

 アドラ達には動くなと言った。アッシュらも迂闊に動けないだろう。そもそもメルに凶刃が振るわれる前に迫る術がない。


 残す道はなんだろうか。

 取れる手段などないように。それを知るアレクシアは余裕の笑みだ。


「そんなにも無理をするものではないぞ?貴様さえ我が元へ来れば解決だろう?さぁ膝をつけ、でなくばこの子供を嬲ろうか?さぞ良い声で鳴くであろうな?」


 青い鎧はそれを受けナイフを抜くとメルの首に突きつける。


 啖呵を切った。しかし名案は浮かばない。そんな自分の無力を悔やむ。


 黒の魔力しかないのだ。自分にあるのは日々の鍛錬で身につけた魔力操作と剣術と。黒き恩寵たる魔力。

 剣術は役に立たないだろう。あとは魔力操作のみ。考えろ。



 考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ



 どれだけそうしていただろうか。

 ふと黒の棺に流れる魔力が明確に感じられる。変わらず黒き魔力を吸収し続けてはいる、それは地面から、大気から、クロウを経由して黒の棺へと吸収されている。


 この吸収力は無限だろうか?

 否、そんなわけがない。


 ふと思いつく。自分を経由して送られるのならば、自分が扱える魔力よりもたくさんの魔力を吸収すればいいのではと。


 おそらく吸収量はほぼ全て、しかしそれが今の限界だとしたら?

 その限界を超えてクロウの魔力が増えたとしたら。


「やるしかない。そんなことできるかわからないけれど。」


クロウは動く、アレクシアに気が付かれないよう。自分の魔力の器を知覚する。


 そして見えてくる魔力の流れ、自らの器の大きさ。


 もっと多くを吸収しようと試みる。自分に魔力を纏う感覚、結界を張るために放出する感覚。

 日々の訓練を思い出せ。

 クロウは目を瞑る。

 遂に諦めたかとアレクシアは破顔する。



 少しずつ吸収量が増えていく。意識すればするほど明確に。少しながらも増えていく。


 器になみなみと注がれる魔力。黒の棺の吸収量は変わらない。


 しかし自らの許容量を超える魔力に器が悲鳴を上げる。それはクロウへ焼けるような痛みを持って抗議する。


 まだだ、まだやれる。クロウは体の痛みに耐えながら拳を握る。必ず助けると。こんなものではないと。


 体の痛みに耐えながら、扱う魔力を増やしていくと、次は声が聞こえてくる。この世のものとは思えない。怨嗟の声が。黒き魔力に乗って頭に流れ込む。


 さぁ殺せ。我らこそが最強。

 死にたくない。死にたくない。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ

 闘争を戦争を殺戮を


 様々な声が流れ込む、それは頭を割るような痛みを伴ってクロウを苛んだ。


 そんな声に伴って、他の声よりも優しく聞こえる声がする。


 — そんなにもなぜ頑張る。お前には竜も天使もいるだろう。殲滅して仕舞えば良いものを。


— それはダメだ。自分のわがままだとは思っているがこれは意地だ、自分が自分であるための。


— そんな意地になんの意味がある。


— これは意地だ。自分が幸せになるための。彼らを幸せにするための。


— そんなものが幸せか。自ら苦しみ仲間を危険に晒す。


— わがままかもしれない。それでも僕は信じてる。この道こそが幸せな未来へ続く唯一の道だと。


— ……ならば見せてみよ。その覚悟を。その痛みと苦痛に耐え切って、私に貴様の幸せを、この世の幸せを思い知らせよ。


— もちろんだよ。幸せ以外認めない。必ず僕がみんなを幸せに。笑って過ごす未来への第一歩だ。


— 良き覚悟よ。ならば良い。少し手伝ってやろう。器を大きくしてやろう。代償は貴様の未来の一欠片。今より数年の貴様の時間。


— 持って行け、あなたが誰か知らないけれど、必ず幸せを見せてやる。


もう声は聞こえない。先ほどまでの苦痛が嘘のように、今はむしろ黒の魔力が心地いい。


器が鳴動する。魔力が増える。


急激に増える魔力にアレクシアは目を見開いた。


クロウが目を開けると共に、クロウの周りを黒い魔力が吹き荒れる。


その圧に、濃すぎる魔力に誰もが動けない。呆気に取られ震えるほどの魔力。


アレクシアを魅了する、その美しいまでの魔力の渦が、クロウを包む。


「あぁ…なんと美しい…欲しい。欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい。」アレクシアはメルのことなど忘れ、その黒き魔力に目を奪われる。


他の兵達も、アッシュや子供らも、その魔力から目が離せない。


アドラやテトラはそのクロウの魔力をなんとも言えないような目で、むしろ少し悲しげに見て、膝をつき続ける。


魔力が、収束する。そしてクロウの姿が現れる。


 そこには先ほどまでの子供らしいクロウはいない。


身長が伸び、顔つきが変わり、その纏う雰囲気すらも変える。

 変わらぬは黒か髪と瞳のみ。


成長した未来のクロウがそこには立っていた。


纏う魔力は尋常ではなく。冷たい瞳で周りを見渡す。


まさに王。クロウの器が、クロウの時を喰みここに現れる。


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