第34話 その力は幸せのために

 辺りを見渡すクロウ。

 未だその圧倒的なまでの黒き魔力を纏っている。


 アドラとテトラはその姿を見て、なんと声をかけるべきなのか迷っていた。


「ドーちゃん。テンちゃん。大丈夫。僕は僕だよ。きっとこうなった理由も、何もかも2人は知ってるだろうけど、いつか話してくれたら嬉しいな。」


 2人は目を伏せる。知っているのだろう。全てを。しかし言えない。悲しげな顔で頭を下げ続け、言葉を発せずにいる。


「今はすごく調子がいいんだ。なんでもできそう。それに色々教えてくれたんだ。きっと黒の魔力がね。だからみんなは僕が守るよ。大丈夫。あ、でも。ドーちゃんにもう抱っこをしてもらえないのは寂しいかな。」


 冷たい眼差しを少し緩めて、何も言わない2人へ笑顔を向ける。


 「とりあえず。話は後かなぁ。今はこの状況をなんとかするね。」


 目線をアレクシアに再び向ける。射殺す様な目、禍々しい黒き瞳で。


「素晴らしい。なんだその姿は。可愛い子犬かと思ったら狼であったか?変わらぬ。結局この子供がある限りお主は我のおもちゃよ。」


「すごいね。そこまで清々しくあればこちらも心が傷まないよ。」


「はっ!なんとでも言うが良い。お主を屈服させた後が楽しみだ。」


アレクシアは気が付かない。さっきとは全ての状況が違っていることに。

アレクシアは気が付かない。その圧倒的な実力差に。

アレクシアは気が付かない。すでに自分が死地にいることに。


「とりあえずメルのことかな。その後はみんなで皆殺し。うん。やろうか。」


クロウはいう。散歩に行く様な気軽さで、そうなることが確定付けられているかの様に。


 その瞬間。ほとばしる魔力。一直線にメルへと向かう。誰もが反応できぬままに、クロウから魔力が放出された。

 その魔力は結界を形成しメルの周りにうっすらとまとわりついた。


「反応すらできないなんて、人質はもっとよく見ておかないとね。」


 驚愕。

 何も見えずに感じることもできなかった。

アレクシアは元より、アドラでさえも知覚できないほどの緻密で速い魔力の操作。


 まさに開いた方が塞がらない。

 

「それで?次は?どうするの?」


 クロウは問いかける。なにか我らを止める術があるのかと。


「なんだ…それは…お主本当に人間か…?」


アレクシアはそう呟くので、精一杯。

あっさりと人質を無効化された。これではあの怪物達を、足止めできる術がないと。


「まぁせっかくだから見て逝きなよ。あなたは敵だから。あなたを許せないから。全力を持って叩き潰すよ。」


 クロウは魔力を集める。その両の手に。


— それ以上は戻れぬぞ。


— 大丈夫。もう覚悟は決めたから。


— その道の行く末には未来はないぞ。


— 大丈夫。どんな地獄でも、幸せは必ずあると知っているから。


— その手を血に濡らし、苦痛の波に揉まれてもか。


— この手を血で洗って苦痛の波を飲み干そう。それで守れるがあるならば。


— よろしい。ならば見せてみよ。汝の望みを。その黒き魔力に乗せて。


— ああ、よく見てて、必ず君も幸せにするからね。


 黒き魔力が噴火したかの様にクロウの足元から湧き上がる。

 その怒りを体現する様に。

 その覚悟を祝福する様に。


「今から2つ。あなたにこの黒き美しき魔力を見せてあげるね。僕が送れるあなたへの少しの感謝の表れに。どうもありがとう。僕はみんなを幸せにする為にここにいるんだと気がつけたよ。」


 クロウは微笑む。アレクシアに向けて。

アレクシアは動かない。その魔力に魅入られて。

 敵兵はその魔力の圧に。腰を抜かし尻餅をつくものもいる。


「まずは僕の仲間を見せよう。会ったこともないけれど。きっと素敵な友達になれると思うんだ。心がそう感じてる。」


さぁ行こう。

明日はみんなで美味しいご飯を食べて、疲れて眠るまでお話をしよう。楽しい未来の幸せな話を。


クロウは願う。

アドラは涙を流し、テトラは祈る。


アッシュらはもはや驚きはなく、そのクロウの覚悟に心を打たれる。


そして紡がれるクロウの望みと未来への歌。

黒き魔力が満ちていく。



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