第9話 満身創痍と一条の雷

 もう何時間経っただろうか。

 数分の気もするし数時間の気もする。

 ネルたちは次から次へと現れる魔狼に剣を払い続けていた。すでに辺り一面には魔狼の死骸が重なり合い、地獄の様相を呈している。

 ネルたちも満身創痍と言った様子で、身体中あちらこちらから血を流し、それでも怯むことなく相対している。


 魔狼は確実に数を減らしているが、魔狼側も数匹が常にネルらの命を狙い、動きがより洗練されていく。

 大勢で襲われることは無くなったものの、いつ終わりが来るかもわからない状況は思っているよりも神経をすり減らす。

 そして今か今かとミスを誘うように魔狼は緩急をつけ、それでも彼らを休ませないように波状攻撃を仕掛けていった。


 このままじゃジリ貧だ。ネルはもうそろ限界の近そうなアッシュらを見やるが、どうしても突破口が見つからない。

 それなのに魔狼は嘲笑うかのように容赦なく爪をふるい牙を突き立ててくる。


 まずい、そう思った瞬間。


 アッシュが地面に転がった魔狼の死骸に足を取られ、バランスを崩した。


「しまっ…ぐああああああああああああっ」


 そう言うよりも先にバランスを崩した体が地面に打ち付けられる。その上から爪を突き立てられ絶叫するアッシュ。

 それを見たコニーが助けに入るも、コニーでは1匹を相手取ることが精一杯である。

 

それを好機と見た魔狼が一斉にアッシュに殺到する。


「ちくしょう!アッシュ!!!」

 レオニールは自らに遅い来る魔狼を無視してアッシュの元へと矢を一斉に放つ。

 しかしそれで仕留め切れた魔狼は数匹。襲い掛からんとする魔狼の群れに嫌な予感と絶望が襲い来る。


 しかし目が離せない。なんとかしなくては、なんとかしなくてはと何も考えられない頭は自分の無力をなじるように取り留めもない考えだけが浮かんでしまう。


その瞬間、目の前に一条の雷が落ちた。


 目が潰れるかと思うような閃光に、魔狼たちも目を瞑る。

 そして、光が収まり目が見えるようになったころ。

 アッシュのそばには、雷をその足に纏い、血を流しながら立つネルの姿を見たのであった。


アッシュに殺到していた魔狼は全て焼けたような切り傷を持って死んでいた。


「おい!惚けてんじゃねぇ!!体制を立て直せ坊主ども!!!!」


 そうネルは一喝すると怯まず襲いくる魔物を切り伏せる。


 その一言でコニーとレオニールは我に返り、アッシュの肩を抱き立ち上がらせ、ポーションを飲ませた。


 アッシュらを守りながら剣をなぐその姿はまさに英雄。

 満身創痍の体、血の吹き出る腕、雷が足を焼きながらも膝を屈せず、耐えるように立ちはだかっている。


 それを見て、アッシュらもまた体勢を立て直し、戦線へと復帰する。


「ありがてぇ旦那。助かった!!」


「話は後だ!これじゃぁジリ貧!嬲り殺されちまう!もうこいつらの相手をするのは無理だ!さっさと親玉見つけて特攻するしかねぇ!」


ネルは飛び込んできた魔狼を一閃するとそう叫ぶ。


 魔狼は戦線に復帰したアッシュらを見て、ネルと同時に相手をするのは分が悪いと思ったのか見に回った。


 一時の静寂。

 場には互いの呼吸音しか聞こえない。そんな奇妙な均衡が保たれていた。


その均衡を崩すように、この場にそぐわぬ声がその場にこだまする。


「なんとなんとなんとなんとなんとおおおおおお!帝国のゴミ掃除に赴いてみれば!なんと言う幸運!!!!なんと言う僥倖かあああああああああ」


 魔狼の群れの奥、そのさらに奥の森の中から絶叫をあげ、歩いてくる人影が一つ。

 マントを羽織り、フードを目深に被ったその人影のその異様な光景にネルは目を見開く。


「つまらぬ!つまらぬ!ゴミ掃除なんてなんで私がと思っていたがああああああ!こんなところでこんなところで!こんな良き実験相手に会えるとはあああああああ」


「なんて私はついているんだ」


 そう言って眼前に現れた1つの異様にネルは驚愕した。

 まだ距離はあったはずだ。目を逸らすことも瞬きすらしていない。なのにも関わらず、なんの行動も取れず、また鼻の先、数センチの距離まで詰められている。


 見えなかった、いや見えなかったどころではない。転移でもしたかのようになんの痕跡もなく、この異様は目の前にいたのだ。


 しかし、動揺は隠す。徹底して相手に気取られない。ネルはその強靭な精神を持って冷静に眼前の異様を睥睨した。


「なんだいお前さん。悪いが今は忙しくてな。話なら後で聞いてやるからちょっと死んで待ってろやぁ!」


 予備動作なく、まさに絶死の一刀。ネルは横薙ぎに剣を振るう。


 しかし、手応えはない。


 「素晴らしい!素晴らしい素晴らしい!!!まさに神業!!人の限界を超えている!!!ああ、神よ。感謝します!私の前に良き実験相手を用意してくださったその慈悲に!!!」


 眼前の異様はまたもや消え、魔狼の群れの中心に立っていた。無傷。ネルの渾身の一撃は空振りに終わる。


「なんて出鱈目な。ありえねぇ。今のは人間の躱しきれる距離でも速度でもねぇ。何もんだお前。」


ネルがそう言うとその異様はフードをとり、マントを脱いだ。

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