第20話 クロウのいない夜
クロウが狩りに出かけたその夜。
ネルとマーサ、アドラとテトラはアッシュが仕入れてきてくれた果実酒を片手に、談笑していた。
「あんたらが来て7年かぁ。本当あの時はどうなるかと思ったぜ。」
「ええ、えぇ本当に。あの時は本当にもうダメかと思いました。歳はとりたくないものですね。ネルが負けた姿を見て半分心が折れかけてしまったわ。」
「雷帝がなんだともてはやされてきたが、歳には勝てねぇ…。雷なんてまともに扱えなくなっちまった。」
しみじみと語るその姿に哀愁すら感じさせる。クロウのいない夜、お酒の力も相まって、そうぼやく。
「まぁあなたたちは良くやっていますよ。そもそもあの魔狼相手にあの大立ち回り。なかなかできません。」
「しかしまぁあんたらにそう言われるのはなんだかな」
ネルは力なく笑うが目には少しの喜びも帯びていた。
お酒を飲みながら、いろいろな話をする。主にクロウの小さい頃の話に花を咲かせて。夜はふけていく。
果実酒の瓶が数本空になったころ。マーサがアドラたちをじっと見て、ふと真面目な顔をして聞く。
「それで?そろそろ聞かせてくれるのかしら?魔の象徴、魔王、守護者。クロウの前じゃ話せない。何かがあると私は思うんだけれど。」
アドラとテトラは真面目そうにそう問うマーサに目を見合わせてどうしたものかと逡巡したのち、アドラが話し始めた。
「そうね。我らが主人も今はいないことだし、あなた達には知っておいてもらったほうがいいのかしらね。」
全部は話せないけれど。言外にそういうと、果実酒を煽る。
「私たちは古の怪物。化け物。人類の敵。そういった類の存在よ。」
なんとなく気がついていた。マーサもネルも。今の人類とはその存在からして違う、能力も力も何もかも。桁の違う存在。そういう認識しかなかったが、改めて人ではない何かだと明言されて、少し驚いた顔をする。
「私たちはこの星ができてすぐの頃に生まれたの。この星が生まれた時、それはもう弱肉強食なんて比ではない。ドラゴンが群れで空を飛び、それを一つの魔法で吹き飛ばすような化け物。人の血を啜り肉を喰らうような怪物、それはそれは多種多様な化け物どもが跳梁跋扈するような死の大地。人族もいたようだけど、私たちの目には入らないようにひっそりと暮らしていたようね。」
アドラは懐かしい思い出に浸るように話を続ける。
「でもね、そんな怪物どもも毎日戦いに明け暮れるその日々にどんどん数を減らして疲弊していった。毎日何千何万もの化け物の血が流れるのよ?膨大な魔力を持った化け物の血がね。」
「あれはまさに地獄でしたね。思い出したくもない。赤や緑や紫や、果ては青色の血をした化け物も。」
テトラも思わず合いの手を入れつつ感慨に耽る。
「そう。そんな夥しい血と死骸が大地に流れたのよ。」
アドラはそういうと新しい果実酒の瓶を手に取り栓を抜く。
「そうしたらどうなったと思う?
魔力を持った血がどんどんと大地に流れて吸収されて、星の核まで届いて、混ざり合ったのよ。」
「ありとあらゆる種が流した血が、星の核で一つになった。ありとあらゆる色が、混ざり合って、色の判別なんてつかなくなってしまうほどに。」
あけた果実酒をテトラと自分に注ぐと一呼吸おいてため息をつく。
「そう、黒く染まったの。星の核も大地もね。」
化け物の死骸に黒く染まった大地。もはや想像すらできないような惨状だったという。
黒。ありとあらゆる色を混ぜ合わせ。最後に行き着く漆黒の黒。化け物の思いや信念。無惨に散っていったものたちの怨恨の連鎖。
それがこの世の黒の成り立ち。
そう語るアドラにマーサとネルはもはや何も言えない。
「そう。その黒が大地を染めて、私たちは悟ったは、このままではいけないと。なんとかしなくてはこの星が終わってしまうと。でもねもう遅かったのよ…。」
アドラはテトラを一瞥すると続きはテトラへと促した。
「そう。そうですね。続きは私が。
星が終わる、そんな予兆にこの世を作り出した神がその重い腰をあげたのです。
我らを作りし造物主がね。失敗してしまったその星を一から作り直そうと、全てを滅ぼすべく顕現しました。」
神の存在。今の時代では信仰の対象でしかないその神を実際に見たであろうテトラとアドラは身震いする。
「もちろん抵抗しましたよ。主にそこのドラゴンの末裔が先頭に立ってね。
まぁ、勝負にすらなっていませんでしたね。あぁちなみに私はその時神側のでした。」
そうあっけらかんというテトラを苦虫を噛み潰したような顔でアドラは見やる。
「そうね。まぁ私といい勝負でしたねこの男は。それでも神には勝てなかった。あーもうダメだとね。諦めかけたのよ。、一度はね。」
「まぁ私の圧勝でしたが辛勝だったことにしてあげましょう。
そう。もはやこの星も滅びる運命。そんな時ですよ。ある一族のある男がね。黒い魔力を伴って戦場に舞い降りたのですよ。」
あの時は恐ろしかったと。何もかもを滅ぼそうとする神に、その男はたった1人で立ち向かっていったという。
どこからきたのかもわからないその男は黒い髪に黒い瞳で、黒い魔力を身に纏い、何日もの間神と死闘を繰り広げた。
永遠にも続くかと思われたその死闘も、やがては終わり、その黒き男の剣が神の胸に、神の槍がその男の腹に突き刺さり2人は共に地に倒れ伏したという。
「そうして神から星を守る戦いは終わりを迎えました。まぁ神は死なずその男は死んでしまったのですがね。」
今の話の流れから相打ちに見えたその戦いの後、神はこう言ったという。
——あぁなんとも良き戦いであった。このものに神の祝福を。我を殺したその気高き魂に免じてこの世界の滅びを待ってやろう。いつの日かこの世界に光をもたらす黒き王に敬意を。あとは好きにするが良い。我は死んだのだ
とね。
「まぁそれが、今のクロウの先祖に当たるものでしょう。」
「テトラが言った通りよ。クロウの、我らが王の先祖は何百年か何千年かに一度そういう性質を受け継いで産まれてくるのよ。」
なるほどと、納得したというよりも御伽話を聞いた子供のように、マーサもネルもそういうものだと思うしかない様子だった。
「なんならあれか?あんたら2人はその戦いの時の生き残りか?」
ネルは思わずそう聞いたが、何万年も前の話に俄かに信じられない。
「生き残りでは無いけれどね。私たちは魂だけの存在となって黒き王に使える者として存在しているのだから。」
まぁ私もテトラもどうしてそうなったかは教えてあげないけれどと、少しいたずらっ子のするような笑みを浮かべる。
「まぁそれでその話がクロウの話に繋がるわけですね?」
マーサはネルとは違いそういうものだと受け入れた様子でさらに問いかける。
それを見てアドラもテトラもまぁまだ夜は長いと果実酒のおかわりと少しのおつまみを食べながら、クロウのいない夜に。クロウの秘密を2人に話していくのであった。
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