第21話 続 クロウのいない夜

「黒の魔力がなんなのか、そういうもんだと納得するしかねぇのはわかった。でもよ?じゃぁ魔の象徴ってなんなんだ?その男は何者なんだよ」


ネルはまだ半信半疑と言った様子でアドラにそう問う。


「黒の男は黒く染まった星に選ばれた者。私達や過去の黒を発現した者たちの認識はそういうことよ。」


「選ばれた?」


「そう。選ばれたのよ。星が黒く染まった原因の魔力を吸い出して放出するための浄化装置としてね。」



 浄化装置。星が生きながらえる為に、意志を持って生み出した防衛装置だと、そう淡々と述べる2人にネルは言葉を詰まらせる。


 昔の争いのツケを今可愛いクロウが背負ってしまっているというその現実に。


「では魔の象徴とは?そんな自己犠牲の元に成り立つ人々がなぜその選ばれしものを迫害するというのです。もはや英雄、救世主では無いですか。」


 当たり前の疑問だった。人々の安寧のために1人で全てを受け入れて、耐え忍ぶ、そんな人をなぜ忌避するのかと。


「そうね……。昔、はるか昔、黒の王が現れて何代目かの時代までは、それはもう尊ばれたわよ。黒の王が生まれれば世界中がこぞって祝福したわ。」


でもねとアドラは続ける。その表情は暗い。


「ある時にね。黒の王として産まれた男がいたわ。もう何代目かもわからないけれど、もちろん祝福されて育ったの。でもね?その子は黒の魔力を、背負う重圧に耐えられなかった。魔力を扱うには少し器が小さすぎたのよ。」


アドラはため息をつく。思い出したくも無いかのように。


「その男は毎日増え続ける魔力にどんどんと体と心を蝕まれていったわ。なぜ自分だけ、なぜ、なぜ、なぜ、とね。毎日毎日恨み言を重ねて、ある時に気がついてしまった。もはや逃げることしか頭になかったのでしょうね。

その男はね。黒の魔力を他人に移してしまおうと思ってしまったのよ…」


魔力を移す。それはネルやマーサには覚えのあることだった。

アルフォンス…彼も魔狼やドラゴンへ魔力を流し込み強化していた。


「あぁ…まぁあの男も近しいことはしていたわね。まぁそれで、その当時の黒の王はね。自らの魔力をまずは近しい者たちは少しずつ分け与え始めたの。」


狂気の王。今では記録さえ残っていないらしい。その王は、自らの苦しみから解放されるために他のものへ魔力を分け与えて言 いったという。


 初めはうまくいっていた。

 少しずつ楽になっていく体にその王は歓喜した。

 これで楽になる。幸せに暮らせると。

 しかしそれも長くは続かなかった。魔力を分け与えられた者たちが、次々に発狂して死んでしまったのだ。

 その黒の魔力に内包される怨恨の連鎖の中に取り込まれ、あるものは意識を失い目覚めず、あるものはありとあらゆる者を傷つけるだけの生物に成り下がった。


 あぁ失敗したのだと。王は察したという。しかし、王は止まれなかった。あの苦しみの中に戻りたく無い。嫌だ嫌だと子供のように。誰彼かまわず魔力を分け与えていった。発狂しようが何をしようがお構いなしに…。


 しかしそれをただ黙って見ているものはいなかった。あるものは王を暗殺しようと暗殺者を差し向けた。

あるものは黒い魔力を封印できないかと探究を。

あるものは人ではなく獣に魔力を分け与えることで王の負担を減らそうとした。


しかし、そのどれもが一定の成果を収めつつもうまくいくことはなかった。


 暗殺者は王を眠らせることには成功したし、魔力を一時的に封印できる魔道具も開発された。獣に魔力を移すことも可能となった。


 それでも全ては一時凌ぎにしかならなかった。


 それもさらに悪夢は重なった。

 魔力を分け与えられた者のうち、奇跡的に一部に適合する者が現れた。

 その者たちは黒の魔力の怨嗟の声に支配されていたけれど…。


 その者たちは怨嗟の声に導かれ、衝動のままに暴れ回った。

 国を滅ぼし、森を焼き、湖を蒸発させてなお止まらない。


 そんな暗黒のような時代が訪れてしまった。


 それでも、なお守護者や他の者たちは事態を終息させるべく奮闘した。

 全ての適合者を駆逐して。


「おそらく今この時代に残ってる魔王の伝説はこの辺りのものでは無いかしら。まさに魔の象徴。破壊の限りを尽くした魔王の伝説としてね。」


アドラは一息つく。マーサとネルは何も言わない。


「そしてまぁ時は流れて狂気の黒き王は寿命で死んだ。結局最後まで魔力に蝕まれて、早くに命を落としたというわけよ。」


 なんとも救いのない話だろう。背負いたくもない運命に翻弄された者たちの話。

 それからだという。黒き者が生まれると、すぐに辺境へ流されて、何も知らぬままに飼い殺す。そんな風習が出来上がったのだという。


「私達も常に顕現できていたわけじゃないわ。覚醒に至らず、本当に何事も知らずに死んでいった人もいたのだから。」


 どちらがいいのかしらね。そんな風になんとも言えない顔して、アドラは話を終える。


 今クロウは何をしているのかしらと思いを馳せる。

 夜は辺りを優しく包み込んでいた。

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