第26話 訓練の成果
そしてさらに半年が経ち、クロウがエルフの子供らと出会ってから一年の月日が流れていた。
クロウは久しぶりにエルフの集落へと足を運んでいた。あれから一年。度々訪れていたものの、なかなか訓練の成果を見せてもらうことができなかったクロウは今回、初めてお披露目してもらえると言われて、期待を胸に集落に足を踏み入れる。
集落に入るとまず目に入るのは一年前とは見違えるほど綺麗になった家々だ。質素ながらも木造でログハウスのような家が数軒立ち並び、小さいながらも畑や井戸が整備されている。
畑では何人かの亜人の子が作業をし、井戸では水を汲み、何人かは獲物の解体をしたりと忙しそうに、働いている。
一年前のあの日、死ぬ運命にあったであろう姿はそこにはない。皆が寄り添い、笑顔を浮かべしっかりとした生活基盤を整えていた。
もはや感動すら覚えるその光景をしみじみと眺めていたクロウに、背後から声がかかる。
「クロウ様!ご無沙汰しております!」
クロウが後ろを振り返ると、明らかに血色が良くなり、体も一回り大きくなったメルが立っていた。
「やぁメル!元気そうで何よりだよ!」
「はい!クロウ様のおかげで随分とみんな笑顔が増えました。ひとえに。あの時助けていただけたお陰にございます。」
「いやいや、そんなに畏まらないでよ。みんなが頑張ってる成果じゃないか。」
メルのその他人行儀な言葉にクロウは少し苦笑いで答える。
一年前あってから、度々会ってはいるものの、会うごとに増していく忠誠心を感じとり、少し辟易としているクロウであった。
「それで?今日は訓練の成果を見せてくれるんでしょ?とても楽しみにしてきたんだよ?」
早速本題に入るクロウ。
それを聞きにやらと笑うメル。
「はっ!すぐにでもお見せいたします。まずは森へ来ていただきたく存じます。皆そこでクロウ様を、まっておりますので。」
そう言うとメルは踵を返し、先導してクロウを森の中へと連れていく。
歩くこと30分。
そこには小さな空き地があった。周りを木で囲まれて、何個かの切り株のある広場。
そこにはアッシュらダスティダストと3人の子供たちが待っていた。
「よぉ!クロウ!待ってたぜ!」
「「「クロウ様!ご足労いただき誠にありがとうございます!!」」」
なんともラフに手を振るコニーに、一糸乱れぬ動きでお辞儀する子供達。
クロウはヤァと挨拶するとその子達を見てその練度の高さに内心驚いていた。
研ぎ澄まされている。体はこれでもかと絞り込まれ、その所作一つ一つにキレがある。
もはや狩人の域を超えている。
おかしい。僕はこんな風に育てて欲しいとは思っていない。なぜこんな風になっているのかと我慢に思う。
普通でいいのだ。普通に狩ができて、普通に獲物が獲れれば。
なのにどうだ。その風貌からはもはや狩人ではなくどこぞの暗殺者、そんな雰囲気がただよっていた。
「それでは、まずは私から訓練の成果をお見せいたします。」
そう言うとメルはクロウの前に出て、魔力を放出し身にまとう。
なかなかの練度、8年前のアッシュらに匹敵するほどの身体強化。それも魔力がひどく安定している。その濃密な魔力を薄く圧縮し、極限まで絞り込んでいる。
やはりおかしい。なんでこんな技術が必要なのか。クロウはその違和感に嫌な予感しかしない。
「では、僭越ながら、クロウ様。私を見つけていただければと。かくれんぼですよ。」
そう言うとメルは柏手を打った。
その瞬間。
クロウの目の前から完全に姿を消していた。
「え?あれ…?うそ。本当に気配が消えた!!僕が追えない距離まで逃げた?!」
クロウは驚きを隠せない。
クロウはその魔力の膨大さから、確かに他人の魔力を感知することが得意ではない。
しかし一流の冒険者に比べても、遜色ない感知ができるはずだった。
そのクロウを持ってしても、メルの存在が完全に消えてしまったかのごとく。見ることはおろか、感じることさえできてなくなっていた。
「クロウ様。私はここにおりますよ。」
ふと後ろから声がする。メルの声。
真後ろ。クロウはすかさず後ろを見るも。やはり見えない。高速で移動した?声だけ届ける技術?なにがなにやらわからない表情で辺りを見回すが、痕跡すら見つけられない。
その姿を見たアッシュはなんとも意地の悪い顔をしてクロウを見ている。
躍起になって探すクロウに、隠れるメル。数分の間かくれんぼをした後に、いよいよ見つからないクロウが白旗をあげた。
「メルー!降参!僕の負けだよ!」
「ありがとうございます。私はここにおりますよ。」
クロウの声を聞き、メルは姿を現す。
クロウの真後ろ。手を伸ばせば首にも手が掛る距離から。
クロウは驚き、ゆっくりと後ろを振り向くと、笑顔のメルが立っていた。
そう。メルはその気配を消す技術でもってずっとクロウの後ろにいたのである。
驚くべき気配の消し方。驚くべき魔力操作。もとよりそう言う才能があったのだろうが。明らかに狩人のもちうる技術ではない。
「それでは次はそれぞれ得意な分野でお披露目を…」
そう言われたクロウは思わず、キョトンとした顔で、なんでこうなった…と内心は驚きっぱなしなのであった。
「まぁクロウに見つからなきゃもう合格だな!!」
そう言って頷き合うダスティダストに呆れた目を送りながら、クロウは子供らの技術に終始驚愕し続けるのであった。
——————
そしてお披露目が終わり、空いた口が塞がらなくなったころ。
そろそろ帰るかと集落への道を戻り始めた。
あれからも驚愕の一言であった。
カイは素手で木を薙ぎ倒し、シュウはその身軽さを持って木々を高速で移動する。極め付けはポウだ。彼は1人弓を持ち出して、明らかに見えない距離にいるほろほろ鳥を一本の矢で打ち抜いて見せたのだ。
明らかに暗殺者。もはやあの隠密な技術だけでも超危険な集団の出来上がりであった。
その技術を見せ、クロウに誉められ、本当に幸せな顔をする子供らに。
どうしてこうなった…こんなバカな…
クロウももはや諦め、光のない目で拍手を送るしかなかったのであった。
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