第11話 魔の象徴と魔王崇拝者

 魔狼はアルフォンスから受けた何かしらの魔力によって大幅に強化された様だった。

 一撃の重さも、速さも連携の巧みさも、先程とは比べるまでもなく、ネルの剣技を持ってしても捌いていくのが精一杯。

 数を減らすなど到底無理そうな現実にネルは歯噛みした。


「旦那ぁ!!さっきのはもう無理なのかい?!」

コニーはネルに雷を纏うことは無理なのか、あの力があればとわずかな希望を胸に問うた。


「もう無理だ!!今の俺じゃぁさっきのが限界!次にやりゃぁ立つことも出来ねぇ!」


 本来雷を纏うなど、人間には無理なのだ。ネルの身体強化の練度によって身体を保護し、その上から雷を纏うその技は、極度の負担を体にかける。


「ないもんはない!あるもんでなんとかするのが冒険者だ!コニー、レオニール!お前らも防御に回れ!旦那をあいつの元まで辿り着かせるぞ!!」


 アッシュのその一声で、コニーとレオニールは受けに回った。


「いい判断だ坊主!!」


 ネルはそれを見て、アルフォンスにむかって一直線に駆け出す。

 眼前の魔狼も主人を守る様に、ネルに向かってすかさず駆け出す。

 ネルは傷を負いながらもアルフォンスのみをみて。邪魔な魔狼を剣だけでなく時には足、時には拳を振るいながら最短距離を疾走する。


「なるほどなるほど。私狙いですか!!良い判断です!!しかーーーーし!それでは実験になりませんね?仕方ありません。盾となるものも呼びましょう!!」


あと数歩、ネルの間合いまで数メートルの距離でアルフォンスは手をかざす。


「きなさい、キングベア」


 その瞬間、森の影から突如として現れる巨大。大きさはゆうに3メートルを越える熊がそこに立っていた。

 毛並みはやはり黒。目は真っ赤に充血し、額には一本のツノ。爪はナイフほどの長さで鋭く、唸る様にアルフォンスの前に立つ。


 そして、キングベアと呼ばれたそれはネルに向かって爪を振るう。

 周りの魔狼が巻き込まれることも厭わず繰り出される当たれば即死の攻撃は、ネルが断ち切れなかった魔狼をいとも容易く両断した。


「あり…えねぇ…!」


 ネルは突如として現れた巨大なクマを見てすかさず後ろへ飛んだ。

 アルフォンスへの距離が振り出しに戻る。


「いけませんねぇ!いけませんいけませんいけません!!私に攻撃したら実験にならないじゃぁないですかああああああ!それでも?まぁこんな一般兵の魔狼に手こずる様じゃ雷帝も拍子抜けですなぁ!!私の作り出した魔物が強すぎるだけなんですがああああ」


 そう言うアルフォンスはいやらしい笑みを浮かべネルをなじる。


 魔狼の攻撃やスピードに目は慣れ始め、捌ける様にはなってきていたネルたちも、キングベアの登場に嫌な汗をかく。

 退路はない。倒すしか道はないと分かっていても、そのプレッシャーは少しずつ精神を蝕んでいった。



——————————


家の中。

クロウは未だ何が何やらわからない様子で、不安そうにマーサの側を離れずいた。


「ねぇマーサなに?なんなの?みんなは何と戦うの?こわいよ…」


「大丈夫ですよ。クロウ。ちょっとお腹を空かせた動物が迷い込んだだけですよ。きっとすぐにみんな帰ってきて、お話の続きでもしましょうね。」


 マーサは少しでもクロウ不安を取り除こうと、精一杯の笑顔でそう言った。

 しかし、クロウ個人にかけている結界が今はまだ外からの敵意や悪意を含む魔力や声を遮断しているため、気が付いていないだけ。

 マーサには分かっていた。

 明らかな劣勢。すでに満身創痍なネルらの状況。

 

 マーサは目を瞑る。今はクロウを守ることが最優先だと。

 本来結界とは範囲を指定し、広範囲を覆う魔力の壁だ。薄く、強固に貼るための魔法。それを無理やりに圧縮し、より強固にしたものが今のクロウを包む結界である。


 マーサが誇る守りの魔法の中でも、何ものにも破られたことのない魔法。全盛期のネルですらかすら傷つけられない強度。


 しかしそれはマーサもまた全盛期であった頃のもの。年老いた今となっては、この結界を維持することが精一杯であった。

 ネルの支援に行きたい気持ちも確かにある。しかしこの愛しい幼子をなんとしても守る。ネルとマーサの誓いであった。


 しかし、無情にも外からの魔力は巨大に、そしてより強くなり、弄ぶかの様に吹き荒れ、轟音と同時に静寂が訪れるのであった。

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