第6話 初めての冒険者との出会い

 クロウはネルが無事に帰ってきたこともあり、安心したのだろう。うつらうつらと舟を漕ぎ、寝ているのか起きているのか分からないような雰囲気で寝床に入っていった。


 マーサやネルが何やら話し込んでいるのを遠く聞きながら、ドーちゃんと名付けられた女とテンちゃんと、名付けられた男はクロウのそばでその寝姿をじっと見つめていた。


「なぁ、天使よ。どう思う?この気配。嫌な予感どころじゃないわよ?」


「ああ、ドラゴン。あなたも感じますか?明らかに禁忌に触れたものがいますね。人として、生き物としてこの世に生まれたからには手を出してはいけない術を。神や神とも思わぬ所業を。行った愚か者が何人も。」


「ああ、今はこの姿がもどかしいわ。実体を持たぬ故にこの子に寄り添うことしか出来ないこの身が。そうあれかしと望まれたのに、魂だけしかないこの無力が。」


 ドラゴンと呼ばれた女性はそう言うと己が身を抱きしめながら物憂げな表情をしていた。


「仕方ありません。まだこれが限界なのです。まだ目覚めていない。我らが主人は。しかしこのまま目覚めない方がこの子の幸せなのかもしれませんよ?目覚めれば必ず敵を作ります。それほどの力なのですから。」


 そう天使と呼ばれた男はクロウの頭を撫でる。ドラゴンはそれを見ながら少しムッとした表情で天使を見る。


「あら、天使ともあろうものが人の幸せを決めつけるなんてどうしたのかしら。この子、クロウの幸せはクロウが決めるのよ。確かにこの子の力は敵を作る。でもね。力があってこそ守れる幸せもあるものよ?だから人は戦うの。そして勝ち取る。そう言う幸せもあるもの。」


「確かにそうですね。まぁ我々はこの子の、クロウの決めた人生に寄り添い幸せを願う。それだけです。戦うと決めたのなら我々も全力を尽くすまで。」


そう言うと2人は目を合わせてクロウの将来に思いを馳せるのであった。


—————————


 それから数刻。

 熟睡しているクロウの元へマーサがやってきた。

 幸せそうに眠る顔に起こすことがためらわれるが、万が一を考えて、マーサはクロウを起こす。


「クロウ。クロウ。起きてください。お客様が来ましたの。今ネルが迎えに行っていますが、念のためクロウも起きていて欲しいのです。」


そういいながら安心させるような笑顔でクロウの頭を撫でる。


「んー…まーさ?なぁに?まだ僕眠いよ?お客さまってなーに?」


 寝ぼけ眼でマーサを見ながら体を起こすクロウ。お客様なんて初めての経験で、何が何やら分からない様子で首をかしげる。


「森で迷ってしまった方が困っているようなのです。なのでお家に招いて休ませてあげようと思っているんです。」


 嘘は言わず、曖昧な言葉でクロウに答えながら、マーサはネルが家の中に入ってくるのを確認すると、クロウを守るように後ろへやり、密かにクロウの周囲に結界を張り直す。


 玄関を見やるクロウはネルの後に続いて入ってくる男たちをみると、初めの何がなんやらわかっていない様子から、目を輝かせて一歩前に出る。


「冒険者!!わぁ冒険者の人だ!ねぇねぇ!おじさんたち冒険者でしょう?初めて会った!!ねぇどこからきたの?」


 そう興奮した様子で捲し立てる様子にマーサもネルもあっけに取られるが、アッシュらダスティダストの面々がクロウの姿を見て目を見開くのを見ると、すぐさま行動に移した。


「なっ…!黒目黒髪?!魔のしょうち…」

そうコニーが言い切る瞬間、ネルが凄まじい殺気を放ち、コニーの背に周りナイフを当てる。


「それ以上言ったらあんたら敵だ。一泊の恩を無碍にするどころじゃねぇ。完全に敵として排除する。わかったら剣から手を引け。」


 殺気に反応したアッシュもレオニールも、剣に伸ばした手をどうすべきか逡巡してしまう。

 そもそもが今のネルの一連の流れにダスティダストの面々は誰1人としてついていけていない。圧倒的な実力差。

 その実力差を持ってして、今まで感じたことのない強烈な殺気が、瞬きすら許されないと言わんばかりに襲いかかっていた。


「いいかい?坊主ども。10秒待ってやる。そのうちに冷静になれ。ならなきゃ今すぐにでも叩き出すぞ。」


 はじめにその言葉を聞いて状況を把握したのはアッシュであった。

 剣から手を離す。その手は震え、顔は青ざめてはいるものの、現状しうる、最適な行動をとった。

 もはや無意識下、経験からなる命乞い。

 降参するように両手を上げるとコニーとレオナールに冷静になれと声をかける。


「仲間が大変失礼した。まさかお子さんがいるとは思わずにコニーもおどろいてしまったようだ。そうだな?コニー」


「あ、ああ、すまねぇ。坊ちゃんも悪かったな。あんまりにも可愛いもんでつい叫んじまった。」


もはや言い訳でしか無いようなそんな態度で敵意がないことを示す。


「ネル。おやめなさい。この子達もクロウの可愛いさに少し動揺しただけですよ。クロウもびっくりしてるでしょうに。」

そう言いながらクロウを見ると何もわかっていない様子に安堵した。


「僕可愛いかな?そうなのかな?でもまのなんとかってなんだろ?あのね?僕マーサとネル以外の人と会うのが初めてなの!ねぇねぇ!お話ししよう?」


 今のやりとりが何か不穏な空気を感じ取ってはいても、好奇心には勝てないと、そんな様子でアッシュらに話しかけるクロウの目は本当にキラキラと輝いていた。


「そうだな。おい坊主ら!今は何もなかった。そういうことになったみたいだ。よかったな?」

そう言うネルは少し苦笑いをしつつも、空気を変えるべくそう言うのであった。


「我々の話ならいくらでもしよう。その前に少しだけ休ませてくれないかな?実は森で迷ってヘトヘトなんだ。ここにはとっても強い君のお父さんがいるから安心して休めそうだ。」


そうニコリと笑いながらクロウにアッシュは話しかける。


マーサとネルは顔を見合わせながら、未だ言葉を発することができないコニーとレオニール背を押して、休憩できる場所へ連れて行くのであった。

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