第39話 夜勤と死神
結局のところ、アリシアはボーンアーマ案を拒否し、道中の俺はバックパックへと変化することになった。
だが変化したものの、骨の棺にしか見えず不気味で不吉だ。
どう考えてもこっちの方が怪しいし、恥ずかしくないか?
「で、どうするの?」
俺の思いをよそにアリシアが行き先を尋ねてくる。背負われた状態だから仕方がないけど、顔を見ない会話ってちょっと寂しい。
「まずはジーウに用がある。そこまでは一気に転移できる」
「わかったわ」
転移魔法を発動させる。行き先は首都トンクの手前にある都市、ジーウ周辺だ。
◆
転移魔法にて無事にジーウ近辺の街道へと到着し、歩いているところだ。
俺はアリシアの背中で揺れている。
「ジーウは……ルード君の領地だったところだな」
「……ルード様のことはどれくらい知っていたの?」
アリシアの足が止まった。
「間違いなく、良いやつだったのは知っているぜ」
「そうね。良い人だったわ。継承争いにならないように自ら身を引かれて、なのに……」
アリシアから魔力がにじみ出る。
それは復讐心が具現化されたように重く、暗い。
「仇をとってやらにゃな。だがその前に輪廻させてやらんと」
「輪廻? ……何をするの?」
こちらの世界では、天国というありもしないものを神サイドが信じ込ませているせいで、輪廻の概念がほとんど理解されていない。
実際のところ、この世界は輪廻方式なのにだ。
人は死ぬと魂となり、輪廻の渦へと飲み込まれる。そして粒子よりも小さなこの世界を織りなすものへと変化する。
それは生命に宿り、魂を形造り、精一杯に生きて、やがて死ぬ。これを静かに繰り返す。
俺は見てきたから知っている
「簡単にいうと、死に際が酷かったから、憎しみに囚われ魔物になっている可能性がある。輪廻の輪に返してやらにゃならん」
「輪廻……。ルード様は天国にいかれたのではないの?」
「天国なんてねえ。ないんだ。いっても今はわからねえだろうが、ともかくルード君を迎えにいこう」
「……」
そこからは特に会話もせず、ジーウが見えてくるまで黙々と進んだ。
◆
「ジーウの街ね……確か、街の外れに領主館があったはずよ」
それほど時間が経たない間にジーウが見下ろせる丘の上に辿り着いた。
「領主館……蔦が生い茂った建物だな」
「そうよ、どうして知っているの?」
「モニターで最後にルード君を確認した場所だ……おそらく魂はそこに留まったままだろうと思う。確認しに行こう」
「わかったわ」
「アリシアの風体を知っている奴に見られないようにしろよ」
「そういえば、わたしは罪人扱いだったわね……いいわ、いきましょう」
アリシアは寂しそうな表情を一瞬だけ見せると、一気に駆け出した。
景色を置き去りにして走り、街を囲む外壁を飛び越え、あっという間に領主館の目前へと辿り着いた。
背の高い生垣の上から緑色の建物が頭を出している。
「館の中に人がいるわね……。残された使用人か、それとも新たに赴任した領主や関係者かしら」
アリシアが内部の気配を捉えた。
「どっちにしろ騒ぎになると面倒だ。気配を殺して忍び込もう。アリシア、井戸の位置は分かるか? 俺がみた場所だ」
「記憶通りなら館の裏手にあるわね」
「よし、向かおう」
アリシアは俺の声に頷くと、音を一切立てずに跳躍し、生垣を飛び越した。
無音で着地した先には誰もいない。
気配を殺したままアリシアは【瞬転】を用い、一気に館の裏手へと到達した。
「ついたわよ、どうするの?」
「この気配、間に合ったぞ。相当に怨念を抱えているがまだ人の精神を保っている」
「……わたしには見えない」
「少し待て、今見えるようにしてやる」
バックパックから人型へと変化しつつアリシアの背中から降りる。
魂は魔力とはまた違う感覚で見る必要があるため、慣れるまでは魔法で補助したほうがいい。
アリシアの目へ魔法をかける。
魔法の効果は魂魄を見るものだが、感覚的には目眩しに近い。
アリシアの視界はいま、ぼやけたものになっている。
「なんなのこれ……」
アリシアが目をこすり、頭を振る。
「それでいいんだ。そのまま井戸の横を見ろ。白いモヤが見えないか?」
「井戸の横? こっちかしら……確かにモヤが見えるわね。これは?」
「そのモヤがルード君の魂だ。ここで殺され、憎しみに囚われて魂が動けなくなっている。よし、輪廻に還すためにいまから知り合いを呼ぶけど騒ぐなよ」
「騒ぐ? 何がくるの」
「死神」
精神を集中し、二百七十年来の友達を喚ぶ。
「死よ傍らに共に」
呪文を唱え、両手から黒色の魔力を地面へと放つ。
地面に当たった魔力は水のような質感を持って広がり円形へと変化する。
「彷徨える魂に安らぎを」
更に呪文を唱えると、円の中央が盛り上がり人型を形造った。
『ヴァイスー、喚んだ〜?』
そこから俺の名を呼ぶ声がする。
「おおー、喚んだぜー。ちょっと仕事頼まれてくれるかー」
『はいはいー』
気軽な返事と共に中央部の盛り上がりが弾けたように霧散すると、そこから黒い骸骨が現れた。
「かーっ! たまんねえ! 相変わらず、いい鎖骨してるな、死神ちゃんよ」
『久しぶりに呼んでくれたと思ったら〜』
「おお、すまねぇ。あんまり綺麗なもんだからついな?」
『もー、ヴァイスったら。こっちに来てくれたらいつでも、触らせてあげるのにっ!』
「その気はねえから、見るので我慢してんだよ。すまねぇな」
『気が変わったらいつでも来ていいからね? それで、今日は? この魂を連れていけばいいの? それともそこのお嬢さん?』
死神ちゃんが黒い指骨をアリシアへと向けた。
「なっ、……夜勤っ! これは、モゴモゴっ!?」
……悪戯好きな死神ちゃんめ。アリシアへ殺気を送って遊んでやがる。
「しーっ! いったろ、騒ぐなって。黙ってりゃいいから。な?」
アリシアの口を塞ぎながら、じっと見つめる。
わかるだろ、アリシア。これの強さぐらい。
俺と死神へ交互に視線をやり、アリシアは無言のまま頷いた。
『うふふふふっ。ちょっとなによ、ヴァイスちゃん。わたしというものがありながら目の前でイチャイチャしないでよー』
「そいつはすまねぇ。配慮に欠けたな。でも、アリシアへの悪戯はやめてくれよ」
『うふ。冗談よ、冗談。久しぶりだからちょっと遊んだだけ。ごめんねアリシアちゃん。ちょっとからかったの。仕事は真面目にするからね』
死神ちゃんが顎をカタカタさせながら右手をかざすと、光る紐がうぞうぞと無数に飛び出し、白いモヤを包み込んだ。
『ギッッ——ガッガッ! ……ギィィ——』
白いモヤが、まるで苦しんでいるように暴れ、声のような音を放つが、死神ちゃんは意に介さない。
『うーん。かなり怨みが強いわね。このままだと連れていけないから……ちょっと痛いわよー』
死神ちゃんは左手からも光る紐をだし、白いモヤへと絡みつかせ、それを引っ張る。
すると、白いモヤからドス黒いモヤがズルリと引き出され、金切り声が響く。
『ギイイイイッッッッ!!』
『はいはい、少し我慢よー』
『イッ、イヤダッッッッ! マ、マダッ、コ、コロ、コロッ、シッ、テヤ…』
『ダメよーダメダメ。綺麗な川に汚泥を撒いたら、上司に怒られちゃうものー』
『アッ、ギッ……』
死神ちゃんが左手を握り込むと、黒いモヤは霧散し消えていき、その手には真っ黒い泥が残った。
死神ちゃんは左手首を返し、その泥を地面へと落とした。
そして、静寂が訪れた——と思いきや甲高い悲鳴が背後からあがる。
「きゃあああーっ!」
振り返るとそこには、へたり込む中年女中の姿。
だが、その視線と表情からすると、死神ちゃんと俺の姿よりも、アリシアをみて悲鳴をあげているようだ。
「何事だーっ!」
叫びに反応して上がる野太い声。
……衛兵に気づかれたな。
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