第6話 夜勤のキノコ
一夜あけ。【テラーキャッスル】地下一階から地下二階へ続く階段前のエリア
「てなわけで! やってきたぜ地下一階! 今から始まるレベルアップショータイムは俺こと夜勤が力の限り手伝うぜー!」
「……」
(アリシアのお嬢ちゃんよ……お前さん、間違えちまったと思うぜ)
「……」
(このラットマンはとても優しい方ね……心配されているのがとても伝わってくる)
待てや。テンション上げなきゃこの後しんどいから、盛り上げようと頑張ってるんだろうが。
俺の真心こめたライムとソウルにちょっとぐらいなんか反応しろよ。まったく。
そんで、A氏は割り当てエリアと違うところにいたら怒られるんだから、早く帰れよ。
「ぢゅー……」
(健闘を祈るぜ、嬢ちゃん)
「ありがとう」
あれ、アリシアめっちゃラットマン語理解してね? レベル99に他種族言語理解とか、なかったけどな。
まあ、いっか。転移魔法を発動してA氏を制御室へ送還——完了、したタイミングでアリシアが話しかけてきた。
「その、妙な動き、歌みたいなものも気になるけど、まずは何をすればいいの? 貴方、昨日レベル999とかわけの分からないこといってたけど」
「おっ、随分くだけた感じで話してくれるじゃねぇか。心境の変化か? まあその感じで今後も頼むぜ」
やや突き放すような、ツンとした感じの態度だけど、俺は好き。いっそ「夜勤」って呼び捨てでええんやで。
「聞いたことに答えなさいよ……」
「レベル999への道は果てしなく遠い! 張り切っていこうぜっ!」
「だからレベル999ってなんなの? 聞いたこともないレベルなんだけど? それに、連れてこられたこの岩肌むき出しのエリア、少しじゃなくてかなり臭いんだけど……」
「臭うだろうな。なんせ風呂嫌いのオーガのねぐらだし」
「は?」
おまけに肉ばっか食ってるから屁もとびきり臭えしな。
そろそろテリトリー巡回終えて、ねぐらのここに帰ってくるころ……おお、きたきた。
わかりやすいドスンドスンという足音を立てながら、ネームド手前のオーガくんが、鼻息あらく俺たちのいるエリアへときた。
昨日アリシアと遭遇した個体だ。今日は棍棒を装備しているな。オシャレさんめ。
一方アリシアは俺の方をみて、「マジかコイツ……」みたいな顔をしている。
とりあえず、今からオーガくんと戦うことは、なんとなーくは理解できただろう。
なんせレベルアップするには殺し合わにゃならんのが、この
と、いったところでさて、まずはアリシアが勝つための仕込みをするか。
「アリシア。このキノコ食え」
俺は
「は?」
「はよはよ。ほれ、オーガくんはもういきりたってるから、死にたくなけりゃ食えって」
「死って?! なんなのっ!? この骸骨っ……。もうっ!」
アリシアは俺の手からキノコを取り、ヤケクソ気味にむしゃむしゃと食べた。
すまんなぁ、脅すようなこといって。でも最初に勢いつけたら、あとは転がるだけで楽っていうじゃない。
いちいち説明してると、悩んだり
「……はれ? なんだか、ほわほわしてたのしいきぶん」
うむ。ちょうどいい感じでキマった……いや効果が出たな。
アリシアに渡した、白いどくキ、いや、キノコは、負の感情を喪失させる効果があるものだ。
地球にも似たようなものがあるが、こっちのものは中毒にならないので安心安全。気軽にバフやデバフ目的で使用されることが多い。
俺の魔法だと精神洗脳になっちまってアリシアへの負荷が高いし。ここはキノコ一択だ。
「いいかいアリシア。あのオーガくんはだな、魔物の本能が邪魔をして、もう一週間も風呂に入れていないんだ」
アリシアの肩に手を置き優しく語りかける。
「そんなの、かわいそう……」
「だろう? だから意識がなくなるまで殴ってあげるとお風呂に入れると思わないか?」
「うん! きっとそうだね!」
我ながら意味のわからないことを言っている自覚はある。
だが何はともあれ、アリシアはオーガくんに向かって、軽やかに突進していったので良しとしよう。
負の感情、つまり復讐心も憎悪もないから勇者の制約も掛からず戦えるはず。
「ぐおん、ぐおん」
突っ込んでくるアリシアに対し、体長三メートルのオーガくんが棍棒を振り上げる。高めの天井に棍棒の先端が触れヂッと音を立てると、全力の打ち下ろしがアリシアを襲う。
「ひゃっは」
が、ぐるぐるお目目でとろけた表情の、もうちょっとで18禁のアリシアは、甘めの高い声をだしつつ棍棒をするりとくぐりぬける。
「ぐおおおーんっ」
どちゅどちゅと、拳が腹筋を貫く音とオーガくんの悲鳴が部屋に轟く。
アリシアはレベル99、オーガくんは100。レベル差はほとんどないのでアリシアの拳打は問題なく通っている。
……にしてもあの通りようだと、たぶん拳闘士系のスキルが生えてるな。あとで詳細ステータス確認しよ。
「ぐおんっ! ぐおんっ!」
オーガくんは腹への攻撃を嫌がるように棍棒を横薙ぎに一閃した。
「ぐおん?」
棍棒に手応えなし、避けられた。それは理解できても敵の姿が見えない。わきたつ焦燥感。
オーガくんの思考はこんなところか。
「あはっ! これでお風呂にはいれるねっ☆」
アリシアは棍棒の先端で立っていた。
オーガくんの表情は恐怖に歪んでいる。
アリシアはそのまま棍棒の上を走り、喉めがけて拳を突き込む。
ボギリと嫌な音。オーガ君は痙攣しながら前のめりにダウン。
棍棒から飛び降りて華麗に着地するアリシア。
俺はすかさず例の魔法を発動させる。
「アリシア、復唱しろ」
「はーい」
「オーガよ我に力をよこせ」
「おーがよわれにちからをよこせ」
アリシアの足下に魔法陣が浮き出る。オーガくんから滲み出た魔素がアリシアへと流れ込んでいくのがみえる。
成功だ。
レベル100を倒す。つまりレベルキャップが解放されたということ。
俺を倒した分の魔素は余剰分としてアリシアの中にストックされているから、一気に来るぞ。
「ひゃうっ!」
アリシアが白目をむいて倒れた。次のレベルキャップ199まで一気に上昇した余波だ。
レベルアップすると体の細胞が前より強く生まれ変わる。レベル99までなら一気に上昇しても耐えられるが、ここから先はそれまでのレベルアップとは一線を画す。
今日は治癒槽に放り込んでしまいだな。
「ぐ……ぅ……ぉん」
おっと、見殺しにするところだった。あぶね。
せっかくイカサマしたのに、生かしている意味がなくなっちまう。
「イビルヒール」
虫の息となっていたオーガくんに向けて、魔物専用の回復魔法を飛ばす。
「ぐおおーん」
アリシアに開けられた腹の穴、叩き潰された喉と折れた首がみるみると回復していく。
起き上がったオーガくんは、焦ったように部屋から逃げ出していった。
今度また、熊肉ジャーキーあげよ。
「さてと、いこうか」
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