第9話 続 夜勤の根回し


 怒れるエロサキュバスから逃げた先は、地下四階【保養地牧場】にある【おやじの涙酒場】だ。


 シャルロットのやつは管理者のくせに、他の階へ気軽に抜け出すから追いかけてくる可能性がある。

 

 俺が逃げた先ぐらいは、いまも探知して把握しているだろうしな。


 だがここはダンジョンの聖域。ここで暴れるのは重大なルール違反……よし、さすがに追ってこないな。


「まーた、なんかやってんのか?」


「おう、おやっさん。とりま一杯くれや」


 カウンターの奥から黒鬼熊のマスターが顔をだす。見た目はただの熊だ。ネームドの魔獣で大層な二つ名を持つが俺は親しみを込めて、おやっさんと呼ぶ。


「ほれ、酔龍の五年だ」


 龍も酔わせるとの謳い文句で、世界中の酒好きがよだれを垂らす高級酒。


 それをグラスにちょっぴりと注いで、マスターが俺の前へと差し出した。


「眺めるばっかじゃなくて、たまには元の姿で飲んだらどうなんだ?」


 おやっさんとは色々話すから、実は俺が元の姿に戻れることも知っている。これを知っているのは姉ちゃんとおやっさんたち管理人、あとはA氏ぐらいか。


 普段、骨の姿なのは燃費が良いからだ。元の姿は闇落ち魔人で常に魔力を消費してしまう仕様だから、疲れる。


 それと、ぶっちゃけ恥ずかしいというのもある。特別な時以外はあんまり披露したくない。


「知ってんだろ、基本は一年に一回だけだ」


「……最近来なかったから、気でも変わったかと思ってな」


「俺はいつも通りだよ。それより、実はちょっと面白いことやってんだ。おやっさんちょっと耳貸してくれや」


「なんだよ」


「あのな——」


 おやっさんの耳元で、アリシアのレベルアップ計画についてをボソボソと囁く。


「ぶははっ! そりゃ面白え。俺もちょっと遊ばせてくれや!」


「良いぜ、明日か明後日ぐらいにまた来るからよろしく頼むわ。ちゃんとしてくれよ」


「任せとけ」

 

 手を振って見送るおやっさんを背に酒場をでる。


 それなりの収穫を得て、計画について目処が立ってきたな。


 地下三階へ向かう俺の足取りは軽い。


 



 酒場を出たあと、地下一階から三階のネームド番人たちにも計画を話し、全員から了承をもらった。

 

 残念ながら今回の勤務では、新規村人はゲット出来なかったが、あれはコツコツと焦らずにやることだし仕方がない。


 

 戻ってきた俺はバスタブに浸かるアリシアの前にいる。


 そろそろ起きる頃合いだ。


 起きてどんな反応するかな。キノコでぶっ飛んで、いや、バフのせいで記憶しているかもわからんけど。


 ……経緯を客観的に見ると、訳もわからないまま、いきなりオーガと戦わされてるんだよなぁ。


 うーん。俺だったら起きぬけに「死ねっ!」ぐらいはいうな。間違いなくいう。


「ん……はっ!」


 上体をビクリと震わせて、アリシアが覚醒した。


「よお、おはようさん。アリシア」


「……この、クソ骸骨っ! あのキノコはなんなのよっ!」


 アリシアは俺の姿をみるなり血相を変えて、拳を打ち込んできた。


 パカーンと小気味良い音で垂直方向へと水平飛行するマイヘッドボーン。


 終着駅は制御室の壁。と、思いきや壁にワンバンしてから地面を転がり、再びアリシアの足元にゴロゴロり。


 アリシアといえば、ふんすっと鼻息をだし、やや興奮気味のご様子。


 その姿は治癒槽からでてきたばかりでびしょ濡れだ。


 薄手の貫頭衣がぴっちりと体にはりついたせいで、主張が薄めの胸元が普段よりも強調されている。


 その先端、浮かび上がるエイペックスが……いかんいかん、ここは自主規制で。


 そこから下、腹部からの美しい稜線、くびれから先は——


「あっ、下着(ぱんつ)透けてますよー」


「死んでっ!」


 ためらいのない踏み下ろし。床へとめり込む俺の頭骨。


「まあまあ、そう怒らずに」


「はぁー、はふぅー、ふぅー…………体を拭きたいので布を」


「ぢゅっ。ぢゅあぢゅぢゅ」

(ほらよ。くくっ、お嬢ちゃん、夜勤とのつきあいかたがわかってきたじゃねえか)


 アリシアは俺の頭骨に足をのせたままA氏から布を受け取り、体を拭き始めた。


「さて、アリシア。次の段階へ進もうか」


「この床の亀裂を見ると、改めて人を超えたことはわかるけど……あのキノコは嫌」


「……そういや、アリシア。俺の頭を飛ばした拳と、地面に埋め込んだ踏み下ろしは、負の感情、憎悪とかよりも羞恥心が勝ってたから何ともなさそうだな。——そうだっ! 閃いたぞっ!」


「お願いだから、話しを聞いてよ……」


 聞いてますとも、だから思いついたんだよ。


 あれどこやったかな。


「A氏! あれ、けっこう前に女冒険者が落とした荷物。どこやったっけ?」


「ぢゅー」

(二個隣の区画で放りっぱなしだ)


「ああ! そうだった、思いだしたよ、ありがとよ! ごめんアリシア、足どけて」


「……なにをする気?」


 不信感むき出しのまま、足を退けるアリシア。


 まあ、そんな大したことじゃないけど。


「ちょっと待っててくれ」

 

 よっこいせっと、頭を拾って、おかえりマイヘッド。


 隣の隣へと移動ー、あったあった。この大きめの皮袋に確か……。おおう、これなら上手くいくなぁ。


 よし。びっくりさせたいから、背中に隠しながら戻ろう。


「おまたせー」


「なにを持ってきたの? 布? 骨の隙間から黒い布が見えてるけど」


「みたい?」


「このっ! あんたがいったんでしょう! クっ……いいわ、見るわよ」


「ぢゅぢゅぢゅぢゅ」

(俺とお嬢ちゃんは、いい酒が飲める仲になりそうだ)

 

「羞恥心は負の感情として勇者の制約に引っかからない、これは新しい発見だ。そしてアリシアはキノコによるバフが嫌だという。で、あるならばっ!」


「一応、話しは聞いていたのね……」


 いまこそ、背中に隠したアイテムをご開帳だっ!


「このドスケベビキニアーマー装備で戦か—」


 ——全部言い終わる前に、顔を真っ赤に染めたアリシアが涙目で放つアッパーブローが俺を襲う。


 頭骨が宙をくるくると舞った。


 ……合理的だと思うんだけどなぁ。


 

 

 

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