第8話 夜勤の根回し
なかなか素敵なサッカーボール体験だったな。
ただ、サッカーよりもサーカスのほうがしっくりきたあれを、サッカーと呼んでいいかはわからんが。
いずれにせよ、この世界に新しい概念のスポーツが息吹を上げた瞬間に立ち会えたのは間違いない。
今度、ウォルシュ君を制御室に連れていってステータスを見てみよう。「蹴球士」「操球闘士」とか出たら……あかん、腹痛いわ。でもたぶん出そう。楽しみ。
現在は、地下九階村での一時間程度の出来事を思い出し、首をコキコキと鳴らしながらテラーキャッスル地下八階の森でぼやっと佇んでいるところだ。
地下八階は山岳と森林が合わさった大自然フィールドで、十階の次に広い亜空間だ。外とは逆の時間が流れていて、今は昼。
【龍の棲家】の呼び名どおり、外では滅多に見ることのない数多の龍種族がのんきに空を飛んでいる。
さて、待ち人はいつもなら、もうそろそろでくるはずだが……。
「や〜〜き〜〜ん〜〜お〜ひさ〜」
ぼけーっと空飛ぶ龍たちを眺めていたら、間抜けな大音量を発する、大質量の黒い塊が上空から降ってきて、俺の目の前で地面と激突した。
轟く爆音と叩きつけられてくる土くれによって、骨の体はあえなく吹き飛ばされ、土砂が俺を覆う。
「おおー、『すまんこ、すまんこー』勢いつけすぎたー」
聞き覚えのある言語で、誠意のかけらもない適当な謝罪が土砂を通して俺に届く。
誰だ、こんなしょうもない日本語教えたやつ……いや、俺だったわ。
上空から降ってきたのは龍皇のハジャ。地下八階の管理者だ。
土砂から這い出し、ハジャへと用件を伝える。
「よお、ハジャ。相変わらずだな。近々で面白いことがあるから楽しみにしとけよ」
「おほー。やきんがいうならたのしそうじゃわー」
「でも、姉ちゃんには内緒だぞ」
「そっちか〜。バレたときは、ちゃんとかばえよ〜?」
「俺に任せときゃ大丈夫だって」
「お前にまかせたら、どえらいことになることがほとんどじゃわ〜」
全長五十メートルの巨体でとぐろを巻き、ゲラゲラとハジャが笑う。
「じゃ、また今度な」
ハジャに挨拶しながら転移魔法を発動し地下七階へと移動した。
◆
視界が開けるとそこは闘技場だ。
地下七階【求道】と呼ばれている。
死してなお武を極めようとする亡者と、死を恐れぬ生者が互いの技をぶつけ、火花を散らす場所だ。
テラーキャッスルの中で、制御室を除いて最小のエリアである。
「夜勤殿? 試合もない日に珍しい。何かあったか?」
背後から声をかけてきたのは、地下八階の管理者、元は女騎士で今は
「まあ、ちょっとな。面白いことがあるから手伝ってくんねえかなって。拳聖とか好物だろ?」
振り向きもせずに話をするのは気が引けるが、彼女の絵面がちょっとね……。
「ほう。それはそれは」
めっちゃ美人だし、アリシアと比べても引けを取らない鎖骨の美しさなんだが。
ただなぁ。ほらぁ、ちょっと振り向いてみたけどー。
こうやって興奮すると、首の断面からぴゅっぴゅって血が吹き出したりさぁ。……こわいんだよ。
せっかく綺麗な白いドレスアーマーなのに、ところどころについた赤黒い染みもよくない。
ほんとは手に持った頭を首に乗せて、見た目だけは普通にできるのに。でも、何回お願いしてもやってくんねえの。
戦いで本気出す時しかやらねえって。
あと、いつも腰の高さから俺の腰あたりを見つめてくる。
今も腰あたりに視線感じるし。何を見てんの?
「姉ちゃんには内緒で頼む」
「ふむ。わたしは夜勤殿から何も聞いておらん。という態でいれば良いのだろう?」
「そうそう、じゃ、よろしくー」
ここも問題はなし。
地下六階は諸事情で行きたくないというか、行く価値がないので、大問題であろう、地下五階へと向かう。
◆
地下五階へ転移すると、夜の街並み、【歓楽街】とついた名前どおりの光景が広がった。
「やべぇっ! あの骸骨だっ! なんで地下五階にいんだよっ!」
「ここは安全じゃなかったのかよ!」
「逃げるぞっ!」
歓楽街のど真ん中に突如現れた俺に、冒険者たちが驚きの声をあげた。
普段、俺は地下一階から三階ばかりウロウロしているので面食らったのか、焦りながら逃げていく。
そう、ここは高位の、そうだなレベル400程度、英雄と呼ばれるほどにレベルアップすることができた人間ならやってこれるエリアだ。
レベル400。外では英雄、伝説とも呼ばれ崇められる存在。
そんな冒険者がここにいる理由。
それは歓楽街を仕切るサキュバスギャングたちの生きた餌かつ収入源だからだ。
なので地下五階では殺されない。(行儀の悪いやつの例外はある)大事な栄養だからな。帰るのも自由。
そして餌扱いされても、バカ高いプレイ料金を払ってでも、冒険者がこの街に来る理由。
それは彼らのチ◯ポがレベル400だからだ。
せいぜいあってもレベル20、30の娼婦に、レベル400のチ◯ポでぶつかり稽古を挑もうものなら、大惨事待ったなしである。
それもあって彼らはここに通う。
地下三階にあるリポップ宝箱のお宝を外で売って、ここで現金を落とすというアホなサイクルを繰り返しながら。
そして、400を喰らう、この街のサキュバスのレベルは500以上のやつらばかりで全員ネームド。
高いレベルと【聖性技】とかいう、わけのわからん魔法を駆使して冒険者たちとあれやこれやと。
……まったく。はあー、この街嫌いだわー。本当はドレインタッチで済ませるくせにー。
どうせなら、もうちょっと紳士にエロさを求めて欲しいもんだな。
「やーきーん。 だーれだ」
爛れた欲望が渦巻く街に対しご立腹のおれに、男なら誰しもが憧れるであろう、背後から両手で目を塞ぐムーブがしかけられた。
肋骨にムニムニと柔らかいものが当たっている。
「……シャルロット、押し付けんなって」
「えー、信じらんなーい、こんな美女捕まえといてなんでそんな冷たいのよー」
「だからそういうのはタイプじゃねぇって、いってんだろ」
「そんなこといってー、ほんとはー?」
吸い付くような肌と柔らかい胸が潰れるほどに押し付けられるが、骨の俺には響いてこないぜ。
「近々、人間を連れてくる」
「へー。女?」
シャルロットが底冷えするような声を出すと、辺りの温度が急激に冷たくなっていく。
「女だ」
「ふーん。最近、酒場に来ないから何してるのかと思ってたら。ねぇ? その女、殺していい? いえ殺す、殺すわ。絶対に殺す。目玉をえぐって、またぐらから引き裂いて殺してやる」
こういうところもタイプじゃないって何回もいってんだけど、伝わんないんだよなぁ。
それに子供の頃から知ってるから、そもそもが対象外なんだよ。
「ダメだ。今日言いたかったのはそれだけだ。じゃあ、またな」
今回、俺がやろうとしていることの最大の障壁であるシャルロットは、予想通りの反応を示した。
これ以上いてもシャルロットがキレ散らかすだけなので転移魔法で早々に退散をきめる。
やっぱりシャルロットは問題だな……。
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