第32話 夜勤と龍たち
テラーキャッスル 地下八階【龍の棲家】
大自然。百メートルはある川幅の巨大河川は地平の先まで続き、その両脇には大森林が広がっている。
その中でも、度をこして巨大な樹木【龍樹】は、視界の遥か遠くで天を突くかのように屹立していた。
「森の恵みだなー」
苔むした地面を踏み締め、清浄な空気を楽しみながら歩く。
普段はハジャの元に直接転移するか、近くまでいって出迎えを待つかだが、今は目的があるので、ハジャの探知外の距離をウロウロしている。
目的は順調に達成されており、次で完了見込みである。
「そろそろ主だった奴らは買収済みかな」
「夜勤様ー、お久しぶりー」
頭上から気の抜けた調子で俺を呼ぶ声がした。
この声は……赤龍だな。
待ち人ならぬ、待ち龍きたる。
「聞きましたよー! なんかいいもの配っているんでしょー?」
「そうだぜー、お前にもやるよ、ほら」
「おおおおおっ!」
アイテムボックスにしまってある、樽に入れたジャーキー、
全長二十メートルを超える、皮翼を備えた真紅の蛇が目の前へと降り注いできた。
「美味そうううううっっ!」
「そりゃもう最高だぜぇ? 欲しいかい?」
「あぐ、あぐ、あぐ、あぐ、あぐ、じゅらららら」
もう、食っとる……。龍の威厳もクソもねえ。
「樽はこわすなよー」
「あぐ、あぐ、
夢中。もう何にも見えてねえなこりゃ。
よし。じゃあ契約すっか。
「赤龍よぉ、ちょっとお願いあんだけどよ。聞いてくんない? 『契約』」
契約魔法を発動させ、赤龍へと問いかける。
俺の足下と赤龍の頭が突っ込まれている樽の下に魔法陣が浮かぶ。
「あぐ、あぐ、あぐ、いいじゃぐ、じゃぐ」
「よし、じゃあ今日から二日間、戦闘禁止な。契約内容も口外禁止で」
「あぐ? あー、
赤龍が了承した証に魔法陣が光を放つ。契約完了である。
「ありがとよー。破ったら死ぬから気をつけろよー」
「あぐっ!? あ、っ、あぐっー!?」
これで八龍全て、契約済み。使ったジャーキーは一匹あたり百キロだが、このクラスの魔龍をその程度で縛れるなら大変どころじゃなくお得。
これでハジャとの戦いに邪魔は入らない。
「むぐっ、や、夜勤どのっ! 何か悪いことをされるのではないでしょうなっ!?」
「心配すんなって、ちょっとドンパチするだけだからよ」
「何をするつもりかわかりませんが、ドンパチだなんて、他の八龍も……ハジャ様だって黙っていませんよっ!?」
「いや、すでにハジャ以外はお前で契約最後だしな。それじゃあ、契約守れよ。死ぬぞ」
「まっ、まって! 夜勤どのー、もう少し説明をー!!」
赤龍の咆哮を背に転移魔法を発動。
ハジャの近くへと転移する。
◆
……さて。準備は万端だ。
龍樹のふもとにやってきたので、ハジャはもうじきここに降りてくるだろう。
ここからは俺の演技力、もとい接待力が問われるところだ。
『やわ〜き〜ぃ〜ぅい〜ん〜』
間抜けな声色と共に、黒い影が一面を覆った。
龍皇ハジャの降臨だ。
俺のいる現在地は爆心地予定なので大きく飛び退き、衝撃に備えるため腰を落とす。
一秒後。ドズゥゥゥーンンンと重苦しい音と爆煙が巻き上がる。
瓦礫が俺の骨を叩く。吹き飛ばされそうになるのを耐え、土煙が収まるのを待つ。
『すまんこー』
煙の中から龍身をうねらせハジャが現れた。
今日は着地を加減したのか地面は多少へこんだが無事だ。
「いや、それは謝ってねえ」
「なんでじゃー、夜勤が教えてくれたんじゃろー。地球とかいうところではこう謝るんだってー」
「それについて、俺は激しい後悔を抱えている。……まあ、いいや。それより美味い土産があるんだが、食うか?」
「——! 食うに決まっとるー!」
ハジャは俺の言葉に身悶えしながら答えた。
よし。第一段階は楽々クリア。ここはまず問題ない。次だ。
「ただなぁ、量がちょっとしかなくてなぁ」
『なんじゃー、そんなことなら変化すりゃよかろうー』
ハジャの体がミチミチと音を立て縮んでいく。狙い通りだ。
「ひ、ひさ、しぶ、りじゃから、こ、こんな感じかの……」
五十メートルの龍身が消えうせる。
そのかわり俺の前には、頭に四本の角を生やした絶世の美女が現れた。
大事なところは硬質な鱗で覆われているが、ほぼ全裸である。
肌色は濃い茶色、髪は白髪。どでかい胸部に引き締まったシックスパック。身長は百八十センチ程度、彫りは深いが、地球でいうアジア系の顔立ち。
そして思わずガン見してしまうほどの美鎖骨。
たまらねえ。アリシアに次ぐ評価を与えたい。
「相変わらず、雌に向ける視線がおかしいやつじゃのー」
「いやいや、すまん。不躾なことをしてしまった」
「なぜ、鎖骨のことになるとやたらと、紳士になるのじゃ夜勤よー」
「鎖骨に対する俺の想いがそうさせるのさ」
「全然わからんわー」
「わかってもらっても困るがな。……さあさあ、せっかく人型になったんだし、これを堪能してくれや」
アイテムボックスからテーブルを取り出しハジャの前に置く。
そして、例のジャーキーの欠片がのった小皿をセット。
「そ、そ、れは、なんじゃ……。とんでもなくいい匂いがしよる……」
「こちら、秘密のルートで手に入れました、熊肉ジャーキーとなっております。そしてさらには、『酔龍』の八年ものをご用意致しました」
『酔龍』と共に出したお洒落なグラスは、職人による丁寧なカットが施されていて、まるで宝石のような輝きを放っている。
龍はキラキラしたものに目がないからね。
「な、なっ、なんとっ!?」
バーテンダーよろしく、深くお辞儀をしながらの口上が決まった。ふふふ、練習した甲斐があったぜ。
みろよ、ハジャのやつ、顔一杯に喜色を浮かべてやがる。
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