第17話 夜勤の見守り(アリシアLv499)

 

 アリシアとドロシーさんは微動だにせず、互いの目をみている。


 先に動いた方が負け……いや、アリシアが【核撃(極小)】を撃てれば勝てる。さっきの会話で何をすべきかはわかっているはず。


 『【連閃撃】に至ったものは【核撃】の扉に手をかける』


 拳神アドンが残した言葉で、アリシアが習う流派、『祈念流』でもその言葉と技が語り継がれてきたので、彼女もその概要は理解していた。


 【連閃撃】による打撃は、相手の内部へと魔力が浸透する感覚を得ることが出来る。


 そして【核撃】は、その浸透させた魔力を爆発させ、細胞や組織、一つ一つにある魔力を産み出す核へと攻撃をする技だ。


 ステータスに表記されているのだから、アリシアは既に【核撃】に必要な肉体的強度と魔力の操作能力を得ているのは間違いない。


 あとはぶっつけ本番で撃つのみ。


 ……だけれど、アリシアの顔色は少々悪い。


 前もって撃てる筈だと聞いても、拳撃最高峰の技をいきなり成功させろとか言われたらそうなるか……。


 だが【核撃】を撃てるようにならないとこの先からは絶対に通用しない。


 【核撃】ができないと、地下四階から先の管理者たちにダメージを与えることなど無理なのだから。


 だがアリシアの不安そうな表情……どうすべきか。止める? うーん。


「ふぅー」


 しかし俺の心配をよそに、アリシアは腹を決めたようだ。


 静かな調息の音が聞こえてきた。


 目の怯えは消え、相手をまっすぐに見つめている。


 静寂——を破って、アリシアが前へと動いたっ! 合わせるようにドロシーさんも脚を踏み出す。


 同時に突き出された拳と拳がぶつかり合う。


 そこから両者は動かない。


 やや遅れて、金床を金槌で強く打ちつけたような高音が部屋に響くと、ドロシーさんの拳に亀裂が入った。


 亀裂は更に進行、腕の根元へと走る。


 ——アリシアの勝ちだ。


 そして肩から胸元の半分が爆砕、動力となるコアが露出。コアは小さな金属部品を飛び散らせながら駆動を停止し、ドロシーさんは前のめりに倒れこんだ。


 核撃が決まった。


 魔力障壁を張ろうとも、鉄や肉の壁で防ごうとも。


  魔力の核を直接に撃つ、拳撃の極みの前では意味をなさない。


 すかさず経験値魔法を発動。


「アリシア、復唱しろ。ドロシー・ドゥよ我に力を与えよ」


「ドロシー・ドゥよ……我に力を与えよ」


 綱渡りだったが無事こなすことができた。


「くっ……あ、あ、ああっ」


 おやすみアリシア。次は地下四階、ドロシーさんよりもっと手強い相手だぜ。

 

 頭骨を拾い上げ体に付け直し、意識をなくし倒れ込んだアリシアへと近づき肩に担ぐ。すると、背後のドロシーさんからピピッという電子音が鳴る。


 小爆発。


 ドロシーさんのボディが燃えているが今回、治療はできない。機械生命なんて複雑なものは俺の魔法じゃ直せないし、それに地下三階のにあるドロシーさんの本体コアは無傷だしな。


『夜勤様。戦闘用躯体の材料補充はいつ頃に?』


「すぐだよ」


 天井からドロシーちゃん本体からの声が響き、問いかけてきたので、俺はそう返す。


 地下八階から一階の各階で取れる鉱石を加工したものがドロシーちゃんの戦闘用躯体の材料だ。


 今日の巡回のついでに集めてしまおう。


『承知いたしました』


「ああ、じゃあまたな」


 ドロシーちゃんにお礼をしつつ、転移魔法で地下十一階へと移動した。





「ぢゅあっ! ぢゅあっ! ぢゅちゅっぢゅっ!」

(頼むよっ夜勤っ! 俺はもうマジで限界だ!)

 

 アリシアを治癒槽に漬け込み、はや三日。彼女はまだ起きてこない。レベル499になると、次のレベル500に備えた体づくりとでもいうべきものが発生するからだ。


 それほどまでにレベル500から上は別世界。


 そのため、まだ一日ほどは寝たままだと思われる。


 しかしながら俺たちは暇になったわけではない。

むしろいつもより忙しい。


「口を動かすのはジャーキーを食ってる時だけにして、手を動かせ。じゃねぇといつまでも終わんねぇんだよ」


 泣き言ばかりをいうA氏の口に熊肉ジャーキーを放り込む。


「ぢゅあー、ぢゅあー」

(くそう、美味い上に回復しちまったら、やめられねえ、ちくしょうめぇ)

 

「俺の方はあと、四個だな」


 現在俺たちは、ドロシーちゃんの戦闘用躯体の材料加工のまっ最中である。


 加工内容は各種鉱石を極限まで真球に近づけることで、これがまた精神力が必要な作業だ。


 人力旋盤といえばわかりやすいだろうか。


 片手に持った鉱石を魔力で包み高速回転させる。そしてもう片方の手からナイフのように尖らせた魔力をだして、鉱石に押し当て削る。


 言葉にすれば簡単だが、回転数と素材の姿勢を安定させる制御、押し当てる力加減、ナイフ部分の魔力調節など微細すぎる作業は、人力でやるには少々どころではなく疲れる作業である。


 だが、やらないと終わらないし、ドロシーちゃんは約束が破られれば、姉ちゃんに言いつけるのは間違いない。


 いま、アリシアの存在を姉ちゃんにバラすのはまずい。


 ダンジョンでアリシアを抱え込むことで起こりうる面倒ごとを想定すると、すぐさまリリース判断されても仕方がない状況だしな。


 なので素材をドロシーちゃんに渡すしかない。


 渡さなければ、ドロシーちゃんは姉ちゃんへ間違いなく報告するだろう。


 つまり、どれだけ辛かろうが作るしかない。


「……ぢゅ」

(もう一枚熊肉くれや)


「ほれ」


「ぢゅあ」

(あんがとよ)


 うつろな目のA氏と二人、作業は続く。


【アリシア・ウォーカー】

【種族】:普人族(女)

【生体レベル】:499

【天職】:勇者(レベル不足)

【職業】:魔拳皇(セット中)

【技能スキル一覧】

「連閃撃」「天魔殺」「死突」「死脚」「瞑想」「見切り」「身体強化(極大)」「威圧」

「先読み」「指弾」「天賦」「見取り」

「核撃(小)」「復讐心(中)」「武心(中)」「常時回復「中」」「魔皇闘気」

「慈愛(小)」「契約:死亡時蘇生保険」


【状態】:安定 魔素ストック(大)

【称号】:





 


 

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