第16話 夜勤と殺戮人形


 【迷宮洋館】は名前の通り洋館を模しており、今、俺たちは数多ある食堂エリアのうちの一つにいる。


 二十人は並んで座れる長大なテーブルが奥に続いていて、その先には次のエリアとの区切りである木製のドア。


 こちらの世界の人間には馴染みのない機械の排気音は、その先から聞こえていてどんどんと大きくなる。


「アリシアそろそろ来るぞ、死ぬなよ」


「キノコを食べていた時の方が幸せだったかもしれない……」


「あんなものに頼っちゃだめだ! 自分の力で切り抜けてこそだろっ!」


「アンタが食わせたんでしょ……」


 あい。すんません。ですから俺の眼窩に指をかけながら真顔で見つめるのをやめて頂けないでしょうか。


「ま、まえが、見えない」


「へぇー、目玉なんて元々ないのにね」


「いいねぇ、イケてるスケルトンジョークだぜアリシア…………上に飛べ」


「——っ!」


 アリシアは俺の指示にすぐさま反応し、四メートル程度を垂直に飛び上がった。


 それと同時に、音が聞こえてきていたドアが弾け飛び、凄まじい速度で赤い塊がアリシアと俺がいた場所へと着弾する。


 荒々しく響く排気音と巻き上がる白煙。アリシアは天井を蹴り、吹き飛んだドアの方向へと着地する。


「夜勤っ! これは一体なんなの!」


「あれがドロシーちゃんだ。ところでアリシア、飛びあがるときに離してくれないから、頭骨だけこっちに来ているんだけど……」

 

「どうせ痛くも痒くもないでしょ! それよりもあんなのと戦えってどういうつもりなのっ!」


 白煙が収まり、ドロシーちゃんの全貌があらわになった。


 大人の半分ほどしかない背丈、金髪、整った顔立ち。赤いイブニングドレスからのぞく陶磁の肌に走る


 両手に握られた二本の曲刀。


 背中から生える複数の


 俺の姉ちゃんが作り上げた、機械魔導生物の成れの果て。


 ドロシーちゃん試作一号機。


「普通に殴って戦えばいいぜ?」


「さっきの速度を見なかったの? あなたに言われて飛ばなきゃ、あそこであのままバラバラよ?」


「アリシア。ドロシーちゃんの動きの速さに惑わされるな。目で追わず、気配を捉えるんだ。それにレベル差はないから魔力を受ける部位に集中させればは止められるはずだ」


「あなたにまともなアドバイスを貰うと、不安になるのはどうしてなのかしら……」


「そろそろくるぞ」


 俺の声にアリシアは表情を引き締めると、手に持っていた頭骨を後ろに放り捨てた。


 甲高い排気音のあと、ドロシーちゃんの姿がぶれ、空気を置き去りにする速度でアリシアの目前へ現れる。


 そして、曲刀を二本共に大きく振りかぶって、上段から叩きつけるように一撃をくりだす。


 だがアリシアは体を半身にすることで、その一撃を最小限の動作でかわした。


 俺の助言通り、目を閉じ気配だけに集中することでドロシーちゃんの動きに対応するとは、天才だな。


 だが一撃で終わる筈もなく、すぐさま横薙ぎが襲ってくる。


 アリシアは腕に可視化できるほどの魔力を集め、曲刀を迎え撃つ。


 刃物と腕がぶつかる。普通なら腕がぶった斬られておしまいだが……。


「止められた……」


 だよな。魔力が通ってなけりゃそうなる。


 ドロシーちゃんの曲刀はアリシアの肌を切れないどころか、その刀身をひしゃげさせてしまっている。


「これならっ!」


 アリシアが腕を動かし曲刀を払いのけると、ドロシーちゃんの体勢がやや崩れた。


 好機。アリシアに邪念は見られない。ただ目の前の標的を撃ち抜くためだけに伸びる拳。目に宿る色は武人のそれ。


 武心が更に強化されたのは間違いない。


 ドロシーちゃんの左頬へアリシアの右拳がインパクト。瞬間、白光が拳から放たれ、遅れて空気を叩く衝撃が放射状に広がる。


 コンマ一秒を切る間隙で返しの左拳、追撃の右足上段蹴り。その蹴り足はドロシーちゃんの顔面をとらえたのちすぐに引き戻され、今度は鳩尾めがけて跳ね上がる。


 その軌道と衝撃は、ドロシーちゃんを天井付近まで浮き上がらせる。


 そして、そのまま力なく真下に落下。


 【連閃撃】による連続攻撃がきれいにきまった。


 アリシアは後ろに飛んで距離をとる。


 構えは解かずに緊張感は保ったままだ。


 そうだ、まだドロシーちゃんはくたばってない。もう一度同じぐらいのダメージを与えない限り動くことをやめないだろう。


 そして、ここからがドロシーちゃんの能力が披露される、いわば本番。


『攻撃軌道、可動範囲を把握。魔力強度判定、問題なし。対応可能範囲内』


 ドロシーちゃんは糸で操られたような動きで立ち上がった。


 アリシアの攻撃で顔面の表皮部分の半分が破れ内部の機構がのぞいている。


「やっぱり起きた……。あれはなんなの?」


「頑丈で複雑な機構のゴーレムっていうのが、一番わかりやすいかなぁ」


「いまわたしにできる最高の攻撃だったのよ。体も痛くないし。でも……あまり効いてなさそうね」


「いや、及第点以上の出来だったし、効いてるぜ。さあ、こっからが本番だ」

 

 ドロシーちゃんがゆっくりと歩いてくる。一歩進む度、背中に生えた複数のスラスターが一つずつ体内に収納され、その度にドロシーちゃんの外見が変化する。


 幼児の見た目から少女へ。さらに変化は続き乙女からやがて大人の女性へと。


 アリシアの目の前で止まりドロシーちゃん、いや、ドロシーさんは両刀を放り投げた。


 そして、アリシアと同じように腰を落として構える。


「アリシア。次で勝負が決まる。さっきと同じ技はダメだ。耐えられて反撃されるから、【核撃】しかないぞ。連閃撃ができたなら感覚は掴めたはずだ」


 ドロシーさんモードは、解析した敵の攻撃に耐えられるよう装甲を強化した状態だ。


 もう一度【連閃撃】で攻撃してもダメージを与えられない。

 

 アリシアが勝つためには、見せていない技を撃ち込んで一撃で決める必要がある。


 【死突】と【死脚】は【連閃撃】の中で見せている。


 つまり残された選択肢は、まだ見せていない【核撃】のみ。



























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