第15話 夜勤の言い訳


 とても気分が良い。

 この世界に転生してからもう三百年経つが、今日が一番気分が良い。


 なぜなら、俺がこの世界で最も嫌いな神のアホ共……いや、あのド腐れ共を神と呼ぶのは、本当の神に失礼だから、これからは単にアホと呼ぼう。


 とりあえず、あのアホの子分、ゴマスリのゴミカスアスメルテが逃げ帰ったかと思うと本当に気分が良い。


 俺たち姉弟がこっちの世界に転生したのも、元を辿ればこの世界を任されているアホがミスったせいだ。


 なにが「魂の循環が壊れたせいで迷い込んだ哀れな魂よ、レベルチートとユニークスキルをやろう」だ。


 魂の循環作業を、てめえが権限もねぇのにいらんことしてミスって、俺たち姉弟を巻き込んだくせによ。地球の神様にバレないよう証拠隠滅のために誘拐したのもわかってるんだぜぇ。


 それにお気に入りのリアが刃向かったからって、とんでもない人生歩ませやがって……。


「……ふぅー」


 あぶねぇ。せっかくの気分が下がるとこだった。

 もうアホ共のことは考えないでおこう。


 所詮あのアホ共は全知全能ではなく、せいぜい三階層程度の存在だ。


 定命で零階層。肉体を脱し一階層。精神のみで自我を保ち続けて二階層、そこから特定の事象操作を可能になって三階層。異なる世界をリスクなしで渡れて四階層。そこから上は無から有を産んで五階層。


 あのアホ共は、世界をリスクなしで渡れないし、無から有も産めない、せいぜいがこの世界の管理者。


「ん……ぅ」


 アリシアが起きそうだ。


 もう、そんな時間か……。





「目覚めはどうだいアリシア」


「……どうしてわたしは服を裏向けで着ているの? 夜勤? あなたまさか……」


 アリシアの顔が、寝ぼけた表情から驚きの、そしてゴミをみるようなものに変わっていくのに要した時間は三秒だった。


「違うんだ。あれを見てから判断してくれ」


 ここでペースを握らないと、正しい情報伝達は不可能となるだろう。


  俺は力強くモニターの方向を指差す。


 アリシアは疑わしい目をしながらも、小さく頷くと治癒槽からでた。


 まずは俺のいうことを聞いてくれるようだ。


 二人でモニターの前に移動する。


 途中でA氏の魔法を解除していないことを思い出したが、面倒くさいので彼にはまだ床で寝転んだままでいてもらおう。


「何を見ればいいの?」

 

「これだ」


 モニターについたボタンを何度か押し録画再生を実行する。


 おっと、俺は見てはいけない。モニターの裏へと移動だ。


 アリシアはモニターを食い入るように見つめている。


『——遮蔽を一時解除』


『———【暗幕】』


『———【透視】見えないな。よし』


『——【武装解除】』


 アリシアの眉が跳ね上がる。だが、俺が不適切なものを見ていないことは理解できているようだ。


 怒らず画面を見続けている。


『————【念動】ふぃー、いい感じだろ』


 さあ、ここからは賭けに近い。どんな体勢に仕上がっていたのかは俺にはわからない。


 あのアホ共は潔癖症だから裸体で触れ合っただけでもNGなのはわかっていたが、アリシアは果たしてどうだろうか。


 A氏の可愛さを信じたい。


 録画再生が進む……アリシアの表情は変わらないまま。


 俺の声がモニターから響く。そして声にならない歓喜の叫び。


 ……録画再生が終了した。


「と、いうわけだアリシア。君の服が裏返っていた理由は理解できたかな?」


「ええ、理解したわ。エロ骸骨の魔物に服を脱がされ、ラットマンのお尻を顔面に押し付けられたあと、再び服を裏返しに着せられた。そして、わたしのステータスを見たエロクソ骸骨の喜びようから、何かが良い方向に変化したみたいだけど。ところであなたはいつ死んでくれるの?」


 めっちゃ早口。素直に謝ろう……。


 



 現在、テラーキャッスル地下三階【迷宮洋館】へと転移しアリシアと共に内部を進んでいるところだ。


 あのあと、こちらの世界でも通用する土下座スタイルにて、一連の行動についての必要性、スキルについてを丁寧に説明した結果。


 録画の廃棄と今回の件を、今後一切話題にしないことを条件に、アリシアはなんとか怒りをおさめてくれた。


 初めからそう説明しろとアリシアには睨まれたが、まったくもって俺もそう思う。


 しかしながらそうタイムリーに出来ないのもまた、俺らしくて、うーん。なんだかリアと遊んでいた日々を思い出すな。


「どうして顎をカタカタしているのかわからないけど、そろそろ教えてくれないかしら? 地下三階に来て次は何と戦うの?」


「次は【迷宮洋館】の番人、【殺戮人形】ドロシーちゃんとの死闘だ」


「いま、どこの単語を切り取っても不穏な響きだったわね……」

 

「なんでだよ? ドロシーちゃん可愛いぜ。小さな女の子が赤いドレスで着飾って、双剣を振り回してくるんだ」


「……先に聞けて良かったわ」


 そいつは良かった。さて、ここの扉を開けてから一旦閉めて、と。……離れた場所でガコンと摺動音が鳴った。


「これでよし」


「ねえ、さっきから部屋に入るたび扉を開けたり、閉めたり、部屋の机を動かしたり、なにしてるのよ?」


「これはだな、ドロシーちゃんが閉じ込められている部屋にいく仕掛けだ」


「閉じ込めている? 番人なら、侵入者を見つけるために自由に動けないとダメじゃないの?」


「ドロシーちゃん、目に入った動くものは、手当たり次第に切り刻むからなぁ。冒険者が死にすぎるから調整してんだよ。あっ、でも宝箱漁りすぎると、転移条件が整って、いきなり目の前にやってくるけどな」


「さっきから、これみよがしに置いてある宝箱はそういう意味なのね……」


「客寄せ用に、他のダンジョンより宝箱の中身は良いの入れてんだよな。しかも時間が経てば補充するし。ある程度強くなればここには来れるから、稼ぎ場でよ。でも、取りすぎると……ってやつだ」


 強欲は身を滅ぼすってか。教訓めいてるだろ。


 さて。そろそろかなー……おっ、きたきた。


「なんだが趣味が悪いわね。……それはそうと、ねえ? この音は何なの、聞いたことのない音なんだけど」


 そりゃ、聞いたことねえだろな。こっちの世界には、まだ内燃機関とかねぇし。

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