第43話 夜勤を装着




「ふはははははは!! 神から授かったこの力はどうだ、落伍者めっ! やはり穢れた獣と戯れる売女はこの程度か!」


 バルガスは鼻息荒く、勝ち誇った顔で嗤っている。


 アリシアの片膝が地面についた。押し込まれる剣は前髪に触れる寸前だ。


 魔に寄りすぎた弊害だな。勇者の特攻性質がもろに効いてレベル差が埋まってしまっている。


 ……アレしかないな。


「アリシア」


 俺の声に反応し、戦う二人がこちらをみた。


「魔物め、この偽勇者を処分した後に滅ぼしてやるから、邪魔をするなっ!」


 バルガスが吠える。


 アホか、そうはいくかよ。


「夜勤……」


「おうアリシア、その顔ならわかってんだろ。俺を着ろ。自分一人で決着させたいだろうが、向こうは神の手助けありみたいだし、こっちも気にせずいこうぜ」


 クソどもめ。


 策略巡らせたり、邪魔者を排除したりは別にいいが、純粋な力だけの直接対決を邪魔するつもりなら俺は手を出すからな。


「気にしているのはそっちじゃないんだけど……もうっ! いいわ、さっさとしてちょうだいっ!」

 

 よーし。


 ここは決めるところだ。


 考えていた変身シーンをバッチリ演出するぜ。


 ——【発光】【変化】【硬化】【魔障壁】【浮遊】【砂塵】【竜巻】【引き寄せ】


 同時魔法発動数の限界に挑戦だ。


「なっ?! なにがっ!?」


 アリシアを起点に膨れ上がった魔障壁に弾かれ、バルガスが驚く。


 そして、砂塵をまとう竜巻が巻き起こりアリシアを呑み込んだ。


 もちろんアリシアは無事だ。発光する光球となって竜巻の中を浮いている。


 それと共に俺の足下には魔法陣が出現。


 黒い魔力が放射状に広がると、風呂敷を包むように俺を包み込む。


 骨の形状変化は一瞬に行われ、黒い魔力が霧散し現れたのは骨鎧。


「なんだそれは……」


 最高のリアクションだな、おい。


 バルガスの野郎、めっちゃいい顔で驚いてくれているよ。


 アリシア、頼む。決めてくれ。これが決まるのは相当カッコいい。


 ——俺の想いが通じたのか。光球の中でアリシアはこちらへと静かに手を伸ばし口を開いた。


「装着!」


 おおっ! 思った以上にかっこよ! 100点だ!


 俺は歓喜と共に宙に浮き上がり、全身の骨鎧を放射状に展開しながらアリシアへと突撃する。


 一瞬で広げられた手のひらまで到着すると、手の先から腕、肩、背中、腹、腰、足を順に包み込んでいく。


 最後は頭部を覆い、完成だ。


「ま、まるで、伝承にある呪いの魔物……」


 バルガスは骨鎧を纏う蛮族女戦士スタイルのアリシアをみておののいた。


「力が溢れてくる……」


『おっしゃ、いったれや』


「ええ」


 短く答えたアリシアは空を蹴り、バルガスへと急降下した。


「うおおおおっっっ!」


 バルガスは雄叫びをあげ、アリシアを迎え撃つ斬撃を一閃する。


 気圧された表情を見せながらも、その剣は研ぎ澄まされていて、降下するアリシアへと正確なタイミングで頭部へ送り込まれてきた。


 だがその刃は、俺の骨に食い込むこともできずに虚しい金属音を響かせ折れた。


 驚愕に染まるバルガスの右頬に、ブチュリとカイザーナックルのトゲが突き刺さる。


 勢いよく吹き飛ぶバルガス。アリシアは華麗に一回転し着地を決める。


 決まったかと思いきや、この手応え。


 自ら飛んだな。


 あのまま踏ん張ってくれていたら、首をちぎってやれたのになぁ。


「……ばびゃなっ! ありゅりぇあい!ばかな! ありえない!


 吹き飛んだ先で直ぐに起き上がったバルガスは、半ばから折れた剣をみてわめいた。


 左頬には大きな穴が空いたまま。どうやら自己再生はないようだ。


 時間制限があるが、骨鎧を纏ったアリシアの力は倍以上に増幅されているからな。


 再生能力がないなら時間切れの心配もない、アリシアの勝利だ。


ぎゃみよっ! わりゃしに、ぢがらうぉ!神よ! わたしに力を!——ごべぇっっ!!」

 

 バルガスが取り乱している間に、アリシアは【瞬転】で間合いをつめボディブローを放った。


 バルガスはその衝撃で五メートル程度浮いた。


 ハーフプレートの胸甲部は大きくへこみ、拳の形が刻まれている。


 意識が飛んだのか、力なくうなだれ自由落下をはじめるバルガス。


 そこへ、渾身の右正拳が撃ち込まれる。


 バルガスの背中へとアリシアの右拳が突き刺さった。


 めぎめぎと手に伝わる骨の粉砕音は勝利の知らせだ。


 血反吐を撒き散らしながら、バルガスは地面をゴミのように転がった。


「が、がみよ……わりゃし、はぜぇっ、じぇっだぃにぃにぎゃぎゃ……」


 まだ生きてやがる。再生能力がないのに大したものだ。


 だが流石に次は耐えられないだろう。


 アリシアがカイザーナックルを打ち合わせ、ガインと音を鳴らす。次で最後の——


「……なにあれ」


 筈が、突如として城門から光柱が噴き上がり、アリシアと俺はその方向へと注意を向けた。


 光柱の中から人が現れる。


 ……ちょっとまて、そのシルエットには見覚えしかないぞ。


「まさか、ルナマリア?」


 アリシアの呟き通り、現れたのはルナマリア・ウォーカー。アリシアの妹だ。


 茫洋とした顔つきで歩き、こちらに近づいてくる。その頭上には光輪が浮かんでいる。


 おいおい、人間で光輪って、それは尖兵化なんだが。


 ……ルナマリアも勇者の資質があったのか。


「びぎゃあっっっ!!」


 突然、バルガスがのたうちまわって苦しみ出した。


「アギャギャギャギャッッッッ!」


 悲鳴を上げたバルガスの胸から、ポンッと光球が飛び出した。


「ぐっ……」


 それと同時にアリシアが膝をつく。


『アリシアっ!』


「も、問題ないわ……ただ、力が抜けて」


 こっちは時間切れだ。骨鎧は強いが、全開以上の力を引き出す。その反動がきた。


 光球はルナマリアの方向へと飛んでいく。


『そうか、これを狙ってやがったか……』


 あの光球は覚醒した勇者の力だ。


 アホどもの目的が分かってきたぞ。


「あ、あっ、あがっ、あががっ——ゴボォッ」


 バルガスは血を噴出させながら、骨と皮だけになっていく。


『哀れだな……』


 バルガスは勇者の資質があったのではなく、勇者の力を移植されただけ。


 それを無理矢理に抜き取られた反動だ。


 ——光球がルナマリアの目前へと到達し、その胸へと吸い込まれれた……。



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