第44話 夜勤と導きのアスメルテ
光球が吸い込まれてすぐ、ルナマリアの顔つきが変化した。
幼さは消え失せ、その表情は冷たい。
「はぁ、はぁ、はぁ」
アリシアの息が荒い。消耗が激しいな。
『アリシア、少し休め。後は俺が面倒をみる』
「夜勤……ルナマリアが」
『大丈夫だ、まかせろ』
骨鎧状態を解除しアリシアに肩をかす。
「でも、あの顔つき、ルナマリアはあんな顔は……」
「問題ない」
「お願い、殺さないで」
アリシアはルナマリアの表情から、良くない何かが起こっていると、不安を感じているようだ。
「……当然だ。ルナマリアも俺の見守り対象だからな。無傷で終わらせてやるよ。だからここで休んでいろ」
『穢れたものども。平伏せよ』
アリシアを座らせていると、重圧を伴う魔力をはらんだ中性的な声が俺の背中へとまとわりついた。
この響き、聞き覚えがあるぞ。
「その声……【導きのアスメルテ】だな」
『気安く呼ぶな、背神者め』
振り返った先では、ルナマリアの背中から生えた六対の光翼が光の粒子を撒き散らしていた。
「姉妹で勇者の資質持ちかよ……」
バルガスと違って、目が充血していない。光翼も六対。
バルガスは他にも、血管が浮き出ていたり、息が荒く興奮状態だった。
ルナマリアは違う。安定している。
『背神者よ。罪を認め滅びよ』
「やだね」
アスメルテの声はルナマリアの口から発せられている……。
『ならば死ね』
爆発的な魔力の高まりを察知した俺は魔力障壁をアリシアの前に展開し、空中へと飛び出した。
『ふん。魔物のくせに、大地や他のものを傷つかせないよう動くとはな。だがそのせいで空中で無防備ではないか』
アスメルテはルナマリアの中に入っているのか? 遠くで操っている? それがわからないと対応策が決められない。
ああ、めんどくせえ。くそが。
アスメルテが左手をその場で払うと手に光剣が握られていた。
『やはり勇者は剣でないとな。そこの穢れた女はその才能がなかった』
アスメルテが空中の俺へと目掛けて、その場で剣を振ると光をまとった斬撃が射出された。
「【魔力障壁】——重っ!」
手から広げた魔力障壁で斬撃を受け止める。
重い。ハジャの熱線以上だ……。属性も相まってガリガリと障壁を削ってきやがる。
これじゃ防ぎきれん、別の方法だ。
「【虚空】」
俺が発動した魔法は空間を削るもので、魔力障壁と斬撃もろともをその場からかき消した。
『ふん。小賢しい。古の魔法を使うか。ならこれはどうだ?』
アスメルテの姿がぶれる。
どこだ。
高速思考と時間圧縮でバフがけした俺が見失う速度……リアを思いださせる——
——左側の視界が光で埋め尽くされ、凄まじい衝撃が襲ってきた。
俺は地面へと叩きつけられ、その衝撃でクレーターが発生する。
『くははははっ! どうした背神者、手応えがないぞ! だが、それも仕方がない。わたし自らが作り上げた完全なる勇者なのだからなっ!』
「バルガスは利用されただけか……」
粉塵のなかアスメルテの嘲笑が俺へと届く。
『利用? 神に殉じたのだから、そのような言い方はやめてもらおうか。それに、わたしが利用したのはお前だよ、薄汚い背神者め』
……! アスメルテのアホが俺の呟きを拾い、丁寧に応えてくれたおかげで、疑問が全て繋がり答えになったぞ。
勇者の覚醒に必要なのは魔王もしくはそれに準じた存在との戦い。魔王はその逆。
俺が鍛えた結果、アリシアは魔に寄り過ぎていたし、その上で俺を纏えば、もはや準魔王と認識されてもおかしくはない。
バルガスに移植された勇者の力は、それによって完全覚醒し、抜き取られた。
リアの時もそうだったが、奴らは勇者という手駒を欲する。
プロパガンダにちょうどいいのか知らないが、決まって剣を使う勇者を。
おさらいだ。アホ共の思考をトレースする。
アリシアには剣の才能がない、妹にはあるようだ。魔王を自分たちで仕立てる訳にはいかない。
ロンド皇国は継承争いの火種がある。近くには目障りな
勇者に憧れる騎士団長に妹の資質を移し、アリシアは邪魔者に一旦渡す。
状況から復讐の為に鍛えるはず。そして準魔王へ。
あとはぶつけあわせれば勇者の力は覚醒、準魔王は勇者の資質があるので覚醒はしない。
そして用済みを処理、誘い出した邪魔者をついでに——
——これでおおよそ合っているだろうな……。
随分と壮大で、ご苦労な計画で反吐がでるぜ。
「くはははっ! 驚きで声も出せんか! リアの時に散々と邪魔をしてくれた報いを受けさせてやる」
リアの時だと? それはこっちの台詞だクソ野郎。
あともう少しルナマリアの状態がわかれば、お前をグチャグチャにしてやれるのによ。
状態……憑依か、遠隔操作か。
……そうだ。アスメルテは策が綺麗にはまってうかれているようだから、芝居をうてばポロリと喋ったりしないだろうか。
一つ試してみよう。
「お、俺を、嵌めただとっ……? もしや尖兵化のことも」
気弱な声色でアスメルテへと問いかける。
『そうだ。勝ち誇ったように煽ってきおって、全てわたしの策だというのに、愚かな背神者め。今更気付いても遅い。お前はここで、このわたしの手によって消滅するのだ!』
視界を埋め尽くしていた土煙が晴れ、一番欲しかった答えが届く。
そして、掲げる光剣から樹状に広がる雷の形状。
思ったより簡単に釣れたな……アホで助かる。
やつはルナマリアの中で確定だ。
なら遠慮はいらねえ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます