第42話 夜勤と勇者?
アリシアは軍勢へと駆けていく。
俺はその背後をゆっくりと歩む。
歩兵の背後から矢が無数に飛びだした。
空一面を大量の矢が覆う。
その軌道は駆けるアリシアへと集中している。
ヒュオオッと音をうならせ無数の矢が到達し、そして——すりぬける
一度見ただけなんだがな……。
天才としか言いようがない。
アリシアは矢雨が治ったのち一旦停止し、ゆっくりと歩みだした。
軍勢との距離は200メートルもない。
それを迎え撃つように軍勢の中央部が割れ、重装騎馬兵が現れる。
「かかれーっ!」
足並みを揃えての見事な突撃、一直線に並んだ騎馬たちが様々な角度で槍を構えた。
初手の一撃を避けられても、次の一撃は避けた先へ槍を出せば必ず当たる。
確殺を期した突撃。
先頭をゆく騎馬の槍がアリシアへと到達する——が、すり抜けた、二撃目も同じく。
以降に続く槍も全てすり抜けていく。
「旋回せよっ!」
隊長格と思われる騎士が叫ぶ。
不可解な現象に慌てず、取り囲むよう指示を飛ばす。騎士たちも即座に応え行動にうつる。
優秀だ。たった一人にも関わらず侮ることもなく全力で当たる。こいつら、英雄クラスとの交戦経験があるとみた。
アリシアを包囲した騎士たちは、ぐるぐるとアリシアの周りを駆ける。
「突撃!」
合図と共に包囲していた円の二箇所がほつれた。途切れたそこから騎馬がアリシアに向けて突撃してくる。
槍での二方向から突貫、離脱。馬鎧に取り付けられている突起も含めての攻撃だ。
同時攻撃ならば仕留められるとふんだか。
だが惜しかったな。
それは人間の英雄クラスへの対処法であって、人を超えた者には意味がない。
槍の穂先が同時に突き込まれ——
——アリシアはその二本を無造作に掴んだ。
槍がぐにゃりとたわみ、棒高跳び競技のように二人の騎士が馬上から浮き上がる。
アリシアが気軽な様子で槍を振り回す。
二人の騎士は遠心力に負けて槍から手を離した。
勢いは強く、砲弾さながらの空中横滑り。
当然、後続の騎馬へとぶち当たり、巻き込まれた騎士たちは次々と馬上から落下する。
「総員下馬せよっ! 隊列を組むぞっ!」
余裕を失った声色で隊長格が叫ぶ。
アリシアの人間砲弾攻撃で再起不能に追い込まれたのは十騎程度。まだまだ騎士は残っている。
手際よく下馬し、隊列を組む騎士たち。
盾と槍を構え、じりじりと動きアリシアを包囲していく。
「同時で突き込めっ!」
包囲陣から槍が全方向から突き込まれる。
さすがにこれはすり抜けられずアリシアは空中へと跳んだ。
「いまだ! 空中なら動けんっ! 串刺し——なっ!? なんだと!?」
だよな。驚くよな。
空中歩いてるんだもん。しかも、誰にも習わず、自力で習得したんだぜ、それ。やべえよな。
おっ。アリシアが走った。向かう先は後続の軍勢だな。
「追うぞ!」
騎士たちは慌てながら騎乗し始める。
さて、俺もやっと近くまで追いついた。
それにしてもこいつらの表情……。近くで見ると切羽詰まって、鬼気迫るものが滲み出ているな。
乱戦で取り付いて味方ごと背後から刺しそうな気迫だ。
家族でも人質に取られたか? どっちにしろ邪魔だな。
退場してもらうか。
——【縛縄】の魔法を発動させる。
俺の手から伸びた紐状に変化した魔力が騎士たちを捉えていく。
それから【
アイテムボックスを広げて回って馬上の氷塊を回収、回収ぅっと!
はい、誰も殺さず、死なずに秒で完了。でも馬が寂しそうなのはちょっとかわいそうかも。
「さて、どんな感じだ?」
前方を確認すると、兵士たちがアリシアへ殺到しては吹き飛ばされているのが見えた。
ゆっくりと前に進むアリシアを誰も止められない。
斬りかかっても、すり抜け。当たったと思っても武器を折られるか、掴まれて放り投げられ、砲弾とされてしまう。
そして、すれ違いざまに背中や肩を軽く突かれだけで、全身に衝撃が走り、立つことすらできずに再起不能に追い込まれる兵士たち。
まさに無双だな。
アリシアが前に進むたびに、呻いて倒れ伏す兵士たちが量産されていく。
兵士たちの心がバッキバキに折れた音が聞こえてきそうな光景だ。
このまま、トンクへ雪崩れ込むかを考え始める。
……が、その必要はなさそうだ。
城門から光の柱が立ち昇り、そこから光球が飛び出す。
——本命が来やがった。
「くはははははっ! アリシア・ウォーカー! 魔物に魂を売って強さを得たか! だが貴様の命はここで終わりだ! 神の使徒より勇者の力を授かった、このバルガス・アッシュの手によってなっ!」
光球の正体は、三対の光翼を背中から生やし、空中からアリシアを見下すバルガスだ
ゆっくりと下降してきたその顔は自信に満ち溢れている。
「ロンド皇国騎士団長バルガス。貴方はお父様とルード様を殺した。どんな理由があったとしても、わたしはそれを許せない。だから貴方を殺しにきた」
着地したバルガスに向けてアリシアは殺気を込めていった。
対するバルガスは整った顔を歪めて笑う。白目の部分が真っ赤に染まっていて、不気味だ。
「魔物に穢された女が何をいうかと思えば……。やはりお前のような者は勇者になる資格などはない。神のお告げ通り、わたしこそが勇者に相応しい。見ろっ! この力をっ!」
銀色のハーフプレートを纏うバルガスの背に生えた光翼から、光の粒子が噴出する。
リアも同じように背中から光翼を生やしていた。ただしリアは六対だったのでその違いはあるが、確かに勇者の力だ。
この状況、最初から奴らの企みだったということがはっきりとしたな。
神どもはアリシアを追放する理由があった。俺のところに来たのも偶然ではない。
ただ、その理由がわからない。
テラーキャッスルに追放すれば、俺がアリシアを保護することはわかっていたはず、そして尖兵を解除しようとすることも。
俺がどう動くかぐらい、奴らは予測出来たはず。
なにが目的だ?
「あとは貴様が死ねば、わたしは真の勇者となれる。神がそう仰ったのだから、間違いない。わたしは勇者となるべき人間、選ばれし者だ」
バルガスが腰の剣を抜いた。
「アリシア受け取れっ!」
俺はアイテムボックスからカイザーナックルを取り出しアリシアへと放り投げる。
後ろを見ずに軽く上げられた手へと、カイザーナックルが吸い込まれるように収まる。
「死ねえー!!」
バルガスは鋭い撃ち下ろしの斬撃を放つ。
「あなたがねっ!!」
アリシアはアッパーで迎え撃った。
カイザーナックルの突起とバルガスの剣がガチンとぶつかり火花を散らす。
アリシアの膝が下がる。
上からの有利があるといえど、レベル999を押し込む斬撃の重さ。
勇者の力を扱えてやがる……。
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