第41話 夜勤と皇都
「ふんっ、はぁっ!」
ドーマはその場で震脚を放ち、両手を鎌のように曲げ前に突き出し構えた。
対するアリシアは自然体のまま、棒立ちといっていい。
二人の距離は一歩踏み込めば、拳が当たる。
静かな時間が訪れた。
二人の、いや、ドーマのひゅうひゅうという呼吸音だけが薄く響く。
——無造作に踏み出したのはアリシア。
「ツォォォッッ!」
それを迎え撃つべく、気合いと共に繰り出されるドーマの突き。
それをアリシアはすり抜けた。
「グボァァッ……」
ドーマは口と腹から血を噴き出し、その場で膝をついた。
「お見事……」
ドーマはアリシアへ賞賛の言葉を贈った。
足下の血だまりが生命の終わりを告げている。
だが、そうはさせない。
「【
ドーマが一瞬で氷塊に覆われる。この魔法は、早い話しが冷凍保存魔法だな。
隷属刻印を刻んだものを殺すか、解除させるかして、傷を回復魔法で治してから魔法を解除するつもりだ。
アリシアは覚悟を決めてドーマへと拳を放ったが、彼女が殺す、はじめての人間はドーマじゃない。
それに、これ以上憎む理由が増えるとアリシアの心が魔に寄りすぎて魔人になっちまう。
魔人化すると外見が変わるのが常だしな。
もしそうなってしまったら……そんなこと、そんこと許せるわけないだろ。
俺の鎖骨だぞ。まったく。
「じゃあ、収納しちまおう。……思ったよりデケェな」
「……夜勤、先生はどうなったの」
「おお、死にかけだけど生きてるぜ。あとで隷属刻印消して、回復させてやろうと思ってよ。それまで俺が凍らせて保管しとくわ」
空間に開いたアイテムボックスに氷塊を押し込みつつアリシアに答える。
初めからこうしても良かったんだが、アリシアの技術向上にはドーマとの戦いはちょうど良かったしな。
「こ、凍らせて? ……ええっと、ありがとう」
「いや、アリシアが左で決めたからだぜ。右だったら即死だったろうからな。なんとなくわかってたろ?」
「そうね。夜勤が先生を助けてくれるまではわからなかったけど、この力のことは感じていたわ」
アリシアの右手に装着されたカイザーナックルが怪しく光った。
「そうか。……衛兵たちは逃げたようだし、ここにはもう用はない。トンクへ向かおう」
◆
ジーウで転移魔法を使用し、トンクが視認できる距離までやってきた。
にしても、見事な防御壁だな。
トンクが誇る、どこまでも続くかと思えるほどに延びる高さ十メートルの壁。
ロンド皇国の皇帝たちが築いてきた国の要だ。
「アリシア、どうするよ」
トンクを覆う壁を指差す。
「どうする? ああ……どうしようかしら」
そう、どうやって侵入するかだ。
「正面突破は、出来るけれど街に被害が出るのは嫌ね。かといって忍びこむのも。あの壁の上には衛兵が巡回しているし」
「街の人を巻き込むのは違うしな。その復讐はスマートじゃねぇ」
「それは同じ意見よ」
アリシアと二人、うんうん頭を悩ませるが、中々いい案が浮かばない。
飛行魔法で壁を飛び越えようにも、リアの結界に阻まれる。
……行商人に変装。うーん。女の行商人は目立つな。日焼けもしていないし怪しいことこの上ない。
出入りする商人の荷物に紛れるか? ちょうど城門の吊り橋が下りてきたしな。
「……商人の荷物に紛れるか」
「門番はとても真面目で優秀だから、すぐにバレそうだけど……」
「うーん、ダメか。……ん? おい、なんかいっぱい出てきたぞ」
城門から次々とまあ、途切れないなぁ。めっちゃ兵士が出てくるわ。
「たぶん、というか、俺たちを標的にしてるよな。アレ」
ジーウから通信魔道具で連絡したのか?
だとしても兵士の装備といい数といい、あまりにも揃い過ぎている。
事前に知っていないとできない対応だ。
……ほとんど分かっちゃいたが、背後に
「……皇国騎士団」
城門から溢れ出す兵士たちが左右に分かれ、そこから重装備をまとう騎馬の一団が一糸乱れぬ集団を維持し、俺たちへと駆けてきた。
見事な動きだ。真面目に訓練しているみたいだな。
騎馬だけで五百人ぐらいいるか? いや、まだ後ろからもゾロゾロ出てきている。
ちょっと数えてみるか。
「この塊で千人ぐらいとして、それが、一、二、……マジか。騎馬だけで二千、歩兵併せて全部で一万ぐらいいるぞ。どれだけ本気だよ」
「まるで戦に出るみたい……わたし一人に?」
「グゲゲゲゲッッ! 俺のことも入ってるかもなぁ、なんせ
「神……? 夜勤がダンジョンを追放された理由が神との規約違反だったわよね。騎士団長と関係があるの?」
「ほぼ確定だろうな。あっちはこの世界の神が味方についている。上の方から俺たちのことを監視して、対応を何かの方法で指示している筈だ。じゃなきゃこんなタイミングよく動けるはずがねぇ」
「神……と、戦う?」
「どうするアリシア? もしここで辞めても、俺は何も言わねえ。変わらずお前が死ぬまで見守るよ」
ここまで、神についてはアリシアへの説明をちゃんとはしてこなかった。
復讐心をそんなことで冷やすような真似もしたくなかったからだ。それにやつらが裏で糸を引いていると確定していなかったこともある。
ロンド皇国は神を信奉する国家だからな。やつらを崇めるための教会もたくさんあるし、何も知らずにただ善良なだけの人も多い。
アリシアはそんなところで育ったんだ。普通は神が敵だなんて受け入れられない。
全てを聞いた上で、いまのアリシアが辞める判断をしたとしても、それは構わない。
——アリシアが俺を見た。
「神はわたしを救いはしなかった。死の淵と微睡みの中で隣にいたのは骸骨だけ。……あら? でも良く考えたらその骸骨のせいで命懸けだったわね?」
「グゲゲゲゲッッ! 返す言葉がねぇな」
そんないい笑顔で言ってくれるじゃねぇか、アリシア。
骨がときめいちまうぜ。
「神なんてどうでもいいの。いまやるべきことは父様とルード様の仇を討つことだけよ。邪魔をするなら飛んでもらうわ」
アリシアはそういうと、俺にカイザーナックルを手渡してきた。
「預かっておいて」
「優しいなぁ、アリシア。令嬢の鏡だぜ」
「あの人たちの殆どは命令で動いているだけだから。手加減してあげないとダメでしょ。それに、そのカイザーナックルも騎士団長が見当たらない今は乗り気じゃないみたい」
ほぉ。怨念によってだが武具が意思をもち、それを使い手に伝えるか。怨みが晴れた後もまだ意思が残っていれば、伝説級の武具になる可能性が高いな。
「いってくるね」
「おお、本番前の前哨戦だからほどほどにな」
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