第40話 夜勤の自慢



「貴様らーッ! 何もの……! あ、アリシア・ウォーカー!? と、……スケルトン!? 集まれーっ!」


 女中の悲鳴に駆けつけた衛兵は、目を丸くして俺たちをみた後、声を張り上げた。


「死神ちゃんよー。うるさくなるまえに、終わらしてくれや」


『そうねー』


 死神ちゃんは俺の要請に応え、白いモヤを持つ手を地面に向けた。


『アリシアちゃーん。最後だから挨拶しておきなさい』


「……どうすればいいの」


『近くまできて、声をかけてあげればいいのよ』


 死神ちゃんに従い、アリシアは白いモヤの前に立った。


「ルード様……どうか安らかに」


 白いモヤへと語りかけるアリシア。


 俺からは表情は見えない。何を思っているのだろうか。


『それじゃあまたねーヴァイスとアリシアちゃん』


 死神ちゃんと白いモヤが底なし沼に沈んでいくように消えた。



「隊長ぅ! こっちです!」


「うおおああっ! 本当にアリシア・ウォーカーだっ! おいっ! アレを連れてこいっ!」


 最後の仕上げがまだあるのに、背後がうるさくなってきた。手早くすましちまおう。


「アリシア」


 声をかけつつ死神ちゃんが沈んでいった場所に残されていた真っ黒な泥を拾い上げる。


「カイザーナックルに、ちいとばかし細工するが構わんか?」


「いいけど、なにをするの?」


「この泥は、放っておくと悪さをするから浄化しなきゃならん。で、だ。その浄化というやつが普通の方法じゃダメでな」


 怨念を凝縮した泥。放っておくとあたり一面を腐らせたり、毒の沼に変えたり、魔物も引き寄せたりで厄介この上ない。


 しかもこれを綺麗にするには通常の浄化では無理だ。


 怨念の元となったものへぶつけることで、怨みを晴らさせるしかないという厄モノである。


 なのでカイザーナックルの先端のトゲに合体して貰おうかと思う。


「んーと、【形状変化】【固着】【硬化】」


 アリシアからカイザーナックルを受け取り、魔法を使って泥をトゲの周りへとはりつける。


 量が足りないので右手側だけだ。


「よしよし。いい感じだ。アリシア、装備してみてくれ……なに、呪われたりはしねぇよ。ほら」


 怪しげに俺を見るアリシアを安心させるため、新しくできた黒いトゲの部分を触りながらカイザーナックルを手渡す。


「……確かに。なんともない。けれど、静かな怒りが伝わってくるわ」

 

「仇にぶつけてやれば、そいつも消えるさ」


 それが、ルード君への弔いになる。


「仇……。騎士団長に——! 夜勤この気配っ! しかも知っている気配よ!」


「人間にしてはだいぶ強い気配だな……ここでか」


 話しの最中、膨れ上がるように現れた気配の方向に、二人揃って体を向ける。


「樽……?」


 アリシアが呟いたとおり、衛兵たちが樽を四人で支えて運んできている。


 ちょうど、人が一人はいるようなサイズだ。


「アリシア・ウォーカー! おまえは国家反逆罪の罪を犯し、ダンジョン追放となった! だがそれを破るのであれば、死あるのみ!」


 衛兵が喚きながら樽を手で叩く。支えていた四人はそれを合図として樽を放り投げた。


そして衛兵たちはその場から距離を取り俺たちから離れていく。


 地面に激突し樽が割れ、中から人が転がり出る。


「——ドーマ先生っ!」


 樽の中から現れたのは、東方の武術服を着た坊主頭の老人。


 アリシアに祈念流を教えた、祈念流師範、ドーマ・エイケイだ。モニター越しにその姿を覚えている。


「アリシア様……済まんが、ここで死ぬか、わしを殺してくれ」


 ドーマはそう言ってアリシアへと攻撃を仕掛けた。


 しかも指で目を抉りにきていて、殺意鬼高し。


「ドーマ先生、どういうことですか!」


 アリシアはバックステップで攻撃を避け、ドーマへと問いかける。


 おかしい。アリシアは直弟子にするほどの可愛がりようだったはず、それに元々はルード君の配下だったし味方の可能性が高いと踏んでいたが。


 この対応はいったい? それになぜここに? 


 アリシアが生きていたとして、此処を訪れることを予測してエイケイを配置した? 


 まるでこちらの動きをみているかのようだな。


 ……ど腐れどもの匂いがする。ならバルガスは既に、いや、もしや、はじめからか。


「これをみなされ」


 ドーマが左手の親指を立てて首元を指す。魔法文字が刻まれている。これは隷属の刻印だ。


 刻印の主人からの命令には逆らえない。


「弟子をほとんど、人質に取られましてな。奴隷にされたのです。まったく情けない。ルード様とアリシア様に受けた恩を仇で返すなど……今すぐ死んでしまいたいが、自殺はできぬようにされておりましてな」


 樽に入れられていたのは外部情報を遮断するためだろうか。それととも言っているので人質にならなかった弟子たちからの奪還を防ぐ隠蔽目的もあるだろう。


「……お覚悟を」


 ドーマは涙を流しながらそう呟くと、【瞬転】でアリシアとの距離を一瞬で詰め、そのまま拳の連撃を放った。


 アリシアはそれを手で払いながら防御し、拳で反撃。


 だが当たらない。両者、蹴りも交えての攻防が続く。


 強いな……。レベル差はかなりあるはずなのにアリシアが押されている。


 アリシアの遠慮もあるだろうが、それにしても強い。自分の攻撃を読ませない技術と相手の攻撃をいなす技術が高い次元で完成されている。


 アリシアが状況の打破を狙い、拳で弾幕を張った。


 が、ドーマは何事もないように前へ踏み出し、すり抜けてしまう。

 

 ドーマの掌底がアリシアの鳩尾へと滑り込む。


 アリシアは膝から崩れ落ちた。


「アリシア様。驚くほど強くなられた。常々、天才と思うておったが、それすらぬるい。こんな短期間でここまでとは、神がかっておられる。……今日を逃せば、わしは明日にはもう勝てんだろう。すまんが死んで頂く」


 ドーマはこちらをチラリとみた。敵か味方かわからない俺が割り込むか警戒しているようだが、甘いな。アリシアをみくびってやがる。


「はっ。安心しろよドーマ。俺はアリシアの味方だが闘いの邪魔はしねえ。それより、あまり舐めてもらっちゃ困るぜ。は、その程度でやられやしねえ」

 

 何回死線を潜ったと思ってんだ。


「——なにっ!」


 背後で膨れ上がった膨大な魔力にドーマは驚き、視線をアリシアへと戻す。


「先生。もう一度です」


 立ち上がり、ドーマを見つめるアリシアの瞳は澄んでいる。


 人間相手、しかも師匠なら仕方がないが、ようやく気持ちスイッチが入ったな


「ぐぬうっ! なんという回復力!」


 ドーマが唸る。


 次で決着だな。


 


 


 


 


 


 




 











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