第24話 夜勤の賭博


 リング中央が見下ろせる、闘技場貴賓室は贅沢な造りだ。


 広々とした部屋に黒樫の机と革張りのリクライニングチェアーがそれぞれ四つ。床には足が埋もれるほど柔らかな絨毯。


 要望を出せば食事も作って持ってきてくれる。


 闘技場を見下ろす方向は壁がなく、全面ガラス張りという凄まじい豪華さ。


 貴賓室は闘技場最高層の円周に設置され、こことは別にあと二十室。さらには各部屋専属の世話人が用意されている。


 大体がどこぞの国の王子様とか、世界を股にかける豪商みたいなのが使う部屋だ。


 部屋の使用料金はウルトラ強気な価格設定だが、いつきても大体埋まっている。


 ちなみに、例のアホどもを信奉している国の奴らはここには来ない。


 奴らの中にはロンド皇国も含まれている。


 さて、そんな部屋を気軽に俺たちは使っているが、それには訳がある。

 

 闘技場ランキング十位以内は無料で使用できるのだ。


 つまり、ジョーは闘技場ランカーということだな。

 

「そろそろ、第六試合がはじまるぜ夜勤の大将。俺のおすすめのは赤だ。配当は悪いが今日の相手とは二勝一敗で勝ち越しているからな」


 そのジョーから買い目のアドバイスだ。


「うーん。じゃあ赤に一万メル」


「らしくねえな。いつもならもっと張ってくんのに?」


「まあ最初は様子見だ」


 黒檀のテーブル上にある、投票用紙に赤と記載しその上に一万メル金貨を一枚おく。


 すると投票用紙が淡い光を放ち、金貨と共にその場から消えさった。


「ねえ、何をしているの?」


 アリシアには貴賓室に備えられたモニター画面で過去のを見てもらっていたが、俺たちの会話に興味を惹かれたのか、こちらを覗き込んできた。


「まだ見終わってないだろう? ちゃんと見てくれよ?」


「大体は見たわ。それに気になるわよ、横でなんだかうるさくされたら」


「ん? これか? こりゃあれだ。大人の嗜み、賭博ってやつよ」


「……」


 ……おお、アリシアよ。いくら俺が賭博骸骨だからって、そんな、ゴミをみるような目でみないでおくれよ。


 ちょっとドキドキしちまう。


「やってみりゃおもしれーんだがな」


 苦笑まじりにジョーがフォローを入れる。


「賭け事なんて何が楽しいの?」


「それはやってみなきゃわからんよ、お嬢さん。おっ、始まったぞ」

 

 ジョーの言葉に促され、三人でガラスの前に並ぶ。眼下には闘技場の円形リングが広がっている。


『いけ、おらー! クロムっ! クロムっ!』


『今日の勝ち分全部行ったぞ! 頼むぞ、ザザっ!』 


 観客の声が眼下よりガラス越しに響く。


「常時発動スキルのデバフやらは魔道具で封じているから、ほぼ持ってる技倆だけの戦いになるはずだ」


 ジョーが対戦情報を補足する。


 クロムと呼ばれた槍を持った人間と、ザザと呼ばれた素手の猫獣人が、ジョーの言葉を合図にしたかのように中央に進みでた。


 近づく二人——


 ——やや遠い間合いで、クロムは手元の槍をしごき、蛇のような唸りを槍に持たせ、ザザへと突き込む。


 まるで光が尾を引くような刺突。しかしザザは半身でそれを避けながら踏み込み、間合いを詰める。


 お返しとばかりに右拳のストレートを顔面へ。クロムはバックステップで距離を取り避ける。


「……強い」


「わかるか?」


 ジョーは感心したようにアリシアへと問いかけた。

 

「ええ、今ならわかる。わたしよりも少しだけど強い」


 リングを見下ろし、引き締まった表情でアリシアは答えた。


「それで赤とか青ってのはよ、クロムが青側でザザが赤側になるんだが、これをどっちが勝つのか予想するんだよ。で、大将は赤に一万メル。今日の配当は悪いが、それでも当たりゃ三倍だ。」


「三万メル……」


「いや、当たったら手数料と選手の賞金に少し取られるからな……そろそろ決着がつくぞ」


 アリシアとジョーが話す間にも、世の中のレベルでいうと英雄クラスである二人の全力激突は続いており、決着はもうすぐだ。


 ザザが前傾姿勢のままクロムへ突っ込む。それに応じて振り下ろされる槍の穂先。


 だがそれはザザの読み通り。


 鼻先を掠める斬撃。しかし当たらなければ意味はない。


 クロムは槍をそこから動かそうと手首を返すが、ザザは既に懐にまで潜り込んでいる。


 クロムのみぞおちあたりに添えられたザザの手がブレた。


『赤っ!! ザザ選手の勝利ですっ!!』


 クロムが膝から崩れ落ち、決着。


 地響きのような歓声が闘技場を揺らす。


「おっしゃああああっ! 二万四千頂きぃ!」


 ちょっと置きにいった賭け方はどうかと思ったが、結果良ければ全てよし。


 テーブルが光を放つと、配当金と次の投票用紙が現れた。


「……その金貨、ロンド皇国発行の刻印だけどみたことないわね?」


「だいぶ昔のやつだけど、金の含有率が良くて今でも問題なく使えるんだ。これはヴィルヘルミナが寄付してくれたやつで、他の時代のもあるぜ」


「……ねえ、そのヴィルヘルミナって名前なんだけど」


『受付可能時間となりましたので、入れ替え戦希望の方は闘技場受付まで、貴賓室からは直接登録が可能です——』

 

「おっ。これこれ」


 アリシアが俺へと質問しようとしたタイミングで、魔導マイクを用いた場内放送が流れた。


 今日の俺の目的はそもそもこれだ。


 テーブルをコツコツと二回指で叩くと、再び光が放たれ、投票用紙とは違う紙が現れた。


「名前はアリシア・ウォーカー、年齢は十九歳と。流派は祈念流……だよな?」


 もはや流派にない技が決め技だけど、祈念流でいいだろうか。


「そうよ。最近はほとんどわたしの自己流みたいな感じになりつつあるけど、わたしは祈念流のつもり……何を書いているの?」


「性別は女、レベルは599と。入れ替え戦希望に丸っと」

 

 書き損じは……ないな。


 テーブルの上に申込用紙を置く。すると、間髪いれず光を放つテーブル。申込用紙は跡形もなく消えている。


 十秒待っても動きはない。と、いうことは。


「無事登録完了ぅ!」


「何を完了したのよ」


「入れ替え戦の申し込みだけど?」


「なんで知らないの? みたいな感じで言わないでくれるかしら。殴りたくなる」

 

「大将ふざけすぎだって……おおっ! 運がいいな! 当日中に試合成立したぞっ!」


「えっ? ほんと? 一日ぐらいはかかると思ってたんだが」


 ジョーは興奮ぎみに全面のガラス窓を指差した。


 ガラス窓が割れることなく蠢き出す。


 すると人が通れる程度の穴が空き、その先には階段が現れた。


 階段はリングの外周部に続いている。


 ちょうど対面の貴賓室からも同じような階段がリング外周へと。


「アリシア。まさか当日に決まると思わなかったが、キャンセルは出来ねえルールだから頼むぜ。それと俺はアリシアに全賭するからよ」


「え?」


 アリシアは真顔で短く声を出した。


「俺も全掛けにのる。相手は下位ランク筆頭だ。勝てばその地位は嬢ちゃんのものになるから張り切っていこうや」


「は?」


 アリシアはこめかみをひくつかせている。


「さっきアリシアが見ていた映像の二刀流剣士が相手だからな。攻撃パターンは覚えたろ?」


「……」


 アリシアはプルプルと震えている。


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