第23話 夜勤と地下七階

 テラーキャッスル 地下七階 


 地下七階【求道】闘技場入口へと転移し、アリシアと二人、石造りの円形闘技場を眺めている。


 魔導ランプの街灯が照らしてはいるが辺りは仄暗い。


 ここは常に夜でいつもこうだ。


 一キロ程度の石畳の円形エリアに直径百メートル程度の闘技場が鎮座していて、その高さは二十メートルほど。


 闘技場からは放射状に、二階建てや三階建ての宿屋や食事の取れる飲み屋がまばらに連なっている。


「夜勤。わたしは次に何と戦うの?」


 アリシアが普段よりも気の抜けた態度で俺に問いかけた。


 治癒槽から出てからというもの随分と機嫌が良さげだ。


「そうだな、次はこの闘技場で戦うんだが、ちとここは特殊でな。色々と手続きしてから戦うことになる」


「今回はいきなりじゃないだけましね」


「おお、準備してもらうこともあるしな」


 ……そうだ、手続きやら準備のついでに少し遊んでいこうかな。ここの所、真面目に働きすぎてるから一息入れよう。


「迷宮にこんなものがあるなんて、確かに特殊だけれど……ところで、一つ聞いていいかしら? あの卑猥な服、いえ、薄い布を着て、頭に獣の耳をつけた人たちは人間よね?」


 闘技場の入口から少し奥にみえる、開けた場所を歩くもの達をアリシアは指さした。


「ん? おお。人間だぜ。九階村の姉ちゃんたちが出稼ぎにきてんだよ。ここの闘技場は金を賭けて遊べるからよ。金持ってる奴が来るんだ。それ目当てで宿やら、飲み食いできる店を出してて、そっから料理をここに運んでくんだよ」


「迷宮に賭けにくる? 九階村? お金を?」


「おおよ。いろんな国にここに来るための転送魔法陣があって、それ使ってくるんだわ。あと、地下九階は村だぜ。アリシアは貴族だから入れねぇけど」


「……」


 アリシアは頭に手を当てて下を向いた。


 どしたん? 頭、痛い? ちょっと待ってろよ、確かアイテムボックスに……んと、これこれ。


「飲めよ。頭痛に効く丸薬だ。水無しで飲めてすぐに効くぜ」


「……ありがとう」


 おや? なんだか縮まったと思った、アリシアとの距離がまた遠くなったような? 


 まあ、ちょっとツンとしてる方が俺は好きだから、別に構わんけど。


『うぉぉぉぉ!! またチャンピオンが勝ったぞ!』


 なんだか不機嫌な顔をしたアリシアを眺めていたら、闘技場の奥から怒号と歓声が響いた。


「なにがあったの?!」


「問題ない。聞こえてきた通りだ。今日もチャンピオンが勝ったのさ。首なしの女王、ヴィルヘルミナ・ロンガルディアが」


 アリシアは両手で頭を押さえた。


 おかしいな。チャンピオンの強さを伝えられるよう渋く決めただけなのに。もう一粒飲む?


「いま、ロ、ロン、ロンガルディアとかいわなかった……? ロンドの皇族しか名乗らない……それに首なしの女王って、まさか実在しないわよね?」


「いんや。いったが? ヴィルヘルミナ・ロンガルディア。地下闘技場チャンピオン。アリシアのここでの最終目標だな」


「すぅー」


 なんか変な呼吸してんな、アリシア。まあ、いいや。とりあえず今日のオッズを見に行こう。


「アリシア、ちょっと奥いくぞ」


「えっ、あっ、あっ、ちょっ」


 アリシアはなんだか焦った顔で口をパクパクさせて俺に続く。


 途中、何人か金持ちそうな奴とすれ違うが、だれも俺に驚いたりはしない。


 賭けにやってくる金持ちは、俺たち魔物がここでは襲いかかってこないことを知っているからだ。


 誰に止められることもなく闘技場の中を進んでいくと、大きな掲示板があるエリアへと辿り着いた。


「今季のレートはレベル600まで……好都合だ」


「おう、夜勤の大将。今日はエーの野郎じゃなくて、えらく可愛い姉ちゃん連れてるじゃねえか」


 掲示板に張り紙された今季の闘技場対戦ルールとオッズを確認していると、馴染みの声が聞こえたので振り返る。


「久しぶりだな、ジョー」


 狼の獣人種で名前はジョー・ファング。ここに来たときはいつもつるむやつだ。


 見た目は全身毛皮で二足歩行の魔獣にしか見えないが、陽気な気のいい野郎だ。


 冒険者として外の情報を仕入れてくれる協力者でもある。


「ああ、いつぶりだよ。最近顔を出さないから、つまんなかったぜ。で? エーじゃない、そちらのお連れさんは?」


 A氏は俺以外には単にエーと呼ばれている。発音一緒だしどっちでもいいとは思うけど。


「おお、聞いて驚け。彼女はアリシア・ウォーカー。ロンド皇国の公爵令嬢で、いま俺が預かってんだ」


 俺の言葉にジョーが目を丸くした。


「……おいおいおいおい、外じゃえらい騒ぎになってる案件だぞそりゃ」


「えっ、うそ。どんな騒ぎだ、そりゃ」


 うーん。『貴族の誇り』のアホども、なんかしくじったか? ちゃんと遺留品をプレゼントしてやったのに。


 外部モニターのチェックがここの所甘かったから何かあったのか?


「いや、死体でいいからってロンド皇国が探しててよ、たしか懸賞金が四億メルだったか。つい三日ほど前ぐらいかに布告があったみたいでよ」


「四億メル……あ、アホだな」


 十メルありゃ三日は暮らせる。それを死体でいいから四億って……。


 アリシアが確実に死んだかだけを確認するために用意する額じゃねえ。


「おう、どうもあそこは新しく皇帝になったのが、とんでもねえみたいだな」


「ほお、皇帝が決まったのか。どっちだ? 一番か二番か?」


「二番だ。一番は支持していた連中も皆殺しだ」


 第一皇子じゃなく第二のほうか……。騎士団は第二皇子とは仲が悪いという噂があったから、てっきり第一皇子がアリシアの敵だと考えていたんだが。


「まあ、そんなわけで外に出るなら気をつけろってことだお嬢さん」


「ど、どうも……あの、その……襲ってきたりはしないの……?」

 

「襲う……? 誰をだ? ——! おいー、夜勤の大将よ、アンタ面倒くさいからってちゃんと説明してねぇな?」


「おうよ」


「ぐげげげげっっ、腹が痛え。さすが大将」


 ジョーはむせながら笑った。


 ……四億の懸賞金と聞いたあたりからアリシアが緊張し始めたから、何かと思ったが、そういうことな。


「心配すんな、アリシア。テラーキャッスルにいる間は、しょうもない話で戦うことになんてならねえからよ。四億で俺と揉めるアホはここにはいねえしな」


「……わ、わかった」


「さあ、そんなことより賭けようや。ジョーよ、買い目を教えてくれ」

 

「いいぜ! 貴賓室で酒飲みながらじっくりいこうぜ」

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