第26話 夜勤とヴィルヘルミナ


「あの姿、勇者を思い出すな……」


 アリシアとベルートの戦いを見ながらヴィルヘルミナが呟いた。


「子孫だ」


「……なるほど」


 ヴィルヘルミナは古くからの知り合いなので、それだけ言えば殆どのことは察してくれたようだが、ついでに興奮もしているようだ。


 背後から聞こえる液体の噴出音、そして砂地の地面からパタパタと鳴る音がそれを表している。


 相変わらず、目に悪そうなリアクションだ。


 怖いって。


「それにしても、無茶が過ぎる。ベルートは万年とはいえ、下位筆頭。見たところ彼女は力を制御できていない。それで勝てるほど甘くもないのでは?」


「俺たち不死の存在は、すぐに定命の力を侮ってしまう。ベルートだってそうだ。あいつも人間のままでいれば今頃上位だったのによ」


 ベルートは元々、人間だ。だが強さを得るため吸血種の眷族となった。


 確かに強くなっただろう、下位筆頭にまではなれたのだから。


「それについては耳が痛いな。確かに不死になると爆発的な成長は見込めなくなる。精神性の変化が原因だが」


「だろう? その点、定命は違う。いや、アリシアは違う」


 リング中央から金属がぶつかりあう甲高い音が連続してなっている。


 待ちの姿勢だったベルートが攻勢に転じ、アリシアへと致死の斬撃を送り込んでいるのだ。


 しかし、アリシアはカイザーナックルで剣を迎え撃っている。そして斬撃の終わりを狙ってカウンター。ベルートはそれを避け、仕切り直しに距離をとる。


 そのタイミングで血の噴出音が響く。


「もう見切りはじめている……」


 噴出音はヴィルヘルミナの首の断面から。


 ……いや、興奮するのはいいんだけどさ、アリシアが斬られたかと思ってビビったじゃねえか。


 やめてくれよ、ほんと。音が怖いんだって。


 ブシャァァー、バタタッッ、ボチョッッとかさ。


 マジで勘弁。

 

 それに……きっといま小脇に抱えた頭の表情はあまりお見せしちゃいかん類の表情だぞ……たぶん。


「レベルを合わせるならどこにされるつもりなのだ!?」


「800ぐらいで……出来ればだけど」


「800だな! 早くしようっ! いつだ?!」


「落ち着いてくれって、仕込みは出来ているが、もう一回戦わなきゃ799にならねえからよ」


 いやだよー。俺の背中に、断面押し付けてこないでくれよー。


「ならばこの次、すぐにもう一度戦えば良い! 今季のルールも700に今すぐ変更するからっ!」


 レベル制限は戦いを単純化させない為のスパイス。レベル600でないと使えない技を500に抑えて使えなくする。


 ならばアイツの方が強いんじゃないか? いや、そんなことはない! という、観客の予想を膨らませ、楽しませる為の大事な部分だ。


 地下七階【求道】闘技場の管理者として、客離れが起きかねない、急なレギュレーション変更はヴィルヘルミナにとって良くないはずだが、アリシアの才能をみて、戦いへの欲求が止められないようだ。


「わかったから、落ち着けって。アリシアは生身の人間だから、この次はレベル適応の休息がいるんだからよ」


「……ふぅー。そうだな。そうだった。済まない夜勤殿。彼女の戦いがあまりに素敵で取り乱したよ」


 でしょうね。俺の白骨が見事に血塗れだもの。


 しかもちょっと、熱くてトロっとしてるのなんでなん。


 大事な何かを汚された気分なんだが。


「頼むよほんと……! おっ、遊んでいるうちに、そろそろ決まるぞこりゃ」


 俺がヴィルヘルミナに凌辱されている間にも、アリシアはベルートの剣筋に慣れ、ついには見切りをつけたようだ。


 豪雨のように降り注ぐ斬撃に、カイザーナックルを合わせることもなく、最小限の体さばきですり抜けていく。


 ベルートも当初の殺気は消え失せ、笑みを浮かべている。


 アリシアの異常ともいえる成長、そのきっかけとなれたことに武人としての喜びを感じているのだろうか。


「小娘。貴様を舐めていた。謝罪しよう」


「受け入れるわ」


 間合いを切り、リング中央で対峙した二人は、言葉を交わすと互いに力を溜め出した。


 静かながらも力強い魔力が、二人からゆらゆらと立ち昇る。


 ベルートは二刀をだらりと下げ前傾姿勢。アリシアは自然体だ。体に強張りは見られない。


 おそらくは後の先、カウンター狙い。


 ベルートの剣筋を見切ったゆえの選択だろう。


 だが、ベルートとてそんなことは分かっている。

見せたことのない剣筋、技をここで披露するつもりだ。


 ベルートにはそれぐらいの引き出しはある。


 あくまでも【闘技場】で登り詰めることができないだけで、外の世界では英雄と呼ばれるクラスなのだから。


 しかし。それはきっと通用しない。


 それは、実際に戦っているベルートが一番よく知っているはずだ。


 アリシア・ウォーカーという人間の天賦を。


 ……さあ、もう決着だ。


 ベルートのこめかみから汗が伝い、顎先から一粒、地面へと溢れる。


 それが合図。


 空気を弾いた炸裂音を背に、ベルートがアリシアのとの距離を【瞬動】で詰める。


 マスターほどの速さと精度はないが、それでも今までの動きとは段違いの速さだ。


 目が慣れてないと、先ずは捉えることが難しい。


「目を閉じているっ!」


 ヴィルヘルミナが驚愕の声を上げる。


 言葉通り、アリシアが視界を捨て、他の感覚頼りとしたことにだ。


 視覚から得られる情報は非常に多い。ましてや戦いであればなおさら。


 だがアリシアはそれは不要とした。


 いや、読み切っていたのか。ベルートは最後に、これまでとは違う速度のみを重視した攻撃で決めにくると。


 左右に握られた剣が交差する軌道で振り下ろされる。


 ……アリシアは半歩下がり、固めた右拳をアッパー気味に放った。


 狙った先はベルートが振り下ろす、左右の剣が交差する位置。


 キィィンと澄んだ音はアリシアの勝利を告げる音に思えた。


「お前の勝ちだ、小娘」


 ベルートは剣を砕かれたうえ、全力の振り下ろしから体勢を戻せず隙だらけ。


 だが、それにもかかわらず笑ってそういった。


 ——アリシアが放った、返しの左拳が笑うベルートの顔面をえぐる。


『勝者! アリシア・ウォーカーッッー!!』


 




 

 












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