第2話 夜勤の娯楽

【テラーキャッスル】地下十一階


 さて、夜が明け巡回を終えた俺は、転移魔法を使って地下十一階にきた。ここはいわゆる隠し階層というやつだ。


 通常の方法では来ることはできず転移魔法でのみ来ることが出来る。


 そこまで広いエリアじゃない。広さでいうなら市民球場程度で、十メートル四方区切りのマス目のような部屋が続いている。


 各部屋にはドアはなく、人が通れる四角い穴が空いているだけ。


 ここはダンジョンの制御を担うエリア。


 そして、その一区画にたどり着いた俺は、ロッキンチェアーをアイテムボックス空間収納魔法から取り出すと背中を預け、軽く揺らす。


 俺に課せられた仕事は夜間巡回と地下九階の村人確保。あとの昼間はダンジョンの監視。


 だが、はっきりいってこの昼間は俺の休憩時間といっていい。


 なぜなら監視するやつが他にいるからだ。


「ぢゅっ! ぢゅちゅーぢゅぢゅ!」

(てめぇ夜勤! この野郎! サボってんじゃねぇっ!)


 可愛らしい鳴き声をあげるのはラットマンのA氏。そのフォルムは地球でいうところのカピバラ。何から何までカピバラ。服を着ていないところまでカピバラ。


 違うのは手先が器用で二足歩行が得意、鳴き声がネズミっぽい、といったところだろうか。


 喋ったりはできないが、彼とは長い付き合いなので、鳴き声のニュアンスで言いたいことはだいたいわかる。


 今のは『おつかれ、夜勤。ゆっくりしていけよ』に違いない。


「いつもありがとう助かるよ」


「ぢゅー……ぢゅー」

(早く死なねぇかな、こいつ……)


 ……A氏はラットマンの中でも特に口が悪い。まあ、A氏が仕事中なのにふざける俺が悪いんだが。


 さて、この階層の各部屋にはラットマンが配置されていて、姉ちゃんが作った、魔導モニターカメラ付きの制御装置でダンジョンの監視と保守を担当している。


 壊れた壁や水はけが悪い場所があれば直し、自然発生した魔物の数が増えすぎれば調整と、業務は多岐に渡る。


 全く頭が下がる思いです、まる。


 といったところで、さっそく俺のお楽しみを始めるとしよう。


 ダンジョン用じゃなくて外の世界を見るため専用の魔導カメラモニター装置を起動。見た目は地球にあった液晶テレビだ。


 これを私用で使えるのは村人ノルマをクリアした時だけなので、めっちゃ貴重である。


 ノルマを達成しなくても使えないことはないけど、あんまり使うと魔力消費しすぎて後から姉ちゃんに怒られるんだよな。


「今日の様子はどうかな〜」


 魔導カメラモニターの前面にある、コンソールについたツマミを右にひとひねり。


 モニターに表示されたのは、テラーキャッスルからやや離れた場所にある【ロンド皇国】の皇都【トンク】にある、上級貴族が居を構えるエリアだ。


 さらにつまみをひとひねりすると、画面がズームされていく。


「いたいた。アリシアちゃ〜ん」


 薄水色の髪色と眼色。顔立ちは可愛いと綺麗を融合させたパーフェクトフォルム。


 主張しすぎない胸部装甲と美しい鎖骨。マジで綺麗。ふぅ、俺の骨の深いところに響いてくるぜ。


「相変わらず最高やで」


 アリシア・ウォーカー公爵令嬢。俺は彼女が産まれた時から知っている。


 もとはといえば、勇者だったリア・ウォーカーから頼まれことだ。『わたしの子孫が無事か見守ってくれ』って。


 ……勇者かぁ。可愛かったよなぁ。俺、ほんと好きだったし、向こうもまんざらじゃない感じあったし。


 ……だけど、男女の仲まであと一歩のところで、横からパーティーの戦士がかっさらっていったんだよなぁ。


「ぢゅっ!!! ぢゅ! ぢゅぢゅ!!!」

(漏れてんだよっ! この魔力バカ! 計器が壊れるから落ち着け、このクソ骸骨!)

 

 あんときは闇堕ちしないように仙人みたいな修行しまくったなあ。まあ、いま骸骨の魔物なんで闇堕ちもクソもないけど。


「ぢゅおらー!!」

(正気に戻れっ! アホがっ!)


 なに? A氏、ちょっとうるさいんよ。魔力? ああ、ごめん、ごめん。


 ともかくアリシア・ウォーカー公爵令嬢とその妹、ルナマリアは俺が見守る対象だ。


 いまの家族構成は、アリシア十八歳。父ベンジャミン四十八歳、妹ルナマリアちゃん五歳で、母アリスはルナマリアちゃんを産んですぐに他界。


 婚約者は十六歳のロンド皇国第三皇子ルード・ロンガルディア君。鬼イケメン。


 来月挙式予定……ルード君なら俺も諦めようと思えるくらいに心もイケメン。


 ああやだ、モヤモヤしちゃう。とりあえずいまはアリシアを見ていよう。


 彼女は現在、日課である拳法の訓練中だ。


 本来、勇者の末裔であるウォーカー家では、剣術と聖属性魔法の習得が望まれる。だが、残念ながら彼女は聖属性の魔法は使えても、剣の才能はなかった。


 しかし代わりに拳法の才能に恵まれ【祈念流】という昔からある流派を習っている。


 かなりの才能のようで、流派のトップが直弟子にし、わざわざ教えに来るほどだ。


 勝ち気な彼女はこの攻撃主体の拳法を気に入っている。


 汗を流し溌剌と笑う、いつもと変わらぬ横顔がモニターに映った。


 ほんと、勇者に似てるんだよな。声もそうだが、貴族らしい言葉で喋るのが苦手なとことかも、よく似て……ん? 


 なんか、鎧を着込んだ騎士がなだれ込んできたぞ。


 おいおいおいおい、ちょっとまて。どうしてアリシアを捕えるんだお前らっ!

 

 何だこれ。それとこの鎧に刻まれた剣の紋章は、皇国騎士団? 


「A氏っ! 音声だしてくれっ!」


「ぢゅー」

(あいよ。あとで飯奢れよ)


『アリシア・ウォーカー! 貴様には国家転覆罪の疑いがあるっ! 大人しく罰を受けろっ!』


 隊長格らしき金髪の優男がアリシアへ書状を広げて突きつける。


 いやいや疑いなら、まずはせめて証拠の提示とかをしてから捕らえて、ほんでそっから裁判だろ。いきなり罰を受けろとか。


 ロンド皇国にも一応裁判制度あるんだけどな? 

まるっと無視してすっ飛ばす理由はなんだ?


『団長。ウォーカー公爵はどうすれば』


 下っ端らしき騎士が金髪に指示を乞う。


 金髪は騎士団長だったか。


『公爵は御自分の罪を償うため、自死された。骸の横にある遺書がその証拠となるだろう』


 騎士によって、はがいじめにされているアリシアの目が見開いた。


 モニターを操作しベンジャミンの自室を覗く。

 ……倒れ伏す白髪の男性はベンジャミンだ。既に事切れている。


 この状況……考えられるのは皇位継承争いか。なら、裁判もクソもないな。


 ロンド皇国は前皇帝が死にかけで、きな臭い雰囲気だったが、ここまで事態が動くのは予想していなかった。


 ルナマリアはどうなっているだろうか。モニターのつまみを操作する。

 

 こちらは公爵邸の自室内にメイドと一緒に軟禁されているようだ。ひとまずは無事か。


 人間の国のことに手を出すのは、このダンジョンに属するものには御法度だ。そう規約されている。俺にできるのは見守るだけ……。


 しかし、リアと約束した見守り対象(ベンジャミンは残念ながら、他の公爵家からの婿養子なので対象外)である、アリシアとルナマリアの生命に危機が訪れるなら、ダンジョンの規約を破るのも仕方ないとも俺は考えている。

 

 そうだ、ルード君の方はどうなった? 


「A氏、モニター追加してくれ」


「ぢゅー!」

(なんだかきな臭ぇな! おらよ!)


 A氏が別の部屋から持ってきたモニターを確……わー(棒読み)


 ちょっとこれは……。モニター見てらんないわ。


 ルード君……こっちの世界は天国なんてないから、せめて知り合いの死神に連絡入れて、輪廻に還れるようにお願いするよ。


 俺、ちゃんと死神にお願いするから。怨みに負けてアンデット化しないように我慢するんだぞ。


 アリシアが映るモニターに視線を移す。騎士たちの様子からして、今すぐに殺されたりはなさそうだが、ここからどうなる? 


 思案していると、騎士団長が話し始めた。


『叛逆者アリシア・ウォーカー、貴様はその罪を償うため、テラーキャッスルへ追放となるだろう』


 ……え? 俺ん家くんの?




 

 


 










 

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