第3話 夜勤の企み


「ぢゅーい、ぢゅっ! ぢゅあ!」

(夜勤よ。どうすんだ? いっとくけど貴族は地下九階には入れないぜ)


 モニターを眺めながらA氏が鳴く。


「A氏、そりゃ、俺だってわかってるよ」


 テラーキャッスル地下九階はこの世界の人間にとって楽園に等しい。病気をすれば治療を受けられるし、外敵も居ない。食いものも充分ある。


 仕事をしたいやつにはそれを用意してる。

 

 希望すれば出ることだって出来るが、誰も出たがらない。


 そんな楽園である地下九階の唯一のルール。


 それは貴族とそれに類するものは入れないというルールだ。入れるのは村人限定。


 貴族嫌いの姉ちゃん《ダンマス》が決めた絶対ルールは流石に破れない。


 アリシアはロンド皇国から追放され、ここ、【テラーキャッスル】にくるという。


 彼女は多少戦闘能力があるが、地下一階に侵入して生きていられる時間は、多く見積もってもせいぜい二十分。


 ダンジョンで生き残るためには地下九階への移動は必須だが、貴族なのでルール違反。


「ぢゅあ、ぢゅーちゅーぢゅ」

(頼むから、外界に干渉すんなよ。ダンマスが黙っちゃいねえぜ)


「わかってるよ」


 やはり最悪の場合、俺が出張ってロンド皇国のアリシアをはめた奴らを締め上げるしかないか。


 ……姉ちゃんと、あとあともめそうだが、リアとの約束を守れないほうが嫌だ。


「ぢゅー……」

(絶対わかってねぇぜ、この骸骨。低レベルの魔物の方がまだ物わかりいいって、どういうことだよ。マジで、ダンマスに配置換え頼もうかな……)


 A氏のぼやきがやけに耳に残った。

 ……低レベル、魔物——


「——! それだよっ! さすがA氏!」


 思いついてしまったぞ!





 ロンド皇国の皇位継承争い事案から七日。日課であるダンジョン巡回を終えた俺は、地下十一階で魔導モニターを眺めている。


 モニターに映るのは馬車で運ばれるアリシアだ。


 テラーキャッスルはもう目の前。


『まったく、わざわざこんなところに追放する必要があったのかね?』

 

『さあな? 王族の考えることはよく分からん。そんなこと気にするより、俺ら下っ端は命令通りはいはい言ってりゃいいんだよ』


『でもよ、テラーキャッスルだぜ? Aランク以上の冒険者で、ようやく生還出来るかどうかの地獄に、わざわざ送り込む手間がよくわかんねえ。死刑にする方がよっぽど楽だろう?』


 アリシアを移送している騎士たちの会話だ。

 疑問は最もだとは思うが、事情があるんだよな。

 一番の理由は勇者の血筋。


 ロンド皇国の中でも、勇者の血筋ウォーカー家は特別な意味を持つ。


 なぜなら、皇国全土を守護する結界はかつての勇者、リア・ウォーカーが生命と引き換えに施したもので、その血筋のものを皇国側が殺したりすると結界は消えると伝承されているからだ。


 アリシアの父ちゃんは入婿だから問答無用で殺されちまったけど、五歳の妹ちゃんは生かされている。


 直接に殺さない理由はこれで間違いないだろう。


 あとはアリシアは少しばかり魔法が使え、格闘戦闘もできるというのが問題か。


 普通のダンジョンだと素手で魔物を倒し、レベルアップして生き残る可能性がある。


 ロンド皇国内で間違いなくアリシアを確殺出来るダンジョンといやあ、ここ【テラーキャッスル】


 ……モニターに見知った場所が映りはじめた。


 ——着いたな。


 薄っぺらい貫頭衣で両手両足を縛られた上に、目隠しされて簀巻きのアリシアが馬車から乱暴に降ろされる。


 移送役の二人は、簀巻きのアリシアを担いで地下一階へと続く階段を降りていく。


 移送役の騎士は二人。それほど強くもないな。準備した作戦通りでいいだろう。


 


『地下一階。これで任務は終わりだ……おい、どうする?』


 地下一階【岩肌の洞窟】の入口に下っ端騎士たちが到着した。


『そうだな……ここはまだ安全地帯で人目もないし、少し楽しませてもらうか。お前から先で良いぞ』


『へへ、じゃあ遠慮なく』


 ……にやけた面してズボン脱ぎ出しやがって。


 予想どおり過ぎて腹痛いわ。


 と、いうわけで手筈通りに、魔法発動。


『あぎゃあああああっ!』


 地下一階の魔物であるオーガくんが移送役の騎士たちの後ろに出現する。


 俺が魔法でオーガくんを転移させたのだ。


 ズボンを脱いでいたやつが、股間剥き出しのままオーガくんにまたぐらを握られ、持ち上げらる。


 地下一階に響く絶叫と悲鳴。


 いいねぇ。いい仕事するじゃないかオーガくん! 鼻息あらくて大変結構。昨日約束した、【魔物ならみんな大好き熊肉ジャーキー】の買収効果は抜群だな。


「ぢゅ、ぢゅ、ぢゅ、ぢゅー!」

(外の人間を意図的に始末するなんて、絶対規約に抵触してるぜ。言い訳できねぇ一番ヤベェやつだ。おい夜勤! 俺は何も見てないからな!)


「なんのことだいA氏? オーガくんが入口をうろついていただけじゃないか? あっ、そうだ、今日のモニター記録はメンテナンスの際に誤って消去、その他は異常なしと。はいこれ、日報ね」


「ぢゅ……」

(そろそろ、マジで転属願いを出そう……)


 A氏のいう通り、外部の人間を意図的に殺すということを、このダンジョンに属するものは規約と呼ばれるルールによって明確に禁止されている。


 だが、ダンジョン侵入から普通にエンカして殺し合うのは問題はない。


 問題なのは、意図的という部分だ。要は干渉することで人間へ影響力を持ってはいけないということになるか。


 これは姉ちゃん《ダンマス》が決めた規約なので、破るとまあまあ酷いお仕置きが待っている。


 だが。俺はこのダンジョンでそれなりに偉い立場で情報隠蔽は余裕なわけで。つか、鼻くそほじるより楽勝。鼻はないけど。


『ロイ! ああっ、もう死んじまった!』


 おっ、スケルトンジョークかましてる間に移送役改め、股間剥き出しのロイ坊が、大事なところを握りつぶされたショックで旅立ったようだな。


 よっしゃ、ここからがオーガくんの役者ぶりが試される。頼むぞ、熊肉ジャーキーが待ってるから、俺がお願いしたことを果たしてくれっ!


『ぐおんっ ぐおん』


 良いぞ、アリシアの縄を引きちぎった。


 自由を取り戻したアリシアが目隠しを取る、移送役のもう一人が後退あとずさりしはじめた。


『きゃああっ』


 オーガ君がアリシアに近寄る。


 アリシアは悲鳴をあげながら転がって逃げる。


 移送役はその光景を見つつ……逃げたっ! 


 よっしゃ! いまだっ!


 

 

 


 



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