第12話 夜勤と大城門
この世界のレベルシステムには種族によるレベル上限が存在する。
ヒトであれば99。魔物は種族によってバラバラだが、大体99〜500の間。
すでにアリシアはレベル299で、上限を超えることに成功している。
そして、俺を倒して得た大量の魔素はチート経験値魔法によってその体に蓄えられ、レベルアップによって消費されても、まだまだ余っている。
レベルキャップ戦闘をこなせばサクサクとレベルが上がる状態だ。
オーガ君を倒すことでヒトの限界を超え、さらにはミハイル君を倒し、英雄とまではいかずとも充分に怪物と呼ばれる強さになったアリシアが次に倒す相手。
それが彼、一見するとただのでかい地下三階への木の扉。
ゲトークス・ベルアナン君、レベル300だ。
長いからベル君と我々は普段呼んでいる。
ベル君の役割はその姿通りの門番。通して良いものと悪いものを選別する。
そしてその判定基準はレベル300の防御を打ち破れるかだ。
「ではアリシアさんっ! 張り切って殴ってどうぞ!」
『どんと来られたし』
「……その、オーガや巨大ミミズと戦うのは、理解の範疇にあるけれど、扉が相手というのは」
あれ? 戸惑ってらっしゃる。なら、もう少し説明してやるか。
「いいか、アリシア。普通に木の扉を殴ると思えば良いんだよ。何にも考えずにな」
「それはそうだけど……」
うーん。お嬢様育ちのせいか? やけに躊躇するな? 物を壊すなんてことがなかったからだろうか。
「ひとつ言っておくと、扉といえど魔物、ちゃんと扉の裏に魔物らしい屈強な手足があって、それで扉、いや顔を支えているんだぜ?」
「扉の裏に体…………ぷふぅ」
「よく見ろ、扉の取手部分の輪っかは目で、真ん中の鍵穴は口だ」
「ほ、ほんとだ、ぷふっ!」
『夜勤殿……あまり、いじらないで頂きたいのだが』
「ごめん、ごめん。後で地下八階の龍木持ってくるから許してくれや」
『おおおっ! それは素晴らしいっ!』
うむ。ベル君は上機嫌。アリシアも相手が魔物だとわかって、ちったぁやる気も出たろ。
「よし、アリシア、ベル君におもいっくそ撃ち込め。遠慮はいらん。反撃はないからな。でも憎しみこめちゃだめだぞ? 武の心だ。わかるだろ?」
「武の心……」
戦いの中で精神を揺らさずにいる。慈愛がダメなら武の達人たちの境地に近づけばいい。
おそらくそれが出来れば、今回のレベルアップで魔心が武心に変化するはずだ。というかしてくれ。
「憎しみではなく。相手を打ち倒す、昏い喜びでもない。無の心、空の境地だ。何も考えずにただ戦うんだ」
「……やってみる」
アリシアはベル君の前まで歩きはじめた。
頼む。キノコ卒業のために頑張ってくれ。
「すぅー」
大きく息を吸い、深く腰を落とすアリシア。
引いた足のつま先から発生させた力を、減衰させることなく腰に伝え、捻り、肩からその先の拳に乗せ、突き出す。
もちろん魔力も全力で込められている。
インパクトの瞬間に拳を握り締め、ほんの少し押し込んで引く。
鐘をついたような抜けた音が地下二階にこだました後、ベル君が雄叫びを上げた。
『むおおおおおおおおおっっっ!!』
だが。
倒れ込んだのはアリシア。
ベル君は健在。レベル300以上であったなら両開きの扉が少しズレ、地下三階へと進むことができるはずだが、扉は何一つずれていない。
原因は簡単だ。
「
だってアリシア。全然、無じゃねぇもんよー。
憎悪に焦りに怒りと雑念パレードしとる。
黒い魔力が拳にまとわりついて、思いっきり制約ダメージ喰らってるし。
構えて、息吸って、力引き出してなんて、もう雑念オブ雑念よ。
考えに考えちゃってるよね。それだと相手を倒してやろうって意識が出るに決まってる。
せっかくスキルの補正でプラス100レベルぐらいの攻撃できるのに、制約なんてくらったらいいとこ半分、レベル200相当の攻撃にしかならんて。
「アリシアー。拳は大丈夫かー?」
「骨とかは折れていないけど、痛みが……」
アリシアはへたり込んで痛みに耐えている。
まだ早かったかなぁ。でもゆっくりやっても結局は一緒だし。
キノコは便利だけど、尖兵としての注目度が上がっちまう。もし一番人気までいっちゃうと、頭に光輪浮いて人格が神たちに侵食されて、元に戻すの超めんどいんだよな。
……だとすればアレか。やはりアレしかないんか。
「ベル君。これをごらんよ」
「ふぅ、ふぅっ……ようやく痛みがひいて——何をしているの?」
いやー、なにって、アレだよ。
『これは、ずいぶんと際どい……』
「だろ? 特にここを見て欲しいんだ。元々は厚めの布だったんだが、ちょっと不粋でよ。レース素材に変えたんだ」
『おおっ! 丁寧な仕事ですな! しかもセンシティブな箇所はきちんと生地が厚めで、肌触りの良い素材。配慮が光りま……夜勤殿? ふと気になったのですが……もしやその生地の輝き、付与魔法を?』
ベル君の目利きは攻撃力だけでなく、防御力、つまり防具の力も見抜く。
「へへっ……昨日ちょっと夜なべしてよ? アリシアのためになるならって。頑張った」
昨日の巡回がさ、特に何にもなくて暇だったからついね。俺って結構、手先が器用でな。
『さすがは夜勤殿。見たところ、物理、魔法への耐性向上と体力回復、三種の付与……伝説の武具クラスと同等とは、恐れ入ります。名は付けられたので?』
「ああ、聞いてくれて、この防具の名は、ドスケベスケスケビキ「こんのっ!! エロ骸骨!!」」
力作の作品名を発表する前にアリシアから猛烈な
向かう先はベル君だ。
中々に良い速度。これならっ!
『ぐぬぅああああっっっ!!! 見事300超え!』
狙い通り、まさに狙い通りである。
キノコがダメならビキニがあるさ。
「アリシア! 復唱だ!」
頭がベル君に刺さり込んでいようが、俺の魔法発動には何ら支障はない。いつものやつ発動。
「ゲトークス・ベルアナン。我に力を寄越せ」
「ゲトークス・ベルアナンっ我に力を寄越せ……」
魔素がアリシアへと流れ込む。これでまた一つレベルキャップが解放された。
「ひぅっ……く、悔しい……今日のはなんだか、えっく……い、意識が、すごく、悔しくて」
アリシアは目に涙を浮かべ、体を痙攣させながらそういった。
すまないアリシア。その、悔しいっていいながらビクビクするの、めっちゃ骨に響く。新しい扉開いちゃったよ。
……いったら絶対怒るからいわんけど。
こういう時、骸骨って表情でバレたりしないから好き。
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