第30話 夜勤の手助け(アリシアLv799)

テラーキャッスル地下七階【求道】闘技場


『ついにきましたっ! 綺羅星の如く現れた超新星アリシア・ウォーカーと闘技場チャンピオン! ヴィルヘルミナ・ロンガルディアの対戦ですっ!!』


 大歓声の中、リング中央にて二人は対峙していた。アリシアはカイザーナックルを装着し、ヴィルヘルミナは長剣を片手にだらりと下げている。


 アリシアはロンガルディアの名を聞いても怯みはしていない。


 かつての自国の偉人、いまは首の取れた魔物が、おとぎ話ではなく実在していたことについても考えないことにしたようだ。


 アリシアの良いところだな。ひとまず飲み込んで前に進む。とても好ましい。


 それと、ジョーに勝利したことでアリシアはついに称号を得た。


 称号は死生流しせいりゅう創始者。


 死の中に生を見いだす格闘術。


 とでもいおうか。


 ……うん、完全に俺の育成方針が反映されている。


 称号を確認したアリシアが、しばらく俺をジトっとした目で見つめていたのが印象的だったな。

 

 さて、そろそろ始まりそうだ。


『両者! はじめてくださいっ!!』


 アナウンスと同時に二人の姿が一瞬ブレて———消えた。


 前回の、息が詰まる静かな立ち上がりとは全く違うはじまり。


 土が爆ぜる。残像のようにぼやけた二人の姿が現れて消える。


 また土が爆ぜ、二人の姿が現れた。


 ヴィルヘルミナが剣を横に薙ぐ。それを屈んで避け、武器へと向けてカイザーナックルを叩き込むアリシア。


 だが、すぐに長剣は手元に戻され拳は空をきる。


 惜しい。


 武器さえ破壊できれば、アリシアは圧倒的有利に立てる。


 ヴィルヘルミナの長剣は魔力が通っている。しかしごく普通の材質、とはいっても名匠の作には違いない。


 だがカイザーナックルと比べれば、その頑強具合には明らかな差がある。


 ぶつかり合えば長剣が折れるのは間違いがない。


 また二人の姿が消えた。


 リングの至る所で土が爆ぜ、噴煙が上がる。


 ヴィルヘルミナは姿を現すたびに斬撃を送り込み、アリシアはそれを避け、武器破壊を狙う。


 超高速でそのやりとりを繰り返す二人。


 ……くそ、ヴィルヘルミナのやつ遊んでいるのに油断しねぇ。


「もっとだっ! もっと速くこいっ!」


 金切り声をあげてヴィルヘルミナが吠える。歓喜の嬌声を上げながらアリシアへと飛びかかる。


 勝機は今しかねえ。ヴィルヘルミナが頭を小脇に抱えた今しか。


 アレが首の上に載って本気になられたら勝ち目はゼロ。両手が自由になった彼女の剣技は片手の時とは一線を画する。


 そのことはアリシアに既に説明済みだ。


 だから限界を超えた速さであろうと、今のうちに勝負を決めるため動き続けるしかない。


「まだいけるかっ! 良いぞアリシアっ!」


「——!!」


 剣と拳の風切り音が闘技場に響く。


 剣閃と拳閃がきらめき、二人は交差。


 背中を向ける両者の頬に一筋の傷が走る。


 共に振り返り再びの交差。


「天魔殺——」


 アリシアが勝負に出た。


 空気を撃ち抜く音をもって、ヴィルヘルミナへと吸い込まれる拳。


 剣とカイザーナックルがかち合って、甲高い金属音が鳴る。


 それは連続して幾度も鳴るが、ヴィルヘルミナの長剣は折れずに健在だ。


「はぁっ、はぁっ……」


 アリシアの拳は全て捌かれてしまった。

 

「……おしまいか? もう少しだけできんか?」


 距離をとり、息を整えるアリシアに対して、落胆の表情を見せるヴィルヘルミナ。


「残念だな……終わりにするか」


「まだよっ!」


 ヴィルヘルミナが、小脇に抱えた頭を首へと持ち上げようとした瞬間、アリシアが間合いを詰める。


「そうだっ! まだやれるだろうっ!」


 アリシアは弾幕の如き拳の連撃をヴィルヘルミナへと叩きつける。


 だがその全てはやはり捌かれてしまう。


 さっきよりも速く、密度も高いのでかすりはするが直撃とまではいかない。


「まだぁっ、もっとよぉ……」


 ヴィルヘルミナは蕩けるような甘い声を出した。戦いを極限まで楽しみ、もはや悦楽を感じている。


 一撃、一撃さえ入れば。武器でも体でも、とにかく直撃すれば。

 

「おらああああああっっっ!!!」


 アリシアが裂帛の気合いを込めて叫ぶ。


 拳の弾幕密度と速度が跳ね上がる。


 これなら——


「ダメだ……対応して完全に受けに徹しやがった」


 ヴィルヘルミナはさっきまで、反撃を幾度か返しながら牽制していた。


 だが、アリシアの限界を超えた速さをみるやいなや、瞬時に牽制は止め、受けて捌くだけに切り替えてみせた。


 アリシアの天才を持ってしても上回りきれない、ヴィルヘルミナの技。


 これは厳しい……だが、ここで負けさせる訳にはいかん。


 すまんアリシア。直接じゃないが、少し手を出す。

 

「くはははっ! あと少しだぞっ! これ以上の速さは、さすがに受けきれんからなっ!」


「あああああああああっっ!」


 アリシアは怒号をあげ最後の力を振り絞る。おそらくあの連打ラッシュは、もう十秒も出来ないだろう。消耗が激しいので次もない。


 ヴィルヘルミナの隙を作るしかない。


 ……わかりやすくいくか。


『顕現』


 一年に一回と決めてはいるが制約がある訳じゃない。


 俺の足元に魔法陣が浮かぶ。


 すると、骸骨の体その足先から、肉が白骨を覆っていく。太もも、腹、胸、首。


 ついには顔。


「久しぶりだと、やっぱりしっくりこねぇな」


 特に舌とか目とか、ぶにぶにしてて気持ち悪りい。


 どこも異常はないな、よし。股間のブラブラも良い感じ。


 おっ。ヴィルヘルミナがこっちみたな。



「よお」


 手を振ってヴィルヘルミナの注意を引く。


 ヴィルヘルミナの目が見開かれた。


 そのタイミングでアリシアの拳速がまた少しだけ上がった。ごくわずかな小さな上積みだが、今のタイミングなら——


「や、夜勤ど、ど、のあっ、がっ!」


 一撃、ただ一撃。滑り込むようにヴィルヘルミナの胸元へ入った拳。

 

「あああああああああっっっ!」


 天魔殺。天を殺し魔を殺し、殺せぬものをも殺すための拳がヴィルヘルミナの体を削り、消し飛ばす。


「ひゅぅー……ひゅぅー……かはぁっ」


「お前の勝ちだアリシア! あと少しだけ耐えろっ!」


 至る所が穴だらけになりながら、それでも死なず立ったまま意識を失っているヴィルヘルミナを前にして、アリシアは膝と両手を地面につき、呼吸をするのも辛そうにしている。


 俺はすぐに経験値魔法を発動し、アリシアへと駆け寄る。足下の魔法陣から出た瞬間、肉の体はたちまち骸骨へと変化する。


「復唱しろ! アリシアっ! ヴィルヘルミナ・ロンガルディア、我に力を与えよ!」


「ヴィ……ヴィルヘル……ミナ・ロン、ロンガル……ディア、わ、われ、に力を……あ、あたえよ」

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