第29話 夜勤のおとぎ話


 アリシアがジョーの拳をすり抜ける。


 ジョーの対応を読んだ上で誘い出したということだ。


 突き出された拳がいつ来るのかわかっていれば避けるのは簡単、これでアリシアが有利に。


 手打ちといえど伸び切った腕を戻す分だけジョーが遅い。


 あとはアリシアが決めれるか、いやその前に大事なことに気づけているか。


 拳をすり抜け胸元に来たアリシアへジョーが


 そう、獣人の最大の武器。人の形になっても保ち続けるその牙が襲いくる。


 しかし、アリシアはそれもちゃんと読んでいた。


 その場でさらに深く沈み込みと一気に伸び上がり、空振りに終わったジョーの顎へと天を突く右アッパーを放つ。


 ジョーの首から上が一瞬不自然に伸びる。


 アリシアは追撃の左を——止めた。


 ジョーの意識は既になく、割りくだかれた口もとからは血泡がぶくぶくと吹き出している。


 俺はレベルアップ魔法を発動した。


 アリシアはこちらを見て頷いている。もう慣れたもんだ。


「「ジョー・ファングよ我にその力を与えよ」」


 立ったまま気絶しているジョーの体から魔素が漏れ出しアリシアへと吸い込まれていく。


『アリシア・ウォーカーの勝利ですっ!!!』


 【闘技場】の止まっていた時間が動き出し、怒号と歓声に包まれる。


 ジョーを治してやらないとな。そう思ってリング中央に向かって歩きだしているとアリシアがぐらついた。


 レベルアップの反動とは違う動きだ。何か攻撃を喰らっていたか?


「アリシア!」


「わたしは大丈夫よ……その人を早く治して上げて」


 駆け寄り、肩をかそうと近づくと、アリシアは膝をつき手をあげてそういった。

 

「ダメージはないんだな?」


「ないわ。安心して」


「ふぅ、焦るじゃねえか。……イビルヒール」


 ジョーの傷が塞がり、目に光が戻る。


「ぶふぉっ! べっ、べっ!」


 意識を取り戻したジョーは、口に広がる血の味にむせた。


「あー……負けた、気持ちいいぐらいに負けたな。とんでもねえお嬢さんだ」


 血をあらかた吐き出したあと、首をブルブルと振り、ジョーはポツリと呟きながら俺に向いた。


「あんがとよ」


 片手をあげジョーを労う。


「礼なんかいらねえよ、大将。ここで戦うやつなんてみんな好きでやってんだから」


「そうだったな。今もヤベェのがこっち見てるし」

 

 アリシアがレベルアップの反動に耐え眠らずにいられる理由は単純に、生体レベル上昇による各種耐性アップが要因のひとつだろう。


 だがさらにいうと、ヴィルヘルミナがこちらを凝視していることが大きい。


 殺気とも違う、別種のおぞましさを感じさせる視線。そんなものに晒されて、おちおち寝ていられるはずもない。


 俺たちがいた貴賓室から刺さるように降り注ぐ不気味な気配。


 歓喜と殺意と興奮が入り混じったラブコール。


「アリシア、次はあれだ」


 声をかけながらアリシアの肩を担ぎ転移魔法を発動する。


 アリシアは何も答えなかったが、貴賓室に向けるその目は闘志に満ちていた。





 地下十一階に戻るなりアリシアを治癒槽へと放り込む。


「ねえ、夜勤。これはどれくらい浸かっていればいいの? 今までは意識を取り戻したら浸かっている状態だったけど、今回はぼんやりはしているけれど意識があるし……」


「おお、そういえばそうだったな。あんなの浴びせられたら寝つきが悪いだろ。睡眠魔法で寝た方がスッキリするから、かけてやるよ。少ししたら眠くなる」


 睡眠魔法を発動。ん? やけにアリシアがこっちをみてくるな。


「眠るまで少しだけ話せない?」


「……いいぜ、見回りまでは時間がある」


「じゃあ、聞きたいことがあるの」


「なにが聞きたい?」


「リア・ウォーカーのこと」

  

「昔話はつまんなくねぇか? それでもいいなら話すが……」


「聞きたい」


「そうか……じゃあ少しばかり」


 治癒槽に身を沈め、微睡む目を俺に向けるアリシアへと俺は語りはじめた。


「リアと出会ったのはある仕事の依頼からだ。かつて俺たちは敵対する間柄だった。まあ商売敵みたいなやつだ。それがとある依頼でチームを組むことになり——」


 アリシアにリアとの出会いや、魔王との戦い。


 ついでに次戦の相手である、ロンド皇国の皇妃だったヴィルヘルミナについてを話す。


「——ヴィルヘルミナとの出会いもその頃だ。魔王討伐を命じたロンド皇帝の正妃だったが、当時から戦闘狂でよ。跡取りも産んだし死んでも構わんからって、自分が戦うっていって聞かねえの。んで今の姿も結局、魔王との戦いの後遺症みたいなもんだ——」


 こっちにきてから三百年、こんな体になって二百七十年経つが、あの頃の思い出はいまだはっきりと覚えている。


 懐かしさもあってか言葉は止まらない。……そうだ、いけすかねえ貴族の中でも、ヴィルヘルミナ以外だと皇帝のおっちゃんも気さくで面白かったよな。それも話さないと——


「——でよ、俺はその時いってやったんだ。皇帝陛下、そいつは随分けつの穴が小さい野郎ですねってよ——」


 反応を求めてアリシアを見る。


 彼女はスヤスヤと眠っていた。


 ……寝ちまったか。こっからが笑えるとこなんだが。


「おやすみ、アリシア」


 さて、本日の業務までまだ少し時間がある。


「A氏。モニターを頼む」


 隣の区画にいるA氏へと声をかけると、返事はすぐに帰ってきた。

 

「ぢゅー、ぢゅあ、ぢゅー?」

(ここのところ控えていたのによ、さすがに使いすぎで怒られるぜ?)


 良かった、熊肉の禁断症状は治まっている。


 A氏がタフで助かった。


「いや、確認したいことがあるんだ。これさえわかれば暫くは使わなくていい」


「ぢゅー……」

(俺を巻き込むなよ……)


 そういいながらもA氏は手早くモニターを準備してくれた。


 モニターの前にたちスイッチを入れる。画面に現れたのはロンド皇国首都トンク。


 画面横のつまみを捻って、首都中央にそびえる皇城を拡大。さらに拡大、透過、拡大。


 テラーキャッスルに備えられた、外部確認用の魔導カメラは皇城の内部までをさらけだす。


 ここじゃない。ここでもない——あった。


 しかも都合のいい場面だ。


「A氏、音声出してくれ」


『バルガス。もう良いのではないのか? お前の目論み通りに兄も弟も死に、他国がつけ入る隙はなくなった。ルナマリア・ウォーカーも手中にある。もしアリシアが生きていたとしてなんの不都合があるというのだ? 小娘一人で何ができるという?』


『陛下のご治世を更に磐石にするためには必要なことでございます』


『これまで、お前の言う通りにして間違いはなかったが……いいだろう、好きにせよ』


『御意』


 皇城内部。玉座に座る男と片膝をつく男。


 皇帝と騎士団長だな。


 どうやら、騎士団長の主導で今回の出来事は起こされたようだ。執拗にアリシアの生死を確認する理由はわからないが、まあ今はいい。


 なにより、皇帝がアリシアのことを重要視していないことがわかったのが収穫だ。


 アリシアを嵌めたのが皇帝か騎士団長かで前後の対応が随分違うからな。


 これなら計画は大きく変更しなくてもいい。


 ……バルガス。


 待っていろよ。

 

 

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