第28話 夜勤の確信


「おはよう、夜勤」


「おはよう。アリシア。調子はどうだ?」


「とてもいい調子よ」


 『貴族の誇り』がダンジョンから出るのを見届け、見回りから帰ると、治癒槽から目覚めたアリシアが体と服を拭いているところだった。


 ベルートとの戦いで、カイザーナックルの装甲による防御は、生身を守ったがチャイナドレスは至る所が切り裂かれてしまっている。


 大事なところだけは隠れているが、いささか扇情的すぎて目に毒だ。


 こんなこともあろうかと、準備していた同型の服をアイテムボックスから取り出す。


「ほれ、新しいのを準備したから」


「……ありがとう」


 アリシアは俺から黒のチャイナドレスを受け取るとおもむろに着替えはじめた。


 おいおい。魔物しかいないからって、そりゃいかん。


 アリシアに背を向けお説教タイムだ。


「アリシア。人前で肌を晒すな」


「夜勤、あなた変なところで真面目ね」


「そんなんじゃねえ。常識の話しをしてんだよ」


 アリシアはからかうような調子でさえずる。

 うーん。魔に寄ると、こういうところも変化してしまうか……。


 以前のアリシアなら、そもそもこんな状況で躊躇なく着替えたりはしなかった。


「ぷふっ、あなたが常識? ねえそれ、笑っちゃう。うふふっ、あーダメ、面白い」


「それについては謝罪の用意があるが、今はとにかくもう少し慎ましやかにだな」


「へぇー。とんでもない服を着せようとしていたくせに」


 旗色は明らかに劣勢である。


 しかし、恥じらいなくして何が乙女か。俺はアリシアをそんなお色気キャラになんかにさせないぞっ!


「アリシア、舐めてもらっちゃ困る。あんなものよりもっと刺激的な装備を俺は持っているんだぜ? 恥じらいのない女に似合いそうなのがな」


 アリシアが着替え終わったあろうタイミングで振り返り、俺はそう告げる。


 事実、あんなビキニが健康的な衣装にしか見えないような危ないものを俺は複数持っている。


「まさか」

 

「そうだ。だからそれが似合うような行動と言動は控えて貰おう。思わず着せたくなっちまうからなぁ?」


「分かった、気をつける」


 下顎をカタカタと揺らしてアリシアを脅す。

 

 効果は抜群だ。


 こくこくと頷くアリシアの表情は青い。


「分かってくれて何よりだ。あっ、でも、鎖骨は見せてもいいから。いや、むしろ見せてくれ。毎日チェックしないとダメだからな」


 だが、俺の一言で顔色が変わる。


「……何をチェックしないとダメなの?」


「いや、だから鎖骨。アリシアの鎖骨は百年に一人の逸材だからな。無駄な筋肉でそれが失われるなんてあり得ねえ」


「ふーん。鎖骨を毎日ねぇ。そんなに好きなんだ」


「ああ、最高だぜ。興奮こえて絶頂……なんで拳を構えてんの?」


 


 



 一夜あけ、地下七階【求道】闘技場の貴賓室にアリシアと二人でいる。対戦申し込みは先ほど済ませ、今は開始前の少しばかりの空き時間だ。


 いやしかし、昨日は身をもって【核撃(大)】の威力を味わうことができてしまったな。


 おかげでイビルヒールをかけてもまだ頸椎が治りきらねえ。頭の座りが悪いったらない。


「で? 次は? 今回は事前情報はないの?」


 アリシアはゴミを見るような目で俺に問いかけた。


 実のところ、この目つきは最高にご褒美なのでゾクゾクしちまう。


 だが、それがバレると今度は無視されたりするかもしれない。そうはさせないように絶妙な距離感というものをアリシアとは築かねばならん。


 なので興奮を表に出さないよう、冷静に次の対戦相手を告げる。


「ふぅー、あっ、あっ……つ、次はあいつだ」


「何を悶えているのよ、気持ち悪い」


 決意とは裏腹に身悶えてしまったが、意図は見抜かれていないから良しとしよう。


 俺の指し示す先、反対側の貴賓室から狼獣人のジョーが闘技場へと降りてきている。


「……あの人とやるのね」


「そうだ。レベルは700で抑えられているから技の優劣だけが勝敗を決める」


 ヴィルヘルミナの協力によって、闘技場レギュレーションは600から700に変更され、さらには対戦の予約順番までを飛ばしての対応。


 ヴィルヘルミナがどれだけアリシアと戦いたいかよく分かる。


 まあ、それは対戦申込を即答したジョーにも言えることだが。


「……格闘家ね、しかも祈念流」


「体の動きだけでわかるのはさすがだな。ジョー・ファングは祈念流の中でも相当、高位に位置する使い手だ」


「名前は聞いたことがないけど……」


「色々と事情があんのさ」


 女癖が悪くて破門されたのは、黙っておくのが友情だ。


 事前情報がないのもそれが理由。アイツのすねは傷だらけだし。あんまり余計なことは考えずにアリシアには戦ってもらいたい。


 貴賓室の闘技場に面するガラスに穴が開き、闘技場へと続く階段が伸びていく。


「いってくるわね」

 

「ああ。そうだ、一つだけ」


 アリシアは階段を三段ほど下った位置で俺に振り返る。


「死ぬなよ」


「死なないわ」


 その目に恐れは微塵も浮かんでいない。


 それを見て俺は、この勝負の勝ちを確信した。


 アリシアはそれ以上何も言わずに闘技場へと降りていく。


 ジョーは既にリング中央に待ち構えている。


『さあ、本日のメイン! ジョー・ファング対アリシア・ウォーカー! どうぞ! はじめてくださいっ!!』


 アリシアがジョーの五メートル先で止まるとアナウンスと歓声が響く。


 だが、両者共に構えず自然体で立っており、動く気配は見られない。

 

 そのまま一分が経過し、観客たちの歓声が止む。対峙する二人が放つ魔力に気圧されたのだ。


 息を呑む音が聞こえるほどの静寂。


 実力が近く、互いに一撃で決めるだけの技があればこうなるのは当然。


 先に当てた方が勝つ。もしくは誘って後の先。


 ——! 前触れなく、アリシアがゆっくりと横に回り込む動きを見せた。


 滑るような足運びには緩急があり、アリシアの姿がブレて多重に見える。


 アリシアはその動きを保ち、ジョーの周りで周回を続ける。すると、ジョーの周りを何人ものアリシアが取り囲んでいるように見える状態になった。


 対するジョーは、アリシアに追従していた動きを止め、目を閉じ腰を落とす。


 ……アリシアの周回する動きがやや早まった。


 仕掛ける気配。


 ブレたアリシアの姿が、ジョーの斜め前方、二方向より向かってくる。分身魔法ではない、単純に体の動作だけで成し遂げているものだ。


 だから一つは残像。一つは本体。


 見た目だけではどちらが本体かわからない。それはそうだ、どちらにもいるといえるほどの高速で動いているのだから。


 二人の姿が交差する。ジョーは目を閉じたまま、二人のアリシアそれぞれに拳を突き出した。


 両手を使った上手い対応方法だ。


 手打ちで威力はそこまでなくても、突っ込んでくる相手には十分効かせることができるからな。



 さあ、どうだ? 


 アリシアの体とジョーの拳が重な……——らない!


 アリシアが拳をすり抜けたっ!



 


 


 

 

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