第36話 夜勤とダンジョンマスター
「ハジャ」
「おおよー。連れてってくれー」
二人で地下八階の空を見上げつつ、頷く。
この波動を感じたならば集わにゃならん。
魔力を練り、転移魔法を発動する。
視界が暗転するとそこは地下十階。
ハジャと共に赤土の大地の上に立った。
「さて、他の階のやつも呼ぶか」
探査魔法を発動し地下四階、五階、七階の管理者たちの位置を補足する。
六階は知らん。あんなの呼ぶ気にならん。勝手にしろ。
「よし、捉えた」
管理者たちの足下へ転移魔法陣を展開させる。
さっきの波動は確認しているはずだから、ノータイムで陣に乗ってくるはず……きたきた。
俺とハジャがいる場所から少し先に展開した魔法陣が光を放つ。
光が収まり現れたのは地下四階管理者、黒鬼熊「地のグラナス」
「おう、夜勤、御主人様はもうおられるのか?」
片手を上げながらマスターがこちらへと二足歩行でやってくる。
「おう、マスター。いいや、まだだ。全員揃ったら来るんじゃねえかな」
やりとりの間に、再び魔法陣から光が放たれる。
現れたのは地下七階管理者。「ヴィルヘルミナ・ロンガルディア」
「夜勤殿。何やら楽しげなことをされていたようだが、混ぜてもらえないのか?」
「そりゃまた今度だ、誘うからよ」
ヴィルヘルミナはハジャと俺のじゃれ合いを見て、参戦できなかったことに若干不満げな様子を見せながらこちらへと近づいてくる。
闘うの好きだからなぁ、この人——
——「やーきーん。だーれだ」
背後から突然の声……。
「シャルロット……あんまりベタベタすんな」
誰が編み出してるんだろう、異世界でも存在するこの技。後ろから目隠しでだーれだ、なんて。これをやられて耐えられる男とか、いるのかな。
正直、俺もこの体と幼少期からの付き合いじゃなかったら股間爆発してるぞ。
「ええーいいじゃん」
背中に押しつけられたものは男の夢を具現化したものではあるが、骨たる俺には脂肪の塊、可燃物。
「よくねえ」
「冷たーい」
「もうお前は大人なんだからな。昔のガキの頃みたいには扱ってやれねえ」
地下五階の管理者。魔を統べるもの、シャルロット・ルミナス。
昔から知ってる相手で、子供の頃は自然に接してやれたんだが、大きくなってからは、どうにもうまくいかねえ。
好意的なのはありがたいんだが……。
「人間の女には優しくするのに? せっかく我慢していたけれど、やっぱり殺しにいこうかな。十一階でしょ?」
「違うんだシャルロット。これには訳があってだな」
「夜勤、シャルロット。主人様がおみえだ。後にしろ」
俺とシャルロットのやり取りを遮るように、マスターが荒野の空を見上げながらそういうと、何もない赤土の大地と灰色の空を、二つに引き裂くような大きな罅が走った。
ヴィルヘルミナと俺以外はその場で膝をつく、ハジャもいつのまにか人型へと変化し平伏している。
ガラスを叩き割ったかのような音が鳴ると、罅が大きくなり、空間が裂けた。
派手な登場ではあるが、現れたのは裂け目の大きさと釣り合わない、小さな存在。
神々しいオーラを放ちながらも、立ち上がらず芋虫のように這いずって裂け目から出てくるそれ。
見た目は銀髪の二十代女性。
これがマイシスターだ。
貫頭衣だけを纏うのは着飾るのが面倒だからという理由である。
もちろん頭もボッサボサ。
我が姉ながら、ものぐさ干物の極みだ。
昔はまだ、おしゃれとか女子力あったんだけどなぁ。
「おー、姉ちゃん、顔見るのは一年振りだな」
「そうね。ヴァイス、ちょっと起こしてくれないかしら。足が痺れちゃって」
「相変わらず研究以外のことは全部、放棄してんだな」
姉ちゃんに近寄り肩を貸す。
「ふー。自分の足で立つのは半年ぶりね」
「あの装置に入ったら、何にも気にしなくていいにしても、少しは体に刺激を与えないとダメだぜ」
姉ちゃんは普段、研究用に作った装置の内部で、眠ることもなくひたすらに研究を続けている。
生命の水で満たされた、ぶ厚いガラスタンクの中、転移魔法についての実証実験を繰り返しているのだ。
この世界ではないどこか別の世界に向けて、位置情報を捕捉できるものを転移させるのが実験内容となる。
上手く捕捉できればその世界の中も見ることが可能だ。
位置を捕捉できるものというのは姉ちゃんの体の一部、まあ大体は手足だな。
今はどうやってんのか知らんが、昔はワイルドなちぎり方でもいでたなぁ。
と、まあそうやって手足やらをちぎって異世界へと送りこんではまた生やしているが、地球はいまだ見つからず。
転移魔法も一部なら異世界へと転移させられても、存在全てをとなると、世界をこえる際の劣化と変質を抑える方法が確立できていない。
二百年間、トライアンドエラーの繰り返しだ。
だが、いくら魔神と呼ばれる位階にまで登り詰めたからといって、無理無茶ばかりやっていては精神にくる。
どこかでは息抜きが必要だ。ましてや故郷に帰ろうとしているのだから、人間性を失うわけにもいかない。
帰るための研究で心まで化け物になってしまっては本末転倒。
そこで、姉ちゃんは大体年一回、装置から自動的に排出されるように自ら設定しており、今日がその日にあたるようだ。
「外部からの刺激は年一回ぐらいで充分よ」
姉ちゃんはゆっくり立ち上がると、頭の先に光輪を浮かべた。
幾何学模様の光輪がグルグルと回る。ダンジョン内部の様子を自身の権能で把握しているのだろう。
「特に変わったことも……あら、そういえば今日はあの日ね」
「そうだぜ。俺は行くけどどうする?」
「……いくわ」
「じゃあ、行きたいやつは、転移魔法陣にのってくれ」
その場で転移魔法を発動する。
行き先は地下九階。
奇しくも今日はリアの命日、墓参りの日だ。
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