第19話 夜勤の拾い物
「アリシアよぉ、無理なら引き上げるか?」
気楽に聞いたが、これは半分本心だ。
いくら手加減されているといっても、マスターは心が折れて勝てる相手じゃない。
「……いやよ」
口に溜まった血反吐をプッと吐き捨て、アリシアは俺を睨んだ。
膝の震えも止まっている。
「だけど、どうする? マスターの攻撃を防ぐのに精一杯じゃあよ? いま、【常時回復】で必死に体を治しにかかってるだろうが、マスターはそんなに待ってくれねぇぜ」
「そうだな。それでは稽古と変わらん。強くなりたいなら死線を潜って——」
「言われなくてもっ!」
アリシアは地を蹴り再びの特攻を仕掛けた。
さっきよりも格段に速い。マスターの動きを参考にしたようだ。桁違いの強さに触れて才能が一気に開花したようだな。
「素晴らしい才能だな」
マスターも俺と同じ感想を、思わずというようにこぼした。
どうせ止められるなら、当たるまで続ければいいという、拳での連撃をアリシアは放つ。
マスターは弾幕の如き怒涛の連撃を、肉球で一つ一つ丁寧に味わうように受け止めながら笑っている。
久々の他者との闘いに興奮を隠せないようだな。
「さて、先ほどのおさらいだ」
マスターは後ろへ飛び退きアリシアとの間合いを離した。
そして再びその姿がブレる。
風の音すら置き去りにして、マスターがアリシアの前に現れた。
吹き飛ぶアリシア。だがさっきよりも威力を受け流すことに成功していて、派手に転がらずとも着地することができている。
「くはははっ! 夜勤よっ、楽しくてたまらんぞ! 後でいい酒だしてやるからなぁ!」
「そいつぁどうも。アリシア、マスターはそろそろ抑えが効かなさそうだ。次で決めれないなら今日は一旦引き上げるからな」
マスターはテンション上がると、ちょっとやべぇからな。
「もう掴んだ。次で決めるから」
アリシアは、ここに来た時からは想像もつかないほどの頼もしい顔つきを俺にみせたのち、その姿をブレさせた。
そして、マスターへと突貫。
勇者のチートかそれとも天賦か。レベルが上がるごとに顕著になる反則性能、ついには見ただけで技を盗んだな。
「それは織り込み済みだっ!」
しかし、どれだけ速かろうが、目に見えなかろうが、来ると分かっている攻撃にカウンターを合わせるのは容易い。
ましてや自分の得意技だ。
タイミングを合わせて薙ぎ払われる剛腕——マスターの野郎、テンション上がって爪引っ込めんの忘れてやがる。
あれじゃアリシアがバラバラになっちまう。
止めねえとだめ——『ヴァイス、どうして手を出したの』
違うんだリア。俺がやらなきゃ『それを余計なお世話っていうんじゃないの?』
じゃあ、あのまま見殺しにしろってのかよ『違う、そんなことはいってない』
——!? これは? 俺の記憶だ。マスターとアリシアの闘いにいつでも割り込めるように高速思考魔法を使っていたせいだな……。
割り込んで止めるための確実な手順を、過去の記憶から参照していたせいで、過去の似た場面と今が結びついちまって、ちょっとバグったか。
……にしても懐かしいな。リアと喧嘩した時の記憶だ。
いけねぇ。今はアリシアとマスターの闘いに集中だ。
なるべく手はださねぇが、さて。
マスターの薙ぎ払いは、目の前に現れたアリシアにドンピシャのタイミングだ。アリシアは避ける素振りを見せない。
いや、手を伸ばしてマスターの肉球に優しく触れるような動きをしている。
マスターの前腕がアリシアをすり抜けるように通過していく!
アリシアのやつ、マスターの受け流しまで盗みやがった!
体勢を崩されたマスターは——笑っている。
獣の牙を剥き出しに、いつもの紳士らしさはかけらもなく、涎を垂らしながら魔獣の本能を解き放った表情だ。
獣臭を撒き散らしつつ、放つ攻撃は歓喜の噛みつき。
アリシアの首筋へと凄まじい勢いでかじりつく。
牙が届く、かと思いきやマスターの顔が跳ね上がった。
アリシアの天を突くようなアッパーが下顎を撃ち抜いのだ。
しかし、マスターを倒し切るにはまだ足りない。
深い弧を描いた獣の眼がギョロリと動く。
アリシアは飛び上がってアッパーを撃ったせいで、空中に浮いてしまい隙だらけ。
そこへ、抱きつくようにマスターの両腕がアリシアへと殺到する。
これは勝負ありか。
ここからは手がない、止め時だ——と、思いきや。
アリシアは空を蹴り更に上へと飛び上がった。
……おい、マジか。
【瞬転】は見て覚えたのは分かったが、【空動】は見たこともなけりゃ、知りもしないだろうが。
理屈でいけば、【瞬転】の上位派生技だからできないこともないが、見ることも、知ることもなくだと?
……まさか思いついたとかいうなよ。
「くらえっ!」
半ばあきれの混じる俺の思考を遮るアリシアの気合いが響く。
「来いっ! 受けきってやるわ!」
マスターは肉球を宙に向け、アリシアの閃光煌めく右拳の打ちおろしを捌く。返しの左拳による追撃も捌く。着地後すぐに放たれたローキックも捌く。
しかし、アリシアは止まらない。ただひたすらに拳足を撃つ。撃ち続ける。
マスターはそれを肉球で捌く。
……長く感じた時間は実際には五秒に満たず。
そして、均衡が崩れた。
マスターの腹へとアリシアの正拳が滑り込む。
「グボァァッッ……」
マスターの背中がパンと爆け、さらに。
「……天魔殺」
アリシアはそっと呟き、必死の速射砲をマスターへと放つ。
強い風が通り過ぎたあとにはかろうじて原形を留めたマスターが立って——そして倒れた。
「地のグラナス。我に力を与えよ」
「地のグラナス。我に力を与えよ」
もう説明は不要とばかりに俺に続き復唱するアリシア。
おっと支えてやらにゃ。
倒れ込むアリシアを抱える。……あっ、そうだ。マスター治さんと。【核撃】あんだけ喰らったら、流石に死んでしまうかもしれん。手足とかも倒れた衝撃で千切れとるし。
(……にしても立派な足だな)
「イビルヒール」
魔法をかけると、マスターの傷はみるみると消え、跡形もなくなった。そして、手足も新たに再生完了。
「ありがとうよ、夜勤」
起き上がったマスターの表情は穏やかだ。
「いいってことよ。でも最後《《手加減】》忘れてたろ」
「いやぁ、すまん。ちょっと楽しくなり過ぎてよ。ぐははっ! ……で、次は地下五階か?」
「ちょっと悩んでんだよ。アリシアが回復するまでには決めるけどな」
「……そうかい、じゃあ俺は店に戻る」
「おう。あっ、そこに落ちてるマスターの足貰っていっていいか?」
「お前が足も生やしてくれたし、好きにすりゃいいが、どうすんだ?」
「いや、ちょっと、まあ」
「なんでぇ? 変なやつだな」
マスターは不思議そうな顔をしたが、特に追求することなく俺に背を向けて、仕事場の方角へ歩きだした。
俺はすかさずマスターの足を拾いアイテムボックスへと放り込む。
……今日はついてるぞっ! アリシアが無事に生還したうえ、こんな凄いものをっ……!
やべぇ、叫びてぇ。
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