第34話 決戦 龍皇ハジャ。アリシア視点(Lv999)


 転移が終わるとそこは、見慣れた地下十一階で、

A氏と呼ばれるラットマンが私の目の前に立っていた。


「ぢゅぢゅー」

(よお、お帰り、アリシア)


「ただいま戻りました……」


「ぢゅあー」

(準備できてるから治癒槽入んなよ)


「え、ええ……」


 A氏に治癒槽へと促され返事はしたものの、転移直前の様子が頭をよぎり、その場で立ち尽くしてしまう。


 わたしは強くなった。それは間違いがない。


 でも、命がけで攻撃したのに、足下から立ち昇ってきたあの魔力……。


 いくら夜勤が強そうだといっても、アレと……どうやって?


「ぢゅぢゅーぢゅーう、ぢゅぢゅー」

(嬢ちゃんよー、夜勤の野郎があとからうるせぇから、早く治癒槽に浸かってくれよー)


「あっ、え、あっ、ご、ごめんなさい……」


 A氏の急かすような声に我に帰る。


「ぢゅぢゅー?」

(なんだい、浮かない顔してるじゃねえか。悩みなら聞くぜ?)


 ラットマンと思えない知性を宿した瞳と、頼もしげな表情に、つい口から不安がこぼれた。


「…夜勤がまだ地下八階なの。ハジャっていうとても強い相手と二人で、しかもハジャはわたしが攻撃したせいで怒っているし、夜勤が危ないんじゃないかと思って……」


「ぢゅっ。ぢゅぅぅう!」

(なんだい、そんなことかよ。気にすんな。さあ、入った入った!)


 A氏にべちべちとふくらはぎを叩かれた後、足をグイグイと押される。


 その圧力に負け、治癒槽へと足が動く。


 勢いのまま、広めの浴槽に服のまま入った。


「ぢゅーっあ! ぢゅーぢゅっ、ぢゅー」

(ほれ、ちょうどいいところだ。やっぱあのクラスの戦いは見応え抜群だな)


 浴槽につかる、わたしの正面に持ってこられた、A氏たちがモニターと呼ぶ不思議な箱は、遠見専用の魔法装置らしい。


 こんな魔法技術は見たことも聞いたこともないし、これだけでもこのダンジョンの異様さがわかる。


 そしてそこには目を疑う光景が映し出されていた。


「なんなのこれ……」


 空に浮かぶ龍。アレがハジャ……。


 本来の姿は聞いてはいたけれど、ここまでだなんて……。


 呆然としていると、龍が巨体の口を大きく開け、地鳴りのような声で吠えた。


 すると、魔法陣が空中に幾重にも現れる。


 そこから光の束が放たれ、地上の夜勤へと降り注ぐ。


 夜勤は片手を前に突き出し、それを受け止めた。

モニターが激しく明滅する。


 再び映し出された夜勤は——無傷。


 だけれど、夜勤周辺の大地や森は消し炭に変わってしまっている。


 ……それほどまでの威力に晒されて無傷でいることに理解が追いつかない。


「あの攻撃を受けて無傷だなんて、限度があるわよ……」


「ぢゅー」

(ハジャが抑えてるからだ、さすがの夜勤でもハジャが本気なら魔力障壁程度は張る)


 A氏が鼻で笑うような鳴き声を出した。

 

「……なんだか、まるで夜勤の方が強いっていってるみたいね」


「ぢゅ? ぢゅー? ぢゅぢゅーぢゅー」

(そうだぜ? 当然だろ? あっ、そうだ音だすの忘れてた)


 A氏の首がクイと傾くのに合わせて、モニターから外れていた視線を戻す。


『や〜き〜ん! 楽しいぞ〜』


『俺は全然楽しくないぞー』


『げらげらげらげらっ!!』


 いつもと変わらない様子でハジャに答える夜勤。


 ハジャが大きく体を揺らして笑うと、その体から湯気のように立ち昇る魔力が金色へと変化し、やがてその体も金色に輝きだした。


 空一面に稲光が無数に走ると同時、ハジャが光の筋となって夜勤へと突撃する。


 一瞬で夜勤がいた場所が抉り取られて、そこには半球状の窪みだけが残っていた。


「ちょっと、食べられちゃたわよ……?」


 ハジャの口元がモニターに映される。


 噛み合わされたとても大きな歯牙の並びから、ビロンと飛び出した膝から先の骨……。


「ぢゅぢゅぢゅぢゅ!」

(やべぇ、うける! 喰われてやんのっ!)


「えっ、ちょ、ちょっと、平気なの!?」


「ぢゅぢゅ」

(平気、平気)


 A氏が気楽な様子の鳴き声を出す。


 それに合わせたかのように、ハジャの口が少しずつ開いていき、夜勤の姿が確認できた。


 ハジャの上顎を背負うようにして少しずつ立ち上がっていく。


『ハジャ、少しお口が臭いよ』


『死ねぇっ!』


 ハジャの口元から炎が噴き出る。


 夜勤はこんがりと焼き上げられ、プスプスとその身から煙を立たせた。


「ぢゅーぢゅーぢゅーぢゅぢゅぢゅあー」

(どんな種族でも雌には接し方ってもんがあんのによぉ。あいつはほんと一言多くて、基本がアホなんだよなぁ)


 モニターを眺めるA氏の口から、嘆くような鳴き声が漏れる。


 おそらく同じ思いを抱いたに違いないと、わたしは深く頷いた。


『あっづいぃ!!』


 今のはハジャの本気だったようだ。夜勤は少しばかりダメージを負っている。

 

『ハジャてめえ! ちょっと本気出してんじゃねぇ! あんな、じゃれる程度の遊び、笑って許すのが淑女だろうがっ!』


『お前をこのまま焼いて噛み砕くっ!』

 

『マジで本気じゃねぇかっ……!』


 炎が再び噴出し、夜勤を焦がしていく。さっきよりも炎の勢いが強い。


「ぢゅーぢゅあっ! ぢゅーあっ!」

(いいぞハジャ! もっとだっ!)


 A氏が両手を握りしめながら鳴く。

 決して長い付き合いではないけれど、なんだかそうやって鳴き声をあげる気持ちはわかる。


 何度も炎が夜勤を包む。


 けれども少し焦げる程度。


 すぐに何事もなかったように、夜勤の骨は元に戻っていく。


「まだ余裕がありそう……」


 ……夜勤の強さに少し安心した途端、猛烈な眠気が襲ってきた。


「ぢゅー、ぢゅーぢゅー」

(そろそろ、眠るといいぜアリシア。あとレベル999おめでとう)


 A氏が手に持ったが燃えて灰になる。


(契約書……)


 モニターとA氏がゆっくりと移動していく。


 抗えそうにない眠気に従い、ゆっくりと目を閉じた。


 





 

 



 

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