第13-2話 うっかり除雪のち温泉パラダイスの謎を追え!【推理編】
バンダナ強面おじさんこと、
怖い顔とは対照的に、やや砕けた秋田弁と、無駄な雑学を軽快に話す。
謎のおじさん隠者である。冗談だ。秋田県の木工職人である。
そのため、初見の頃からレナは、父を信用していた。
落ち込んでいるレナに、ためらうことなく話す父。
ガードが堅い娘の私より、父の雑学は、知識欲に飢えたレナに効果抜群だ。
「レーちゃん。陰陽だばな、両方が釣り合っで、人間のバランスが取れるんだ。闇があるから光があるど、
「プロレタリア文学。
「んだんだ。冬は光も温かさも、根っがら足りねえんだ。そいだば足りねえ分を自分で補えば、おめの言った、冬の対価になるべな」
激動の大正~昭和初期に、プロレタリア文学の作者として名を遺した。
その
「闇があるから光がある。そして闇から出てきた人こそ、一番ほんとうに光の有難さが分かるんだ」
父の話はその引用で、独自の解釈がある。
闇は光、光は闇。陰陽が釣り合っている。
それぞれが存在しているので、世の中になるというのが、父の考えだ。
寒いなら、暖をとる。暗いなら、光を点ける。今できる日常的な対処をする。
そうすれば、光と闇に例えた自分の欲求が、それぞれ天秤で釣り合うのだ。
結論、レナの欲を満たすのは、冬の温活だろう。
「ミツハルさん。では、質問を変えますよ。こんな寒くて過酷な労働に、何を補うんですか?」
「ソナが今朝、『冬の楽園だー』って、寝ぼけて言った。冬はいずれ終わるんだがら楽しめだば俺も賛成だ」
「労働の後に、アクティビティですか?」
「バナナボート」
「たけや製パンですか? 通年で食べられ……」
「んでね。スノーモービルさ、人がライドオンしたバナナの乗り物を引いてもらう」
「おう、えきさいてぃんぐれじゃー。とっても、はやいでーす」
レナが棒読みになった。
流石に探偵エルフさんも、驚きの向こう側に行ったか。
私の心中は複雑だ。寝言の件は置いておいても。
除雪の後に、アクティビティをやるだろうか。うーん。やる人いるかも、楽しそうだから。
父の考えは、たまに娘の私でさえ狂気的に感じる。木工職人ゆえ、独創的だ。
食べる方のバナナボートは、たけや製パンという秋田のパン屋さんのなじみの商品だ。
ごろっとバナナが、スポンジ生地とホイップクリームに包まれた、美味いやつである。
レナは、この菓子パンを食べ過ぎて太った。
父は冬の雪上レジャー。近場で体験できるものとして、バナナボートを例に挙げた。
人が乗ったバナナを引き、馬力あるスノーモービルが雪中を高速で駆ける。
これはこれで、私は楽しそうだと思った。
雪も舞い上がるし、人のテンション爆上げだし、体温も上がってポッカポカだし。
バランス運動の苦手なレナには、ただ振り落されないように、恐怖で必死になるように思えたようだ。
父は方向性を替えた。
テンションをあげて温まるより、実質的に温まる方だ。
これにもレナは、苦笑いをしただけだった。
「サウナは良いぞ~。温まってから、雪にダイブ。冬しか出来ねぇど~」
「ふむ。フィンランド人がエンジョイしてそうですね」
「秋田の者どももエンジョイしてらぞ」
「はは。そうですか」
レナのお愛想が辛辣すぎる。無茶苦茶、他人行儀なリアクションだ。
北秋田市の
そのサウナは秋田県内に利用できる場所が増えている。
秋田の冬は、本場の北欧と同じように楽しい、と私は思う。
だが、ものぐさレナが楽しまなければ、冬の楽園の意味がない。
さて、ニコニコ顔の父が気づく前に、私は咳払いして、家に入ることを提案した。
その最中で、作戦を練り直そう。
「ほら、レナ。まず
「確かに、汗で肌がかゆいような……」
「女子だば肌繊細なんだど!」
私が演技で睨むと、父は少し驚いた顔をした。
その後で、冗談だ~と笑ってみせると、父も安心したようで笑い返してきた。
相当疲れたようだ。レナの着替えは、青虫の動き並みにスローだった。
私は一足先に着替え終わって、その様子を見ていた。
白い肌は汗で少し赤くかぶれている。虚弱なエルフのレナをこのまま放っておけない。
「服を替えたが、ゴワゴワ感が強い。シャワーを浴びて来ていいかい」
「んだば、給湯器の温度を上げてから……、あッ!」
レナの提案、それを上回る案が閃いた。
私はすぐにある人物へ電話をし、父に理由を説明し、車を出すようにお願いした。
また寒い外に出る羽目になったレナは、不思議そうに私の顔を見た。
「なぁ、ソナタ君。私たちはこれから、どこに行くんだい?」
「
秋田弁のショート会話では、「どさ」「ゆさ」と言われる現象だ。
「どこに行くの?」「温泉に行く!」である。
秋田の冬の温泉は、雪景色が映える。当然、冷えた身体が温まれば、気分も最高になる。
地元民は日帰りで、入浴を楽しみにする人もいるくらいだ。
もちろん県外の方々も、わざわざ雪深い秋田まで、温泉のために通ってくださるくらいだ。
ちょうど都合の良い展開。最上級の温活である温泉へ。
旧友の祖父が、
レナは、冬の対価の答えが分かり、助手席にさっさと飛び乗った。
楽しそうな彼女の目を見て、私も楽しみだと思う。
その代わりに、私のわがままな行動を、心の中の私が咎める。
後部席に乗った私は、バックミラー越しに父と目が合う。
申し訳なさそうな私の目を見て、父は少しため息をついた。
忘れていたクリスマスよりも、私にとって大事な日が12月23日なのだ。
本日、父の誕生日。
なので私は、父に迷惑をかけたくなかった。
車のエンジンがかかり、雪道を走っていく。
私たちの目的地は、
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