第8-3話 群青の心境と黄金の自転車道の謎を追え!【解決編】

 傍らで、探偵エルフさんとシアが目を合わせていた。

 表情を抑えているようなエルフさんは、利き手を硬く握りしめてから、重くなった口を開いた。シアの返事は、台詞染みた棒読みだった。


「シアくん、次の目的地は、独鈷大日神社とっこだいにちじんじゃかい?」

「うん」

「じゃあ、ソナタくんと行ってくるよ」

「うん」


 青春の戸惑い。各々の青さが、これほど重なるのか。

 初めてレナが、私の意見を尊重してくれなかった。

 シアはミヒロに付き添い、その場に残った。

 離脱者が出た。自転車が2台になった。

 犀川さいかわ沿いから、東館方向に。レナと私は無言のまま、自転車を走らせていた。

 秋の風景は、川も田んぼも、街路でさえも、全て綺麗に見えた。だからこそ、無垢な自分の青さが、己の心に刺さってくるのだ。

 少し水分補給と休憩を挟み、秋田県道22号線を、大葛おおくぞ鹿角かづの方面へさらに走る。

 味噌内みそないも、独鈷とっこ入口も、緩い坂道とともに抜ける。比内ひないの田んぼは、今まさに黄金色だ。

 もう数週間後かな。すでに収穫が近いのかもしれない。早くも、秋の匂いを感じる。

 身体が弱いレナは、何も文句を言わずに、自転車を走らせている。

 自分の心の中にある引っかかりを外せないので、私は何も言えずに、ただ悶々としている。疲れた? 大丈夫? そんな一言を伝えられない。

 集落の中、坂道を上り、大日だいにち神社の鳥居の前まで2台の自転車は来た。

 大日だいにち神社は、『ダンブリ長者伝説』の縁がある場所だ。

 大館市おおだてし比内ひない独鈷とっこと、鹿角かづの市の小豆沢あずきさわに、真言密教の大日如来だいにちにょらいを祀る神社がある。


 今から1500年以上前の昔話。『ダンブリ長者伝説』

 独鈷とっこ村に両親を亡くして貧しくも懸命に暮らす娘がいた。ある日、その娘の夢に、大日神だいにちしんが現れてお告げした。

『川上に行けば夫と出会うだろう』

 娘は川上の小豆沢あずきさわで、木を切っていた若い男と出会い、夢のお告げもあり結婚した。

 夫婦は懸命に働いたが、暮らしぶりは改善しない。

 ある正月の夢、また大日神が現れた。

『もっと川上に住めば福あり』

 夫婦は、川の源流である平又ひらまたに移住し開墾した。

 ある暑い夏の日、夫は木陰で休んでいた。いつの間にか、居眠りしてしまったようだ。

 そこに、尻尾に酒をつけたダンブリが飛んできて、夫の口に止まった。その酒はあまりにも美味しく、驚いて夫は目が覚めた。

 ダンブリが飛んで行った方向へ夫婦は向かった。岩陰に泉があり、こんこんと湧いている。

 その水は、味わったことがないような美味しい酒であった。

 その泉の酒は万病に効いた。たちまちに夫婦は、大金持ちになったそうだ。

 話はまだ続くが、今回はここまで。

 因みに、ダンブリとは昆虫のトンボのことだ。


 現在に話を戻そう。

 鹿角かづの市の大日霊貴おおひるめむち神社では、大日堂舞楽だいにちどうぶがくが毎年1月2日に奉納されている。

 昔からの信仰心が、伝統として今の地域に根付いているのだ。

 神社へのお参りの願い事は、例えば、世界で1番有名人になりたいであれば、どう自分が努力していくかと誓いを立てる必要がある。

 ただ有名人になりたいと言うだけで、私は特に何もしないですけど、夢を叶えてください、だと願いがまず叶わない。

 それはそうなのだが。

 煩悩というだけあって、悩みは晴らさなければならない。その悩みの種は、誓いや願い事の前に立ちはだかる、自分自身が作った最強の敵だ。

 自転車の果て。そんなことを考える余裕さえ、最後には尽きた。

 今回、自転車の旅は、欲望の奥底に沈んでいるものを少しだけ見せてくれた。それ に気が付けただけで、私はただ感謝している。

 独鈷とっこ大日だいにち神社。

 私は健康を願った。 

 自分の? 他人の? そんな些事は覚えていない。

 帰りの自転車の道は、行きの道より早く感じた。重なった青さが澄んでいた。少しだけ心が晴れたからだろう。


 道の駅ひないまで、何とか自転車を着けた。脚が重たい。ただ心地よい疲れを感じた。

 レナが瓶の炭酸飲料を1本くれた。

 100年の歴史を持つ、美郷町みさとちょうのニテコサイダーだ。

 こんなに疲れているときに、炭酸水は喉の負担にならないのか。杞憂だった。

 口当たりが優しいニテコサイダーは、ぐびぐびと飲めた。


「んめな、これ」

「考えるよりも動いてみた、その報酬さ」

「シアやミヒロの話を受け入れたんでねぇの?」

「そこまで考えず、ただ思うままに動いただけさ。論理的に考えたところで、答えがなかったからね。だから、自分らしくないやり方を選んだ」

「んだったのが」


 レナの言っていることを、今日一番に受け入れることが出来た。

 彼女、探偵エルフさんは、たまに変なときがある。

 体力もなく、虚弱な体質なのに、タイミングが合うと人並み外れて動けるときがある。

 そうそう。

 春の出会いのとき、早口はやぐちから桂城公園けいじょうこうえんまで、1人で歩いてきたらしい。

 今回の比内ひない自転車の旅では、私も体感してしまった。

 疲れも含めて、何かを一緒に越えたのだ。

 抱えていた悩みが薄れるくらいに、黄金の道を私たちは、ひたすら駆け続けた。

 だから、幸運の切れ端に気づいて、群青の心境ラピスラズリに至ったのだ。

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