第9話 拾えなかった落しものの謎を追え!

第9-1話 拾えなかった落しものの謎を追え!【事件編】

 私の住む秋田県大館市おおだてしは、夏の最終コーナーに差し掛かっていた。

 秋祭りである、9月10日と11日の大館神明社おおだてしんめいしゃ例祭れいさいは、雨祭りとして有名だ。

 この祭りの雨の日を超えると、一気に肌寒くなり、秋・冬へ向かって行く。

 ただ、今年はどうしたのだろう。

 快晴かつ蒸し暑い。夜もなかなか気温が下がらず、熱帯夜だ。

 それでも、秋祭りを実感するのは、祭りばやしの音が今年も流れる中、蜻蛉トンボが空を行き交い、道端に秋桜コスモスが咲いているからだ。

 すでに宵祭りは、前日の話だ。

 各々の曳山車ひきやまは、しっかりと田乃坂たのさかを越えた。

 依然として、天気、祭りの熱気、人々の熱狂の中ではある。


 本祭りの9月11日、お昼なのだが、私たちはすごく汗ばんでいた。

 もちろん、それだけが汗をかいている理由ではない。

 わっしょい、わっしょい。全身全霊で祭りを楽しんでいる顔。私には、眩しいばかりの表世界の住人たちに見える。

 その裏側で、私たちの拙い関係が試されていたのだ。

 相手が、どんな裏の顔をしているか。不覚にも、私は興味を持ってしまったようだ。

 過去に捨ててしまった物語を拾うか、今は見なかったことにして捨てたまま物語を進めるか。

』を拾うには、捨てるという漢字から二画分を、自分自身が受け入れなければならない。

 すぐに、私たちは身軽になれないのだ。拾う行為は捨てる行為より難しく、現代人にはなかなか出来ない。

 大館神明祭おおだてしんめいさいのように、神明社の祭事と曳山車ひきやま巡行をバランスよく行う必要があるのに。

 9月11日の私は、表裏の意識だけ高かった。

 過去に拾えなかった『』を再調査するために使う、公正な天秤を持ち合わせていなかったようだ。


 さてさて。

 大館神明社おおだてしんめいしゃ例祭れいさいの本祭りの日、昼頃の大町商店街の一角。

 大町おおまちハチ公通りの交差点では、ご当地ヒーローのコウライザーが子供たちの前で、ヒーローショーを繰り広げていた。

 敵のクマデターが煽っている声と、ピンチな状態のコウライザーを応援する子供たちの声が、大町の現場に混ざり合っている。

 秋田銀行の壁にもたれながら、ただ純真だった子供の頃を懐かしむように、あの交差点を眺めていた。

 今、私たちは感傷的で、少し大人びた高校生だった。


 自転車を駐輪した公園から現場に至るまで、それほど距離はない。でも何故か、この日は待ち合わせに遅刻した。

 友人たちと遊ぶには始まりが悪い出だしだったに違いない。

 1年1度きりの祭りなのに、浴衣の存在も忘れるくらい焦っていた私とレナは、残暑の延長線のような私服だった。

 わずかな救い。今日、私の友人たちは、お祭り意識があったので浴衣だ。少しだけ気が利いたのだ。

 シアは長身だから、浴衣を着るとよく似合う。大町を歩けば、何人かは振り返るくらい、まるでモデルさんのようだ。

 一方で、足を挫いている状態の松葉杖の少女は、同じく浴衣姿なのだが、不機嫌な顔をしている。

『誰が少女だ、あたしはミヒロだよ!』 

 一応、私の脳内では、悪役キャラクターとしてのミヒロがツッコんでくれた。

 目の前の現実は無常。少し気が利いただけでは会話もそこそこで、腹を抱えて大笑いに至らないようだ。

 下手をすれば、はちくんのうちわを仰ぐ音だけが聞こえるかもしれない。

 私を含めて3名は、今のところ無言で、神経質な空気を出していた。

コウライザーがパワーアップする白沢獅子踊りには、観客から応援の手拍子が入る。童心を忘れないシアは、ガチの拍手だ。

 元気な娘はいいぞ、ともかく。

 ミヒロやレナの冷やかな気持ちは、残念ながら他人の私では分からない。9月11日が苦手な私の心だけ、私はよく分かる。


 私の母が亡くなったのは、5年前の9月11日だ。

 急性の心臓病で、前触れなく母は逝ってしまった。

 その年以降の祭日が、母の命日だ。父は仏壇に手を合わせてから、1日中、仕事で籠る。

 私に対して父が、喪に服すように、と今まで1度も強いたことはない。

 葬儀の日、パニックになった私が逃げて、遠戚のお姉さんに連れられて戻ってきたのを見て、母との思い出を父から口出ししなくなった。

 そういう辛さを受け止めてくれたのは、振り返れば1人だけ、意外と旧友のミヒロだけだったかもしれない。

 モヤモヤした何か得体の知れないものを、私は毎年9月11日に感じている。

 近くの腹の音と、遠くの祭りばやしの音で、私は現実に戻った。

 すでに、コウライザーショーが終わり、握手会になっていた。


「はっはっは、一番辛気臭い顔している奴が、一番腹減っているってか!」

「うるせぇ、ヘヅネ界の怪人ミヒロ」

「お前の腹をヘヅネぐしてやろうか! おいシア、ポテト買いに行くぞ!」

「へ~い」


 ふでふでしい態度の悪役ミヒロは、配下のシアを連れて、角の店アラクランまでポテトを買いに行ってしまった。

 あぁ、旧友たちに逃げる口実を、私は与えてしまったのか。

 気まずい。目の前の祭りに対して、私と彼女はまだ無言だった。

 おい、私たちの9月11日、元気出せよ!

 未だに無言の探偵エルフさんは、何故、祭りを調査対象にしないのだろうか。地域の祭りは、歴史と伝統の塊であり、調査すればするほど味が出るモノなのに。

 その取り繕っていた無表情の仮面が、わずかに動いた。

 エルフさんは、まず驚いて、それから子供のように喚いた。


曹司童夢ソウジドーム? ……あんた、大嫌い!」


 私は2度驚いた。幽霊でも見ているようだ。

 黒いレディーススーツ、いわゆる喪服を着た遠戚のお姉さんこと、ドームが目の前に立っていたこと。

 そして、普段の落ち着きとは違った、直球の怒りを放つレナが目の前にいること。

 不安定な心を間違った方向に突き動かすには、その二画分の予想外な行動だけで良かった。

 何を思ったのか、私はレナの頬をぶん殴ろうとしたらしい。

 私の好きなドームを否定した。それは私を否定したと同義だ。

 普段なら有り得ないことだが、この日の私の天秤は正常に機能していなかったのだ。


 私の怒りを前に、レナは驚いて地面に尻もちをついた。

 一方で、私の手は、間に入ったドームの頬を張り倒していた。

 探偵エルフは、犯人にされるのを恐れた。その場から立ち上がると、静かに泣きながら逃亡した。

 私はただ、手のひらを見て、その場に立っていた。

 晴れの祭り会場には、雨が降っていないのに、手のひらに雫が落ちている。

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