第9-2話 拾えなかった落しものの謎を追え!【推理編】

 この罪深い手を、ドームの手が握る。

 私は泣いているのを自覚すると、しゃっくりで声が出ず、どうしようもなくて謝れなかった。

 ちぎれるくらいに強く、ドームは私の手を握った。痛みで私、現実にぎりぎり繋ぎ止められる。


「謝るな! 違う! そうじゃない! レナを追え!」

「……ッ!?」


 怒りの目をしていても。

 久々に見たドームは大学生になったので、大人の女性らしく格好良かった。

 長身で、長い手足、そして力強い手。オレンジがかった長い髪はシニヨン、何故か喪服だ。

 私の母が亡くなった後、私の家に居候しながらドームは自分の高校に通い、小学生の私に日常生活する力をくれた。

 無茶苦茶な人柄と行動力は、このお姉さん、昔から変わらない。


 ただ、もう探偵エルフは、逃避行を開始してしまった。

 ミヒロたちとは視線を合わせずに通過し、公園に残った1台の自転車へ私は辿り着いた。

 その自転車におずおずと私が乗るとき、風のような速さでドームが自転車で現れた。

 ブレーキをかけると、後輪が地面にスライドした。それは大型自動二輪車でやることだと思う。


「よし、行くよ!」

「……」

 

 声を忘れている状態の私は、こくりと縦に頷いた。

 ただドームは、自転車を押して歩いたので、全く意図が分からなかった。

 急がないのか?


 すると、その先。

 角の店アラクランでポテトを購入したばかりの、ミヒロとシアがいた。


「げ、ドーム」

「げ、とは何だ、ミヒロ。さっき逃げた耳が尖った娘は、何か言っていたか?」

「しゃーねーなぁ、言うよ。レナっこに、どこ行くんだよって言ったら、『!』ってさ。何処よ、そこ」

「で、ソナタ、そこ分かる?」


 強引ながら、確かな情報収集のやり方だ。

 ミヒロの性格なら、レナの異変を察して、反射的に声をかける。

 そして、レナは走りながらでも、場所のヒントを叫んでいた。

 つながりが切れていないことで、少し冷静さを私は戻す。

 そう言えば……あのとき、私は怒っていた。以前、レナの手を引っ張って、秋田犬の里から歩いたことがあった。

 春の事件。

 私に隠して枝豆ソフトクリームを1本くれた。本当は大きい犬が苦手なのに、レナは強がった。

 つまり、レナにとっては、素の自分を出した事件だ。隠しごとが出来なかったわけである。


秋田犬あきたいぬの里」


 絞り出した声。

 ドームの質問への返事よりも、声に出すのが辛かった。

 ミヒロは、私の顔を見て、ただ真っ直ぐに見つめ返した。

 アラクランのポテトを貪る者シアは口をもぐもく、親指立てて幸運を祈るというポーズだ。


「信用から信頼へ、ステップアップ……かな」


 ドームは意味深長な言葉を発して、乗っていた自転車をまた走らせた。2人に頭を下げてから、私も自転車で追いかけた。

 大町から田乃坂たのさかを下り、小学校前を通過し、長木川ながきがわ河川敷へ至った。

 先頭を走っていたドームは、西大橋にしおおはしへ行かず、河川緑地へ降りた。

 この緑地は、おまつり広場と呼ばれる区画だ。当然、秋田犬あきたいぬの里はまだ先にある。

 また、よく分からないお姉さんの奇行だった。その意味が知りたくて、私は自転車で追いかけた。

 芝が草刈りされて綺麗になっていた。時折、生温い風だ。じめっとしていて気色悪い。そこに自転車が2台止まる。

 喪服の姉は、私の顔が見える対面へ回った。

 

「何故、あなたが殴ろうとしたか、自分の気持ちが分かるか?」

「レナは……なして、ドームを嫌ってたが分かんねぇ。私の意見どこ尊重してけねがったから」

「それ、誤解が2つあります」

「え……何が……」


 私の認識が間違っていると、ドームは手の指でVの字を作って、端的に言った。

 表情もない喪服の姉さんのペースだ。私は土俵に上がれず、もはや勝負にならなかった。


「1つ、私の嘘でレナを騙した。2つ、あなたはいつもレナの意見を尊重しているかしら」

「なしたって! 無茶苦茶じゃねぇが!」

「ソナタ、混乱しているのはあなたの方。今日は、あなたの母、歩亜フアさんの命日でしょ。私が喪服なのは墓参だから。私とあなたの母を間違えないで。本当、別人だから」

「せば、私は……だばって……ドームは、なして私たちの間に入ったの!」

「あなたがフアさんを殴る幻想を見てしまったから。憎たらしいけど、あの娘レナ、フアさんに似ているの」


 私よりも感情を深く掘っていたのに、ドームは冷静に話す。

 勘違いや間違い、嘘をついたこと、マイナスの行為を平然とした口調で、まるで開き直ったかのように、どうして喪服の姉は言えるのだろうか。

 吐き気がして気持ち悪いほど、正論。

 漆黒の法衣をまとった裁判官が、天秤を持って宣言しているようだ。

 でも、私の意見陳述に正当性を感じない。ならば、判決は心して聞かないといけない。

 すでに、私は裁かれる側だ。


「2人で謝って済むと思う?」

「急に標準語でお淑やかになるのか!」

「え?」

「ごめん。あなたのギャップに驚いただけ。レナに許されようがそうでなかろうが、時間の経ち過ぎた私には、それしか選択肢はないからなぁ」

「どういう意味?」

「詳しくは、レナとあなたが一緒でないと話しにくいかなぁ。じゃあ、とりあえず移動で!」


 ドームが嘘の件をレナに謝る。

 でも、私は時間がさほど経っていないから、謝る以上のことをレナにしなければならないようだ。

 もやもや感は、私の良識で間違ったことをしているから、レナに嫌われると思い、本能的に不安だったのだ。

 結果、今日の有り様だ。レナに否定されたのを口実に、私の間違いを消すために、彼女を攻撃した。

 それは、かつてミヒロとの喧嘩でも起きた間違いだ。

 間違った状態のまま、過去から今を改善もせず、寝て忘れて来た。身軽になるために、過程を理解するのが面倒で、過去を捨てた。

 本当は自分の嘘に気づいていた。彼女にワロックという石を見せられた、あの日から捨てた意志に価値があるって。

 結論として、私は地元の祭りに行きたかったから、もやもやして満たされない状態だった。なのに、強情だ。勝手に責任を私が感じていた。


 ひどい言い訳だ。そもそも生前の母は、私の楽しみや喜びを否定しなかったのに。

 辛いと思うことで無理やり、亡き母との思い出を心に残してきた。生きている娘の私は、もう先へ進まないといけないのか。

 時間が経てば経つほど、積み重ねた思考の分、厄介な柵になっていた。

 あぁ、なるほど。ドームの話、意味が分かって来た。

 自転車のペダルをこぐ足が重く感じる。鈍感だった心よりも、身体の動きはもっと正直なようだ。

 西大橋にしおおはしを渡り、清水町しみずちょうの交差点を過ぎる。秋田犬あきたいぬの里が、春の事件の縁で、私とレナを連れ戻した。

『あの時、選ばなかった。その、今なら拾いますよね』と。

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